2015年10月31日土曜日

テッサ・モーリス=スズキ「安倍談話のお詫びを台無しにする歴史修正主義」~一方的に送りつけられた2冊の本


 EASTASIAFORUM
アジアフォーラム:東アジア・太平洋の経済、政治、公共政策

阿倍首相のお詫びを台無しにする歴史修正主義

20151026
テッサ・モーリス=スズキ Tessa Morris-Suzuki, ANU

日本の安倍晋三首相は太平洋戦争終結70周年の前日である814日、長く待たれていたが、日本の戦争の記憶と彼の将来構想に関する談話を発表した。彼はその談話で、日本の歴代内閣が表明してきた謝罪は、「今後も、揺るぎないものであります」と強調した。阿倍の談話は世界から、さまざまに入り混じった反応を招いた。談話で示された20世紀の歴史に関する説明に懸念を表明する向きもあったが、米国は、阿倍談話の「歴史に関する歴代日本政府の談話を維持する約束と併せて、第二次世界大戦期に日本がもたらした苦しみに対する痛恨の念の表明」を歓迎した。

だが、最近のできごとが、歴代政権のお詫びを継承する安倍政権の約束に深刻な疑問を投げかけている。

自由民主党の著名な党員らがこれまでの数週間、英語圏(大半は米国)の学界・報道界・政界の人たちに向けて、図書2点の献本を一方的に送りつけてきた。本に、安倍首相の70周年談話に注意を促す手紙が添えられていた。手紙は、歴史が名前の挙げられていない特定の人物らによって歪曲されていると主張し、これを修正するために寄贈した本を読んでほしいと書かれている。

一冊目の本は、韓国出身の帰化日本国民であり、元祖国を侮辱する出版物で有名な呉善花の“Getting Over It! Why Korea Needs to Stop Bashing Japan”[『なぜ「反日韓国に未来はない」のか』]である。呉の本は、中国と、またそれ以上に韓国に対して、日本は背を向けるべきであると勧めており、韓国は、国家の「歴史とその人種的な性格」を反映した、癒しがたく「偏狭なエゴイズムと偏見」を患っていると彼女は論じている。

呉は日本の戦時プロパガンダさながらに、日本の植民地拡大を、西洋植民地主義とは反対であり、基本的に善として描く。彼女は、西洋の帝国主義列強を非人道的で略奪的なものとして描く一方、日本の朝鮮半島植民地支配が「朝鮮を搾取することを目的にした政策を実施せず」、「統治に武力弾圧を用いず」、「言論の自由の制限を撤廃した」とさえ論じている。この言説はすべて、たいがいのアジアの歴史家にとって、初耳のニュースになるだろう。

二冊目の本、“History Wars, Japan — False Indictment of the Century”“(『歴史戦:朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』)は、右翼の産経新聞が執筆・出版したものである。同書は、戦時中に日本軍の売春宿で性的に搾取された元「慰安婦」に謝罪した、歴史的な1993年の河野談話に激烈な嘲(あざけ)りを浴びせている。河野談話は、村山談話と併せて、戦時歴史に関する日本政府の公式見解として最も重要なものであり、安倍首相がご本人の談話で、日本が「維持すると約束する」と明言しているものである。

『歴史戦』は、その当時、日本軍または官吏の直接的な関与によって、一部の「慰安婦」が意思に反して徴募されたとする1993年の日本による認定を支える証拠がないと主張している。産経新聞の本はこのような主張を極端なことばで表現しているものの、同書の一連の主張は、河野談話の成立にいたった課程を検証するために安倍政権が設置した委員会が20146月に発表した主張のオウム返しである。

『歴史戦』は、存命している韓国の「慰安婦」を、頭がいかれた年寄り女であり、お金の約束に釣られて、ウソの証言をしていると描いている。同書はまた、日本政府はただ単に韓国をなだめることを切望して、事実としての根拠がないと知りながら、謝罪を表明したのだと主張している。このような奇怪な主張は、手頃な歴史の証拠の選択的な誤読にもとづいており、1993年の謝罪を表明した河野洋平元内閣官房長官に強固に否定されている。

これらの本を配布したのが、末端の右翼団体であったとすれば、取るに足りない恥晒しですんだかもしれない。だが、配布したのは、党の国際情報検討委員会の主要メンバーを含む、政権与党、自由民主党の指導的な政治家たちだったのである。積極的に国連で本を配っていた政治家のひとりは、それ以降に首相の文化外交を担当する特別補佐官に指名されている。

自民党・国際情報検討委員会は2015619日、「中国・韓国等の反日宣伝活動」に対抗する方策に関する内部報告を安倍首相に提出した。安倍はこれに反応して、「活動をさらに強化するよう」に委員会を督励したと伝えられている。委員会は919日、リベラル派の朝日新聞が広めた「虚偽」が根拠になって、「国際社会が我が国歴史の認識」を歪曲するようになったと非難する決議を採択した。この決議は、「単なる『中立』や『防御』の姿勢を改め、より積極的に情報発信を行う」国としての情報戦略を要求することまでに踏みこんでいる。『情報戦』と『反日韓国』の送付は、この「積極的な情報発信」キャンペーンの一環であると思われる。

このキャンペーンは安倍首相に後押しされ、政権与党である自由民主党の主要人物らによって実行されており、非常に懸念される動きである。このような活動は、安倍首相が814日談話で国際社会に約束した内容と相反している。河野談話を否定し、日本の植民地主義の記録を塗り替える歴史修正主義は、阿倍談話の「痛惜の念」という文言および「過去を、この胸に刻み続けます」という約束と相容れない。

これら2冊の本に表明されている極端論者のものの見方がごく一般的な日本人に共有されていることを示す証拠は存在しない。自民党員たちの活動は、日本の多くの市民社会運動グループが過去の暴力の傷を癒すために数十年にわたり積み重ねてきた大変な努力を無駄にしようとしている。日本の戦争の歴史に対する、このような事実として不正確な説明は、国際社会における日本の立場を損なうだけである。まさしく今、この悲劇的で破壊的な「歴史戦」参戦者全員による、もっと理のある戦術が求められている時である。

【筆者】

テッサ・モーリス=スズキ教授は、オーストラリア国立大学アジア太平洋学群、文化・歴史・言語学部に在籍するオーストラリア研究評議会(ARC)栄誉フェロー。

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[訳補注Asia Pacific Journal / Japan Focus記事: Tessa Morris-Suzuki



【資料】

小学館新書『なぜ「反日韓国に未来はない」のか』著/呉善花
関係最悪化の責任は朴槿恵大統領にある!
朴槿恵大統領になってますます反日が加速している。反日なら人権も法律も、条約も歴史的事実さえも無視して良い、と言わんばかりだ。こうした韓国の反日を批判してきた著者を、韓国政府は入国拒否にした。これは明らかな、先進国ならあってはならない「言論の自由を否定する行為」だが、韓国内からは全くそうした批判が起きなかった。ここに韓国の病巣がある。さらに国内にあふれる反日を世界に拡散しようとしている韓国。彼らの反日はどのように形成され、肥大し、どこまで暴走するのか。この非理性的な反日の精神構造は韓国自身に悪影響を与えていないか? 日本はこうした韓国とどう付き合えば良いのか。人権を無視した祖国の仕打ちにもめげない著者渾身の韓国論。

●呉善花(お・そんふぁ)プロフィール
評論家・拓殖大学国際学部教授。1956年、韓国・済州島生まれ。1983年に来日し、大東文化大学卒。東京外国語大学大学院修士課程修了。在学中から執筆活動を開始し、1990年に『スカートの風』がベストセラーになった。他に『攘夷の韓国 開国の日本』(第五回山本七平賞受賞)、『「反日韓国」に未来はない』『日本が嫌いな日本人へ』、『私は、いかにして「日本信徒」となったか』など著書多数。1998年、日本に帰化。
 
朝日新聞の"欺瞞"を暴く
◎「挺身隊の名で戦場に連行」と事実を歪曲
◎「強制連行」、女性の人権問題にすり替え
◎事実に基づかない日本の汚名が世界中に



戦後70年、世界に広められた「日本=性奴隷の国」の冤罪の構図を解き明かす!
いわれなき中傷から日本を守るため、真実を世界に広めるための書です!
…特に海外に拠点を置く日本企業の方や海外在住の日本人の方から「ぜひ英訳してほしい」という要望が相次ぎました。世界にむけて正しい歴史認識を伝えるため、このたびの刊行を決断しました。

平成27814日『内閣総理大臣談話[閣議決定]
 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

2014.3.27
 中国や韓国による第三国での反日宣伝に対抗する情報発信戦略を構築するため、自民党が「国際情報検討委員会」を27日にも発足させることが分かった。委員会では米国での中韓両国の宣伝活動を調査。米国に政府の情報戦略拠点を設置し、対抗のための情報発信を行うことを検討する方針だ。

2014919日、自民党の国際情報検討委員会(委員長・原田義昭衆院議員)は、朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題に関する一部記事を撤回し、謝罪したことについて決議をまとめました。その「決議」を入手しましたので全文掲載します。


 南京大虐殺や従軍安婦の問題を「存在自体否定しよう」とし、さらにはユネスコへの拠出金停止をちらつかせ恫喝するなど、歴史修正主義的主張を全面展開している安倍政権。国際社会からは大ひんしゅくを買っている恥ずかしい状況だが、国内メディアは政府・与党に丸ノリして、ユネスコと中国批判を展開している。
 戦前もまさにこうやって国際社会から孤立していったんだろうな、と暗澹とした気分になるが、そんななか、またひとつ、安倍自民党が世界中に赤っ恥を発信していることが明らかになった。最近、国内外の学者、知識人、ジャーナリストらに対し、自民党議員が“歴史修正本”を送りつけているというのだ。

2015.10.21 Wed
山口智美 / 文化人類学・日本研究
猪口邦子議員から届いたパッケージ
 101日、アメリカのモンタナ州に住む私の勤務先大学の住所宛に、自民党の猪口邦子参議院議員からのパッケージが届いた。私は猪口議員と面識はない。封筒には、送付元として猪口議員の名前と肩書きが書かれ、気付としてフジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナルの住所が記載されていた。
 封を開けてみると書籍が2冊とネット記事のコピーが3部、猪口議員がサインしているカバーレターが入っていた。
……同封されていたネット媒体掲載の3点の英文記事は、どれも韓国についての批判的な内容のものだった。

1
Jeb Harrison, Sea of Japan Becoming a Dumping Ground for Trash from China and South Korea, Huffpost Green, Aug 19, 2015 (訳:日本海が中国と韓国のゴミ捨て場になっている)
2
John Lee, South Korea’s Domestic Politics Undermine Strategic Interests, World Affairs,日付不明(訳:韓国の国内政治が戦略的利益を害している)
3
John Lee, The Strategic Cost of South Korea’s Japan Bashing, Business Spectator, Nov 5, 2014(訳:韓国の日本叩きによる戦略的コスト)

2015年10月27日火曜日

国際甲状腺協会総会:10月20日、鈴木眞一医学博士の口頭発表と長瀧重信医学博士の発言



小児甲状腺癌発症に果たすフクシマ放射能の役割は不明確?

News | 20151021 | ATA Thyroid Cancer 2015Thyroid Cancer
ブリアント・ファーロウ Bryant Furlow

凡例:(原注)、[訳注]、〈ルビ〉

1018日から23日にかけて、フロリダ州レイク・ビエナ・ヴィスタで開催された国際甲状腺学会の第15回総会およびアメリカ甲状腺学会の第85回年次総会で発表された研究報告の主筆著者によれば、2011年に日本で起こった福島第一原子力発電所事故で被曝した小児と若年者の甲状腺癌に対する放射線被曝の影響を断定するのは時期尚早とのことである。

この報告が発表されたのは、主として同じデータセットを用いながら、大きく違った結論を引き出している日本語訳]が『エピデミオロジカル』(疫学誌)に公開された直後のことである。その論文の著者らは、フクシマの小児および若年者の甲状腺癌発症率に全体の約30倍の増加が認められると報告していた。

だが、甲状腺の手術を受けた福島地域の小児および若年者の組織学的に確定された症例は、どれほど多くの症例が放射線被曝を原因とするものなのか、「明確な知見をわれわれにもたらすものでない」と、共著者である福島県立医科大学・甲状腺内分泌学講座の鈴木眞一医学博士は主張した。

他の者たちも同じ考えであると、長瀧重信医学博士は21日午前の本会議講演で述べた。

「甲状腺癌の子どもがこれほど多いのを見て、わたしたちは驚いています」と、長崎大学、放射線影響研究所、東京の放射線影響協会の長瀧博士はいった。だが、「わたしたちは、福島県内の甲状腺癌の有病率について、地域的な差異を認めませんでした」。

福島県民の健康に対する影響に関する最近の有識者会議は、いまだに「これらの症例が核事故によるものと認めるだけの実体的な根拠がない」と結論づけたと長瀧博士は指摘した。

事故後のスクリーニング[一斉検査]で特定された甲状腺癌の確定症例は、目下のところ、「被曝以前にすでに生じていたように思われる」と、鈴木博士は論じた。福島事故後に確定された甲状腺癌の平均サイズとして、事故前の日本で見られたものに比べて、概して小ぶりな腫瘍であったと博士は報告した。

福島の原発事故の以前の割合[ママ]に比べて、小児および若年者の平均腫瘍サイズは有意に小さく(4.1 cm1.4 cm)、患者の男女比率は低かった(14.311.8)と、鈴木博士は報告した。甲状腺癌患者の手術時の年齢もまた、福島事故後の患者のほうが高かった(17.4歳対11.9歳)。

「わたしたちは大変な数の(甲状腺癌の)子どもたちをスクリーニングで見つけたわけですが、(患者の)年齢はまったく違っていました」と、長瀧博士は福島とチェルノブイリの原子力発電所事故に関する本会議講演で指摘した。

「日本では、放射線による健康への影響に比べて、災害による精神的・社会的影響が大きいのです。社会福祉、抑鬱〈よくうつ〉――そして電力会社と政府に対する怒り、それに賠償の要求――が、大きな、大きな社会問題になっています」と、長瀧博士は話した。

福島事故の直後に確立されたスクリーニング事業は「究極の判断基準」をもたらすであろうし、外科データは――今後、福島地域住民の甲状腺癌の割合が上昇するか否かを判断するうえで決定的な事柄である――超音波スクリーニングによる過剰診断症例および過剰治療を監視するうえで重要になると、鈴木教授は語った。

鈴木博士は、スクリーニング事業について、また福島事故後に小児甲状腺癌の診断を受けた患者の治療について、次のように説明した――

2011311日の東日本大震災と津波につづいた福島第一原子力発電所事故のあと、福島県の住民は低線量放射線被曝が健康にもたらす影響に問題に直面しました。したがって、事故時に18歳以下だった人たちを対象に甲状腺超音波検査(TUE)が同じ年に始められました」

3回の予備的基本調査によって、201110月から20143月までに36,800人が一斉検査を受診し、それにつづいて、20144月から20153月にかけて、380,000人を対象とした本格調査が実施された。一次検査と本格調査の受診率は、それぞれ81.7%と44.7%だった。

この「大規模で先進的な」TUEスクリーニング事業によって、福島の小児と若年者の甲状腺癌が識別されたと鈴木教授は報告した。直径5.1 mm以上の結節および/または20.1 mm以上の嚢胞〈のうほう〉が認められた場合、確認検査が実施された。甲状腺癌の症例は穿刺吸引細胞診法によって診断されたと鈴木博士はいった。

悪性の疑い例が基本調査で113人、本格調査でさらに25人で診断された。このうち、それぞれ99人と6人の患者が手術を受け、基礎調査の1人を除く患者の全員が組織学的に甲状腺癌であると確認されたと鈴木博士は述べた。

94人の患者が乳頭癌(86典型的症例、4篩状〈ふるいじょう〉-桑実胚変種症例、3小胞症例、1拡散硬化性変種症例)だったと鈴木博士は報告した。3人は低分化甲状腺腫瘍と診断された。

「これらの症例は症状がないままに見つけられたものの、一部の症例は侵攻性であり、甲状腺外浸潤、リンパ節転移、あるいは遠隔転移を伴っていました」と、鈴木博士は指摘した。

2人の患者は両側性甲状腺腫瘍だった。残りの患者は同側甲状腺腫瘍だった。80%の患者はcT1腫瘍(30%:cT1a [< 10 mm] N0, M0; 50%:cT1b)、11%がcT2疾患であり、9%はcT3腫瘍だったと博士は報告した。7人の患者が気管腫瘍浸潤を起こし、2人が局所的リンパ節関与を伴っていた。2人の患者が診断時に転移性疾患を伴っていた。

甲状腺癌が確定した患者の福島事故時における平均年齢は24.8歳(±2.7歳)、診断時の平均年齢は17.4歳(±2.8歳)だった。甲状腺の全摘出は6症例に実施されただけであると鈴木博士は指摘した。他の患者は、片側甲状腺摘出(甲状腺片葉切除)を受けた。

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【クレジット】

Cancer Network, “Role of Fukushima Radiation Unclear in Pediatric Thyroid Cancers?” by Bryant Furlow;

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[フクシマの小児甲状腺癌とは直接の関係はないが、長期低線量被曝と癌発症の関連を認めるのが世界的な趨勢になってることが示されている]


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