インパクション188 インパクト出版会 2013年1月25日発行 |
[特集]しぶとく生き続けるための共同/協働のために
福島原発事故後を生きる
郡山市からの報告――
原発事故被災地をおおう「国際原子力ロビー」の影
郡山市からの報告――
原発事故被災地をおおう「国際原子力ロビー」の影
井上利男
のっけから私事で恐縮だが、関西は神戸市出身のわたしが流転の多い人生の旅路の果てに流れ着いたこの街、郡山市はとても住み心地のよい地方都市だった。人口三四万弱(二〇一〇年国勢調査。現在は三三万弱)をかかえる郡山市は、福島県中通り地方の中央部に位置し、JR東北線・磐越線、東北道・磐越道が交差して東西南北を結ぶことから、交通運輸の要衝として――かつては県の軍都、いまも自衛隊が駐屯しているが――商都と称され、マーケット食品売り場には新鮮な魚介類や農産物が並んでいた。数多くの公園や緑地、桜やナナカマドなどの並木、市街は緑豊かであり、郊外に出ると水田や畑地、果樹園といった広大な農地が拡がり、少し車を走らせれば、一日ハイキングにぴったりな安達太良山系や阿武隈山地の山々が連なっている。市のホームページが東北のウィーン『楽都』と謳うように、ホール、図書館、美術館などの文化施設が充実し、もちろん医療も行き届く。
だが、二〇一一年三月十一日十四時四六分、激しい揺れとともに世界が暗転した。東京電力福島第一原子力発電所の複合事故により放出された膨大な量の放射性物質の雲、プルームが、現場から六〇キロ離れた、この街を通過して以来、会津の山奥、飯豊山麓に抱かれた里に住む娘や孫たちをわが家に招くことさえはばかられる放射能汚染都市になってしまった。
次々と割れ落ちる食器、倒れる本棚、グイグイと前進する冷蔵庫、PCデスクから転落する液晶ディスプレイ…なす術もないまま、いつ果てるとも知れない激しい揺れが収まるのを待って、TVを定位置に戻し電源を入れると、大津波警報に続いて、次つぎと飛び込んでくる大津波襲来の映像…やがて福島第一原発の全電源喪失を告げる速報。
翌十二日の午前中、公園に設けられた給水所の長い行列に並んで当面の生活用水を確保したあと、午後、部屋を片付けていたが、原発事故ののっぴきならない状況を知り、作業を緊急避難準備に切り替える。結局、小生とつれあいは、三月十二日からの一〇日間、群馬県高崎市で有機農業を営む義理の妹夫妻宅に緊急避難していたので、相次ぐ炉心ベントと水蒸気爆発によって大量に放出された放射性物質の目に見えない雲の直撃だけは免れえたが、その間、郡山市などプルーム襲来地の住民は、一家総出で給水所の長い行列に並んでいたのである。SPEEDI情報も知らされず、安定ヨウ素剤も与えられずに…
その後、文部科学省は福島県知事・教育委員会らに対して、四月一九日付け文書「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」において、国際放射線防護委員会(ICRP)Publication 109(緊急事態被曝状況における公衆の防護のための助言)を根拠に、「幼児、児童及び生徒(以下、「児童生徒等」という)が学校に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの一~二〇ミリシーベルト/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる」「校庭・園庭で三・八マイクロシーベルト/時間未満の空間線量率が測定された学校については、校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えない」(太字、引用者。以下、同じ)などと通知した。
それ以降、福島県の子どもたちは、ICRP自体が勧告し、日本国内でも放射線障害防止法などで定める一般人の年間被曝線量限度一ミリシーベルトの二〇倍、部外者の立ち入りが厳禁され、被曝労働者の放射線管理などが義務づけられる放射線管理区域設置基準の時間あたり換算値〇・六マイクロシーベルトの、なんと六倍超まで被曝してもかまわないとされたのである。
子どもをもつ親たちが仰天するのは当然だ。さっそく、懸念する親たちの市民グループ「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が結成され、五月二三日には福島県から大挙して文部科学省に押しかけ、子どもの年間二〇ミリシーベルト被曝基準の撤回を要求した。このとき、当時の高木義明・文部科学大臣や政務三役は顔さえ見せず、雨模様の中庭で応対するなど、文科省は不誠実な態度で終始した。後に大臣は「年間一ミリシーベルトをめざす」と表明したが、単なるリップサービスにすぎなかったのは、いつものこと。
このような状況のなか、六月二四日、郡山市の小中学生十四名が、郡山市に対して「年一ミリシーベルト以下の安全な場所で教育を実施するように求める」仮処分を福島地方裁判所郡山市に申し立てた。これが通称「ふくしま集団疎開裁判」である。
仮処分申し立て事件であるからには、ことは急を要するはずである。だが、裁判所の審理はだらだらと長引き、一審決定が下ったのが十二月十六日。その決定は、「却下」。申立人側は即時抗告したが、仙台高等裁判所の二審がいまだに継続中だ。
線量計測器は0.83μSv/hを表示 |
ここに二〇一二年夏に撮影した一枚の写真がある。筆者の入居する郡山市内の県営住宅団地内の通路で、マスクも着用しない軽装の女の子たちがなにやらおしゃべりしている。手元の放射線計測器の数値は、放射線管理区域の設定基準を優に超える〇・八三マイクロシーベルト/時。
裁判所の長引く審理をよそに、原発被災地の子どもたちの常軌を逸した超法規的な被曝は今日も続いている。二〇一一年三月十一日からこのかた、被災地をおおっているものは、目に見えない放射能汚染だけではない。行政・立法・司法の三権をはじめ、財界・学界・医療界・メディアなどを総動員した、目に見えない戒厳令体制が原発事故被曝地をおおっているといっても言い過ぎではないだろう。
つい最近の一〇月二九日、福島県農業総合センター(郡山市)主催「農業分野における放射性物質試験研究課題成果説明会」が開催された。研究課題のひとつが、切り干し大根の安全・安心な製造法である。大根乾燥試験の結果、機械乾燥のサンプルからは放射性セシウムが検出されなかった。乾燥小屋、屋外といったさまざまな条件下で六日間の自然乾燥を施したサンプルのいずれからも放射能が検出され、塵の舞いやすい軒下の地表で乾燥した切り干し大根のセシウム検出値は三四二一ベクレル/kgに達した。
災害からの「復興」を悲願とする福島県にとって、「風評被害」の克服が最大課題のひとつである。農業センターは「乾燥には塵が舞いやすい干し場を避けることが重要です」と指導する。ほかならぬ県の公的機関が、知ってかしらずか、空気中にただよう塵が危険な放射性セシウムを帯びているという「不都合な真実」を暴いてしまったわけである。
六日間の塵付着で最大三四二一ベクレル/kgの汚染。子どもたちは、すでに二年近く、この放射能を帯びた塵が舞う空気を呼吸しているのだ。切り干し大根には塵を避けるという配慮がなされる。その一方、放射線「安全・安心」神話の伝道者たちは、マスク不要論を説いてまわっている。
これまで筆者は「ふくしま集団疎開裁判」の会のメンバーとして活動しながら、ツイッターやブログなどを駆使して情報収集・発信に努めてきた。その結果、おぼろげながら見えてきたもの、それは日本政府や財界も与する国際原子力ロビーの影である。
緊急事態被曝状況
原発事故十日後の二〇一一年三月二一日、国際放射腺防護委員会(ICRP)は日本政府宛て「福島原子力発電所事故に関する声明」を発し、次のように勧告した――
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委員会は、緊急事態期間中の公衆の防護のために、二〇ないし一〇〇ミリシーベルトの線量範囲において最高限度計画残存線量としての参考レベルを設定することを国家当局に勧告しつづけている(ICRP2007)。
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放射線源が制御下にある場合、汚染地域が残っているかもしれない。当局は多くの場合、そうした地域を放棄するよりも、人びとが居住しつづるのを許容するためにあらゆる必要な防護手段を提供するであろう。委員会はこの場合、年間一ないし二〇ミリシーベルト範囲内の参考レベルを選定し、年間一ミリシーベルトへの参考レベル引き下げを長期目標とすることを勧告する(ICRP2009b)。
年間二〇ミリシーベルトまで、子どもたちの放射線被曝をよしとする前述の文部科学省通知は、このICRP勧告を「国際的基準」と称する錦の御旗として掲げるものだった。
このような文科省の放射線防護方針について、二〇一二年七月五日に国会の両院議長に提出された「国会事故調報告書」は、「その数値は、ほぼ同時期の四月二二日に設定された計画的避難区域の設定の前提である積算線量二〇ミリシーベルト/年と同等の値だったため、子どもの安全を図る目安値が避難を根拠づけるレベルと同等では高すぎるのではないかと、国民世論の強い反発を呼んだ。……文科省は、空間線量三・八マイクロシーベルト/時を超えない学校について、校庭使用制限や開校延期など、合理的に実行可能な被ばく低減策を行っていない」と指弾する。
その後、国会機能の不全のせいか、なんの改善策もいまだに聞こえてこない。
現存被曝状況への移行
二〇一一年十一月から十二月にかけて内閣官房「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」と称する会合が八回にわたり開催されている。十一月二八日に開かれたWG第五回会合を覗いてみよう。
出席者は、当時の細野豪志・原発担当大臣ら政府側要人に加えて、有識者として神谷研二・福島県立医科大学副学長、近藤駿介・原子力委員会委員長など、錚々たる面々。
海外有識者として、クリストファ・クレメントICRP科学事務局長、ジャック・ロシャールICRP主委員会委員の両氏がプレゼンテーターとして招かれている。クレメント氏は、前述の三月二一日付けICRP声明にクレア・カズンズICRP委員長と連名で署名している。ロシャール氏はフランスの放射線防護評価研究センター(CEPN)理事を兼任し、放射線防護におけるALARA(被曝量を合理的に可能なかぎり低くする)原則の普及を推進、ベラルーシにおいて放射線防護の社会的・経済的コストを重視する「最適化原則」を踏まえたエートスおよびCOREプロジェクトを推進した実績を誇り、目下、福島訪問を重ね、住民の主体性にもとづく「実用的放射線防護文化」の普及に励んでいる。
◇
C・クレメント氏プレゼンテーション
「ICRPおよび事故後の防護に関する勧告」
参考レベル
◎最適化は参考レベルが指標となる(括弧内は福島に関連した時間枠を示す)
◎公衆防護
・緊急時被曝状況(月単位):
二〇~一〇〇ミリシーベルト
・現存被曝状況(数年):
一~二〇ミリシーベルトの最低限
・長期(一〇年またはそれ以上):
年間一ミリシーベルト
◎参考レベル値と時間枠は、地域条件によって場所ごとに異なる
「ICRPおよび事故後の防護に関する勧告」
参考レベル
◎最適化は参考レベルが指標となる(括弧内は福島に関連した時間枠を示す)
◎公衆防護
・緊急時被曝状況(月単位):
二〇~一〇〇ミリシーベルト
・現存被曝状況(数年):
一~二〇ミリシーベルトの最低限
・長期(一〇年またはそれ以上):
年間一ミリシーベルト
◎参考レベル値と時間枠は、地域条件によって場所ごとに異なる
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J・ロシャール氏プレゼンテーション
「原子力事故後における生活環境の復旧:チェルノブイリ事故からの教訓」
汚染地域の生活:複雑な状況
◎各個人が永遠に自問を突きつけられている:「土地に留まるべきか、去るべきか?」
答えを得るために――
・リスクを理解し
・将来の就職や生産の可能性を見積もり
・事故の前に一般的だった状況に比較して、新しい状態を考慮する必要がある
チェルノブイリ事故で被災した住民の大多数は被災地域に留まる決心をした
◎故里への愛着
◎ほかの土地で暮らし、自分の職を手放すと考えることの困難さ
◎事故直後に汚染地域を離れた人びとの漸進的な帰還が、多くの住民の残留する決意において決定的な要因になった
「原子力事故後における生活環境の復旧:チェルノブイリ事故からの教訓」
汚染地域の生活:複雑な状況
◎各個人が永遠に自問を突きつけられている:「土地に留まるべきか、去るべきか?」
答えを得るために――
・リスクを理解し
・将来の就職や生産の可能性を見積もり
・事故の前に一般的だった状況に比較して、新しい状態を考慮する必要がある
チェルノブイリ事故で被災した住民の大多数は被災地域に留まる決心をした
◎故里への愛着
◎ほかの土地で暮らし、自分の職を手放すと考えることの困難さ
◎事故直後に汚染地域を離れた人びとの漸進的な帰還が、多くの住民の残留する決意において決定的な要因になった
以上、両氏のプレゼンテーションのごく一端を覗きみるだけでも、日本政府が「国際的標準」として準拠するICRPのいう「緊急事態被曝状況」から「現存被曝状況」への移行とは、放射能汚染された土地に住民を縛り付けるための方便にすぎないことがわかるだろう。
付言しておけば、ICRPのいう「最適化原則」とは、放射線防護によるベネフィットと避難など対策の社会的・経済的コストのバランスを考慮して最適解を得ることをいう。コストを最小化したいステークホルダー(エートス用語=利害関係者・当事者)はだれか、いうまでもないはずである。
事故「収束」宣言
内閣官房「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」の最終会合(第八回)が開かれたのは、二〇一一年十二月十五日である。当時の野田政権が原子力災害対策本部で「福島第一原発の事故収束に向けた工程表ステップ2(冷温停止状態の達成)の終了」を確認し、野田佳彦首相が記者会見で「発電所の事故そのものは収束にいたったと判断される」と語って、事故収束を宣言したのは、その翌日、十二月十六日のことだった。
その後、大晦日に川内村の遠藤雄幸村長が「帰村宣言」をしたのを手始めに、各地の警戒区域や緊急時避難準備区域などの見直しがつづき、今にいたっているのは、ご存じのとおりである。
野田首相による事故収束宣言を堺に、子どもたちを動員した安全・安心キャンペーンが加速する。たとえば――
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二〇一二年四月二一日付け『福島民友』記事
小学校鼓笛パレード復活 福島市教委が2年ぶり
福島市教委は20日までに、東京電力福島第1原発事故の影響で昨年中止した市小学校鼓笛パレードについて、今年は5月16日に実施することを決めた。児童への放射線の健康影響に配慮し、パレード区間の短縮や放射線量測定の徹底など放射線対策を万全に実施する方針。
小学校鼓笛パレード復活 福島市教委が2年ぶり
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同日付け『福島民友』記事
園児が感謝のポスト清掃 「郵政記念日」で活動
20日の「郵政記念日」に合わせ、伊達市霊山町の神愛幼稚園(本田十和子園長)の園児たちは同日、同市の掛田郵便局と霊山総合支所のポストの清掃活動に取り組んだ。(筆者注:同年二月二四日に公表された伊達市霊山町の放射線計測値は、地上五〇センチ高で一~二・二マイクロシーベルト/時)
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二〇一二年四月二二日付け『福島民報』記事
子どもの歓声 復興の力 福島で「キッズパレード」
福島商工会議所主催の復興イベント「ふくしまキッズパレード」は21日、福島市の中心市街地で繰り広げられた。ミッキーマウスやミニーマウスなど東京ディズニーリゾートでおなじみのキャラクターが登場し沿道を沸かせた。福島市の共催、福島民報社などの後援。元気な福島の子どもの姿を全国に発信する「子ども元気イベント」の第3弾で、同商議所によると、約10万人の人出があった。
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福島商工会議所主催の復興イベント「ふくしまキッズパレード」は21日、福島市の中心市街地で繰り広げられた。ミッキーマウスやミニーマウスなど東京ディズニーリゾートでおなじみのキャラクターが登場し沿道を沸かせた。福島市の共催、福島民報社などの後援。元気な福島の子どもの姿を全国に発信する「子ども元気イベント」の第3弾で、同商議所によると、約10万人の人出があった。
線量計測器は0.87μSv/hを表示 |
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拙ブログ「原子力発電 原爆の子」記事
郡山市開成山公園「こどもまつり」と「ラーメン大会」
モニュメント「開拓者の群像」台上
計測値〇・八七マイクロシーベルト/時
「こどもまつり」はすでに終わっていたが、自由広場のテント群ではラーメン大会が大盛況!…老若男女があちこちに座り込んで、ラーメンをすすっている……
郡山市開成山公園「こどもまつり」と「ラーメン大会」
モニュメント「開拓者の群像」台上
計測値〇・八七マイクロシーベルト/時
「こどもまつり」はすでに終わっていたが、自由広場のテント群ではラーメン大会が大盛況!…老若男女があちこちに座り込んで、ラーメンをすすっている……
その他、全国高校野球・福島県大会の「例年通り」開催、新年度からの小中学校「校庭使用時間制限」解除、夏場の学校プール授業の解禁などなど、枚挙にいとまがない。
「ふくしま集団疎開裁判」一審決定
福島地裁郡山支部が子どもたちの「放射線量一ミリシーベルト/時以下の安全な場所で教育を受ける」権利を棄却したのは、奇しくも(?)内閣官房WG最終会合の翌日、野田政権が原発事故「収束」を宣言したのと同日の十二月十六日のことだった。
裁判所があげる申し立て却下理由の骨子は、(1)債権者(子どもたち)らは、債権者らを避難させることを求めているが、実質的には、各学校における他の児童生徒の教育活動の差止めを求めているから、その被保全権利の要件は厳格に解する必要がある、(2)現時点で、他の児童生徒の意向を問うことなく、一律に各小中学校の教育活動の実施の差止めをしなければいけないほど、債権者らの生命身体に対する切迫した危険性があるとは認められない。その理由は――
① 空間線量が落ち着いてきている、
② 除染作業によって更に放射線量が減少することが見込まれる、
③ 一〇〇ミリシーベルト未満の低線量被曝の晩発性障害の発生確率について実証的な裏付けがない、
④ 文科省通知では年間二〇ミリシーベルトが暫定的な目安とされた、
⑤ 区域外通学等の代替手段もあること、
などである。
全体として、債務者(郡山市)主張のほぼ丸呑み。③は、山下俊一・福島県放射線健康リスク管理アドバイザーら御用学者の「安全・安心」講演の受け売り、④は政府による超法規的措置の追認にすぎないことはいうまでもない。これが「人権の砦」たる法の番人の実態なのだ。
小児甲状腺癌と「秘密会」
福島県が県立医科大学に委託している「県民健康調査」の第八回検討委員会が九月十一日に開かれた。公表資料によれば、甲状腺に異常(結節や嚢胞)のある子どもの割合が、二〇一一年度検査分の約三七パーセントから十二年度検査分では約四四パーセントに増加している。しかも通常では発症率が一〇〇万人に一例という非常に稀な小児甲状腺癌までもが見つかった。調査責任者の鈴木眞一・県立医大教授は、これを「チェルノブイリ事故でさえ甲状腺がんは発生まで最短で4年…放射線の影響とは考えられない」と断言し、検討委の座長を務める山下俊一・医大副学長も同様の見解を示した。
ところが、山下氏本人の二〇〇〇年発表論文のデータによれば、チェルノブイリ事故で小児甲状腺癌が急増したのは確かに事故四年後からだが、事故翌年の一九八七年には現実に増え始めているのである。
しかも、毎日新聞が一〇月三日付けスクープ記事で、県民健康調査検討委員会に先立って開かれる「秘密会」の存在を報道し、「小児甲状腺癌が放射線とは無関係」などとする見解の統一が図られていたことが明るみになった。この秘密会の存在そのものが他言無用とされ、結局、検討委員会全体として虚偽と隠蔽に加担していたことになる。その後、村田文雄副知事が県議会で、「準備会を公表せずに開催したことで誤解を招いたのは大変遺憾」などと陳謝したが、「委員の意見などをあらかじめ調整した事実はない」と、なおも虚偽発言でいいつくろうしまつ。そして、一部の委員は入れ替えられたが、いまだ委員会座長や調査責任者の責任は問われない。
IAEA「原子力安全に関する福島閣僚会議」
本稿執筆時点から見て今週末、十二月十五日から十七日にかけて、郡山市の福島県産業交流館「ビッグパレットふくしま」において、日本政府主催・国際原子力機関(IAEA)共催により、IAEA加盟国、関係国際機関などを集めた国際会議「原子力安全に関する福島閣僚会議」が開催される。
外務省サイトが「国際的な原子力安全の強化に貢献することを主な目的としている。東京電力福島第一原子力発電所事故から得られた更なる知見及び教訓を閣僚及び専門家レベルで国際社会と共有し、更に透明性を高め、そして、放射線からの人及び環境の防護のための措置並びに国際原子力機関(IAEA)行動計画の実施を含む原子力安全の強化に関する国際社会の様々な取組の進捗状況を議論する機会とする。また、福島の復興に向けた確かな歩みを国際社会に発信するとともに、福島県とIAEAとの協力を強化する契機とし、福島の復興にも資する機会とする」と謳うように、またIAEA福島事務所の開設の予定も報道されているように、この会議を舞台として、国際原子力ロビーの新たな有力プレーヤーが本格的に登場することになる。「福島の復興」の文言に、原子力複合体のお代官さま・佐藤雄平知事は高笑いしていることだろう。
二〇一二年十一月三〇日、福島県双葉町の井戸川克隆町長と「ふくしま集団疎開裁判」の柳原敏夫弁護士がジュネーブの国連欧州本部で「福島原発事故被災地における人権侵害」を訴え、その結果、人権理事会で「福島地域に居住する住民の健康と生命に対する権利を保護すること、およびそれに関連して健康に対する権利に関する特別報告者の訪問を保証すること」という勧告が採択された。特別報告者として、アナンド・グローバー氏が来日し、各地を訪問して、人権侵害状況の具体的な報告を残した。
国連人権理事会にひとつの希望の種子がある、といっていいだろう。だが、IAEAは核兵器を保有する五大国が拒否権を握る国連安全保障理事会の直轄機関であり、人権理事会との力関係の差は歴然としているはずだ。チェルノブイリ事故による健康被害の隠蔽・過小評価においてIAEAが日本財団とその御用学者たちとともに果たした役割、IAEAが国連保健機関(WHO)の手を縛る両者間協定について、ここで語るにはすでに紙幅が尽きたようだ。
見えない放射性プルームでおおわれた街をおおう見えない戒厳令の闇は、いよいよ深い。だが、諦めるわけにはいかない。被災地に生きる者として真に必要なもの、それは、子どもたちの健康と命と未来を守り、基本的人権を取り戻すため、みずからの生きかたをかけた非暴力不服従の闘いなのだ。
[井上利男(いのうえとしお) 神戸市出身、郡山市在住。「ふくしま集団疎開裁判」の会・代表。ブログ『原子力発電 原爆の子』]
【追記】バブルに包まれたIAEA福島閣僚会議
公道を封鎖する警官隊 |
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ホスト役の福島県は、風景写真パネルを並べ、県内産ブランドのご馳走でもてなすなど、「復興と安全」を世界に発信したという。そして佐藤雄平知事と天野之弥IAEA事務局長の間で、「三春町と南相馬市原町区に環境総合センター、福島市に訓練センターを開設し、除染技術開発、放射性物質の移動経路の解明、有害物質の化学分析などの①モニタリング、②調査・研究、③情報収集・発信、④教育・研究・交流を行う」(計画概要)と謳う共同プロジェクトの協定書が交換された。
地元紙、福島民友の一月十六日付け記事を引用すれば、「天野事務局長が演説で、『事故は全ての原子力関係者への警鐘となった。安全を当然のものと考えてはいけない』と会場に語り掛けた。一方、『多くの国にとって、原子力は今後も重要な選択肢だ』とも述べた」。
IAEA TERRORIST IAEAは福島事故の責任をとれ |
その後、抗議の人びとは車の行き交う国道四号線の傍に移動して、私服たちに見守られながら、無届け集会を続行した。アピールやシュプレヒコール、レイブさながらにアップビートの「かんしょ踊り」で大いに盛り上がったのは、この時代に生きる者たちとして、自然の流れである。
IAEAがチェルノブイリ事故被災地で犯した「健康被害の隠蔽と矮小化、現地医療者の声の黙殺」といった罪は、YouTube映像ドキュメンタリー『真実はどこに』の普及などによって、もはや周知の事実である。IAEAとWHOは福島事故被災地に対しても、被曝線量情報と健康被害予測に関して日本政府のデータと主張をなぞっただけの報告書をすでに押し付けている。
軍需と民需をひっくるめた核の国際的な圧力団体が出揃って、事故被災地をおおう闇はますます深くなるだろう。だが、オーストリアに本部を置くIAEAを、ヨーロッパの環境・反核グループが追ってくる。これが、弁証法的な必然の流れだ。
【ブックレット紹介】
いま子どもがあぶない―
福島原発事故から子どもを守る「集団疎開裁判」
福島原発事故から子どもを守る「集団疎開裁判」
パンチの効いたちばてつやさんのイラストが表紙のこのリーフレット。ノーム・チョムスキー氏からのメッセージが、この裁判が福島の子どもたちだけでなく、日本と世界の私たちにとって乗り越えなければならない試練である事を伝えてくれます。/読み進めるにつれ怒りがこみ上げてきて、一気に読了。自分に出来る事を考え、すぐに行動に移さねばならないと感じさせる書籍です。(アマゾン通販サイト、KashiwaRunawayさんのカスタマーレビューより抄録)