2014年5月29日木曜日

【論文】バンダジェフスキー「セシウムと心臓」第3章:実験動物の体内の構造・代謝の病変


◇◇◆目次◆◇◇
環境要因の結果としての心血管病理
放射能汚染地に生きる子どもたちの心血管系の病変
検死解剖に診るゴメリ州住民の心筋構造の病変
3
137Csに内部被曝した実験動物の体内の構造・代謝病変
放射性セシウムが心臓におよぼす作用の病態生理特性
結論・略語リスト・原書目次・参照文献
出処:International solidarity CHERNOBYL
原文:Radioactive Cesium and the Heart: Pathophysiological AspectsPDF

放射性セシウムと心臓:
病理生理学的側面
医学博士、ユーリ・I・バンダジェスキー教授
by Professor Yuri I. Bandazhevsky, M.D.
論文原本出版:ミンスク、2001
ロシア語⇒英語・新訳:2013

Bandazhevsky Y. Radioactive cesium and the Heart: Pathophysiological Aspects.
"The Belrad Institute" 2001. - 64 pp. ISBN 985-434-080-5

3
137Csに内部被曝した実験動物の体内の構造・代謝の病変
動物(白変種ラット)実験によって、セシウム137による内部被曝の期間中に発症した、心臓、肝臓、腎臓、肺の構造および代謝の病変が調べられた。放射性核種は、水溶液の経口投与またはオーツ飼料の摂取を介してラットの体内に入った。
体重180200グラム、総数121匹の白変種ラットおよびウィスター・ラットの雄が飼育器で保管された。実験の第1シリーズの一環は、実験群の動物に137Cs濃度が400 Bq/kgのオーツの摂取を45日間つづけさせることだった(両群の1日あたりオーツ摂取量は1匹ごとに35グラム)。この期間中、対照群の動物は、137Cs濃度が400 Bq/kgのオーツを与えられた。
実験群の動物39匹と対照群の29匹が、実験の8日目にエーテル麻酔剤を吸引したあと、犠牲に供せられた。45日目に実験群の10匹と対照群の10匹もまた犠牲になった。すべての実験群動物と対照群動物は安楽死に先立って、ガンマ放射線計測器RUG-2(製造はベラルーシ放射線防護研究所「ベルラド」)によるホールボディ137Cs濃度計測を受けさせられた。
実験の第2シリーズは、6日間にわたり実験群動物19匹に1日あたり45 Bqのセシウム137を水溶液(5 ml)で連日経口投与することで実施された。対照群動物の20匹は同期間中、生理食塩水(5 ml)の連日経口投与を受けさせられた。動物のホールボディ137Cs蓄積量が実験の全期間を通して定期的に放射線計測器RUG-2を用いて計測された。
実験開始後、4日目、6日目、8日目に実験群と対照群の動物の一部が犠牲になった。
実験の第3シリーズは、実験群の雄12匹に180 Bq137Cs水溶液(5 ml)を6日間にわたり連日経口投与することで実施した。同期間中、対照群の12匹は生理食塩溶液5 mlの連日経口投与を受けた。実験の全期間中、動物のホールボディ137Cs蓄積量が放射線計測器RUG-2で検査された。実験開始後8日目に、実験群と対照群の動物は犠牲になった。
実験群の全動物が犠牲になったあと、体内臓器の顕微鏡検査が実施された。肝臓、腎臓、心筋、肺が0.51.0 cm厚の薄片に薄切りされ、10%フォルマリン溶液で固定され、パラフィンに埋め込まれた。結果は、ヘマトキシリンとエオシンで着色した58ミクロン厚の組織プレパラートとして結実した。組織プレパラートは双眼顕微鏡を用いて調べられた。第1シリーズ実験11日目の動物の心筋における収縮組織の病変を判定するために、オプトン社(ドイツ)製“Vidas”ビデオ形態光学システムを介したA帯のサイズ定義による偏光顕微鏡法を用いた。筋肉組織試料は、実験群および対照群の動物8匹の心臓から採取した。これらの組織は均質化処理され、アルカリ・フォスファターゼ、酸フォスファターゼ、乳酸脱水素酵素、クレアチン・フォスフォキナーゼ、アラニン・アミノトランスフェラーゼ、アスパラギン酸アミノ酸転移酵素、γ-グルタミルトランスフェラーゼの働きを分析した。
実験シリーズの全動物に対して、血液試料採取を実施し、血清を分離して、ベックマン社製の“Synchron”分析装置を用いて、蛋白質、アルブミン、尿素、クレアチニン、アスパラギン酸アミノ酸転移酵素、アラニン・アミノトランスフェラーゼの総量レベルを判定した。結果はその後、統計分析に廻された。
研究の結果、飼料中137Csの連日摂取によって白変種ラットの体内の累進的137Cs蓄積を引き起こすことが示された。とりわけ、実験11日目の137Cs蓄積量は、実験群で63.35 ± 3.58 Bq/kg、対照群で5.43 ± 0.87 Bq/kg p <0.001)だった。
実験11日目の対照群動物の体内組織に対する顕微鏡検査では、顕著な病変は明らかにならなかった。しかしながら、心筋細胞の偏光特性には、対照群と比較して、A帯のサイズ増大の形で病変がしっかり記録されていた(図6)。心筋細胞のアルカリ・フォスファターゼおよびクレアチン・フォスフォキナーゼの作用減衰が認められた(図7)。
6:実験群動物の心筋における異方性介在板の高さ
1
.実験群                            2.対照群           p0.05
7:実験群動物の心筋組織における酵素の働きの病変(対照群に対する%で表示)
1
。アルカリ・フォスファターゼ 2.クレアチン・フォスフォキナーゼ
p0.05
これらの動物の血清中に、アスパラギン酸アミノ酸転移酵素およびクレアチニンのレベル上昇が認められた(図8)。肝臓組織が蛋白質ジストロフィーおよび循環不調の徴候を示した。
 8:実験群動物の血清における基礎代謝指標の病変(対照群に比較した%で表示)
1.クレアチンの内容 2.アスパラギン酸アミノ酸転移酵素の働き 
p0.05
腎臓組織において、糸状体ループへのリンパ組織球細胞の浸潤とともに、いくつかの症例で糸状体の断片化と崩壊が観察された。101.05 ± 1.69 Bq/kg137Cs蓄積は、白変種ラットの体内に重大な病変を引き起こした。腎臓に認められた病的な病変には、メサンギウム細胞の増殖、糸状体ループへのリンパ組織球細胞の浸潤、糸球体の断片化と喪失などがある。直線状および回状細管の上皮組織に粒質および硝子質溶滴変性が認められた。
肝臓組織の顕微鏡検査によって、肝細胞の粒状および液胞変性、それにディッセ腔(類洞周囲腔)の拡張が見つかった。ふさわしくも際立った循環障害が、中央小葉静脈管の拡張と充血という形で認められた。心筋組織に、びまん性筋細胞溶解、焦点リンパ組織球浸潤、血管充血が見受けられた。これらの動物の血清では、クレアチニン値が41.20 ± 1.60 nmol/lに達し、対照群の33.11 ± 2.45 nmol/l (p <0.001)に比較して相当な上昇を示していた。
45 Bq137Cs の連日経口投与の結果、後日における実験群ラットの137Cs濃度は次のとおりになった――
4
日目:40.91 ± 10.62 Bq/kg (対照群 2.67 ± 1.05 Bq/kg, p <0.005)、
6
日目:104.55 ± 24.73 Bq/kg(対照群 12.13 ± 4.75 Bq/kg, p <0.001)、
8
日目:150.58 ± 52.06 Bq/kg (対照群 10.66 ± 4.82 Bq/kg, p <0.001)。
顕微鏡検査によって、オーツ摂食を介して動物の体内に入ったセシウム137の作用と認められる病変に対応した、心筋、肝臓、腎臓におけるジストロフィー性および壊死性の病変が検出された。ラットの体内に取り込まれるセシウム137の量が増大するのに伴って、主としてα1およびα2グロブリン画分の減少による、蛋白質総量の累進的減少およびクレアチニンの増加が認められた。
6
実験動物(白変種ラット)の蛋白質画分値
蛋白質画分
137Cs, Bq/kg
(編者注:ホールボディ計測による判定)
1
40.91±10.62
2
104.55±24.73*
3
150.58±52.06*
総蛋白質 g/l
65.56±3.74
62.98±3.26
49,08±2.01*
アルブミン(%)
36.32±1.70
39.95±2.26
41.68±0.97*
α1グロブリン(%)
13.84±1.01
12.93±1.93
10.16±0.54*
α2グロブリン(%)
15.63±0.91
11.65±1.23
12.12±0.45*
βグロブリン(%)
14.52±0.88
13.78±2.18
14.76±0.76
γグロブリン(%)
19.69±1.41
21.70±1.40
21.28±1.24
グロブリンに対する
アルブミンの比率(%)
0.58±0.04
0.67±0.06
0.72±0.3*
* p<0.05
6日間にわたってセシウム137180 Bq水溶液を連日経口投与した結果、実験8日目に白変種ラットの平均137Cs蓄積量は991.00 ± 76.00 Bq/kgになった(対照群:6.70 ± 2.36 Bq/kgb, p <0.01)。実験群動物のうち、5匹(41.7%)が実験5日目と6日目に死亡し、その体内の137Cs蓄積量が1,000 Bq/kgを超えていたのは、注目すべきことである。顕微鏡検査の結果、体内器官の顕著な出血が明らかになった。腎臓組織の顕微鏡検査によって、糸状体構造要素の損傷が記録された。損傷の大半は上皮組織と血管系の壊死であり、その完全な消失とその後の空洞の形成に終わっていた。細管において、上皮細胞の壊死と併せて、液胞性および粒状性の変性が検出された。
肝臓において、静脈に鬱血があって、それが小葉中心部でなお目立ち、幹細胞の壊死と併せて、蛋白質と脂肪の変性を伴っていた。肺では、血管の膨張と充血が顕著であり、肺胞内腔の赤血球の存在、そして肋膜の炎症性病変が確認された。心筋では、線維間および細胞内の浮腫の発現が顕著であり、心筋細胞の大半がその核もろともに消散していた。いくつかの症例で、心外膜と心膜の部位の炎症性浸潤が検出された。
このように、水溶液を経口投与し、また一部はオーツ飼料として与えることによる、消化管を通した白変種ラットの体内137Cs取り込みは、生命維持器官に構造的および代謝的な病変を引き起こす。これらの病変発現の程度は、蛋白栄養不良の表れから危険な壊死性および変性的な病変まで、取り込まれたセシウム137の量によって決定する。このことは、心臓、肝臓、腎臓など、生命維持に不可欠な臓器に対するセシウム137の毒性作用をあらわにしている。
この寿命の長い放射性核種の毒性が、まったく、または極小にしか増殖能力を持ち合わせない高度に専門化された細胞にいの一番に影響することは注目されるべきである。心筋の場合、ミトコンドリアの構造に重大な病変が発現し9、このことは、高エネルギーのリン酸塩およびクレアチンが関与する反応に触媒作用をおよぼすことでエネルギー交換の鍵となる酵素、クレアチン・フォスフォキナーゼの働きを減退させることになる。心臓のエネルギー生成過程が破壊され、細胞内の低酸素症が進行すれば、その収縮組織、つまり筋細線維にさまざまな程度の痙縮、あるいは解離や溶解といった病変が発現することになる30
収縮組織の超微細構造(訳注:光学顕微鏡では観察できない原形質の構造)における病変は、筋線維の偏光特性の変化として観測できる。体内の137Cs濃度が上昇すれば、心筋の細胞死につながる。137Cs濃度が100150 Bq/kgの範囲にある場合、心筋内の免疫系の反応として、リンパ組織球性浸潤を観測できることがあるが、これは注目すべきことである。137Cs濃度が1,0001,500 Bq/kg、つまりさらに10倍になれば、全面的なジストロフィーおよび幾多の心筋細胞の喪失を招くことになるので、生命とは相容れなくなる。
137Csの影響による細胞構造の損傷が、心筋に加え、肝臓および腎臓で観察された。特筆すべきことに、腎臓の糸球体組織に変性過程が発現していた。3050 Bq/kgという比較的に低レベルの137Cs取り込みでさえ、個別の糸状体に、特質的な空洞の形成と併せて、細胞要素の喪失が観察された。われわれは、この過程の基本的なメカニズムが細血管や毛細血管のレベルにおける血管損傷の形成であることを度外視するわけにはいかなかった。血管上皮組織の損傷は、さまざまなタイプの蛋白質変性および細胞の壊死を招いていた。


腎臓が体内からの放射性セシウム排出を担うための主要臓器であることを考えれば、その排泄機能が崩壊すると、代謝老廃物および放射性セシウムがもろともに体内蓄積することになると論じることができる。このような代謝老廃物は、生命維持器官、とりわけ心筋に対して毒性作用をおよぼす。
137Cs体外排出の途絶は、その血中濃度の上昇をまねき、したがって、最高レベルの代謝活性を示し、しかも構造的・機能的に専門化した心筋細胞など、細胞の内部の放射性セシウム蓄積を促進することになる。この場合、細胞膜の選択的透過性が損傷を受け、その結果、ナトリウムイオン(+)および水の細胞内への移動が増進する。この過程の帰結として、心臓の働きが途絶し、被曝した個体の死を招く。
このように、放射性セシウム排出の阻害は、ネフロン(腎単位)構造の死に帰結し、中毒性の心筋症の発症につながることになる。この病理過程の形態学的な発現は、腎不全の場合のような、肋膜および心膜の炎症と同じ様相を示す。セシウム137には肝臓組織に対する毒性作用があり、このことは疑いなく物質代謝の状態に影響する。以上の結果は、低濃度137Csの実験動物体内取り込みが、心筋、肝臓および腎臓の細胞に対して毒性作用をおよぼし、死の主要な原因になりうることを示している。


◇◇◆目次◆◇◇
環境要因の結果としての心血管病理
放射能汚染地に生きる子どもたちの心血管系の病変
検死解剖に診るゴメリ州住民の心筋構造の病変
3
137Csに内部被曝した実験動物の体内の構造・代謝病変
放射性セシウムが心臓におよぼす作用の病態生理特性
結論・略語リスト・原書目次・参照文献
出処:International solidarity CHERNOBYL
原文:Radioactive Cesium and the Heart: Pathophysiological AspectsPDF

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