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国家権力による弾圧に対しては、 犠牲者の思想的信条、 政治的見解の如何を問わず、 これを救援する。
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郡山通信
核惨事七周年を言祝ぐ冷笑主義
生涯忘れられない、あの東日本大震災と巨大津波、そして東京電力・福島第一原子力発電所のメルトダウン事故が引き起こしたフクシマ核惨事から七周年の歳月は、決して短いとは言えない。だが、原発推進勢力にとって代表的とされる放射性核種、セシウム137の半減期は約三〇年。安全になるまで、辿るべき路は遠い。
JR郡山駅前の風景
筆者らが毎週ほぼ欠かさずに挙行している「原発いらない金曜日!郡山駅前フリートーク集会」もまた、二〇一二年夏以来、まもなく六周年を迎える。二〇一二年六月、あの梅雨の季節、野田内閣による大飯原発の再稼働方針を阻止するため、永田町の首相官邸前に数万の人びとが詰めかけ、大いに盛り上がった市民行動「紫陽花革命」に呼応して発足した当初、数十人の市民が参集し、地方都市としては目立つ集会だったが、時の経過とともに先細り、それでも今なお、ほんの数人ながら息長く継続している。
今月二日の金曜日には、広げたバナーの文言「子どもたちを避難させて」に反発したビジネスマン風の中年男性が、「地元の住民として、こういうの(スローガン)は許せない」と食ってかかる始末。「オメェー、ドこに勤めてんだ」、若い女性が脅されたこともあったけ。
県民運動を装って
除染・復興事業の巨額資金が、農・漁協、商工会、生協、医師会、教育界など、ありとあらゆるルートに流れ、寄らば大樹の陰、いわば暗黙の「被曝地戒厳令・翼賛体制」が成立しているかのようである。
その好例が「原発のない福島を!県民大集会」であり、この市民運動を装った集会は、初年度の郡山市開成山球場の集会のあと、去年まで福島市内で開催されていたが、今年は福島第一原発から南に一八キロ足らず、二〇一五年九月に避難指示が解除された楢葉町の天神岬スポーツ公園で開催するという。
実行委員会の参加団体は、漁協、森林組合、生協、農協それぞれの県連合会、女性団体など。かつては福島県内で脱原発運動の主体だったが、今は有名無実化した「ハイロアクション福島」が加わっているのが物悲しい。
集会アピールを拾ってみても、「福島第二原発の廃炉」、「福島県を再生可能エネルギーの開発拠点に」、「福島県の復興」など、内堀雅雄県知事の謳い文句とさほど変わらない。
愛とは被曝し合うこと
さて拙稿を閉じるにあたり紹介したいが、リベラル紙と目される毎日新聞は、大震災七周年を目前に控えた雛祭りの三月三日、オピニオン欄に「時の在りか:愛とは被曝し合うこと」というシニカルな標題のコラムを掲載した。
筆者は伊藤智永・編集委員であり、日本記者クラブ取材団の一員として、福島県内被災地で暮らす著名三氏にインタビューを試みている――
菅野典雄・飯館村長「震災に遭っていなければ、こんな村づくりはできない」
田中俊一NRC初代委員長 「放射能汚染の環境で生き抜く力を持つ子供たちを育てたい」
玄侑宗久・福聚寺副住職・芥川賞作家 「愛し合うって、被曝し合うこと」(放射線量が高い山寺に移り住む若いカップルの恋愛物語『竹林精舎』より)
実際に汚染土を引き取った檀家がいたという。(その彼は)「祝福されるべきだと思う」…玄侑さんは、厳粛に微笑したそうだ。
一縷の望み
同じ毎日新聞のオンライン版が、三月二三日付け記事「福島第一原発事故・避難訴訟/東電に6.1億円賠償命令、『ふるさと喪失』認定/地裁いわき支部」、同日付け福島版は記事「双葉町の小川さん、損害の評価低く」を配信している。
この訴訟では、住民側は損害として「ふるさと喪失」(1人二〇〇〇万円)と避難生活に伴う損害(1人月五〇万円)に分けて主張し、東電側は国の指針に基づいて慰謝料を支払っており、それ以上の賠償を拒否していた。裁判長は「地域での生活や人のつながりを失い過酷な避難生活を強いられた…」などと指摘し、避難指示区域住民に百五〇万円、緊急時避難準備区域の住民に七〇万円の慰謝料を加算するのが妥当としながらも、個々の事情を考慮しなかった。
原告団事務局長の金井直子さんは、「被害の重さを分かってもらえなかった」と判決への失望は隠せず、「今後も戦い続けたい」と控訴の決意を表明した。今も全域避難が続く双葉町からいわき市に避難する養蜂家、小川貴永さんは、判決後に「地域での暮らしの全てを失ったのに損害の評価が低く、あきれた」と残念がる。
ともあれ東京電力にとって、敗北は敗北…全国で約一万二〇〇〇人が起こした約三〇件の集団訴訟のうち、これまで七件の判決で全敗である。福島原発告訴団が提起した東電の旧経営陣三名に対する刑事裁判の成り行きにも注目したい。
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