2016年7月19日火曜日

アルジャジーラ【ルポ】南相馬市、核惨事5年後の古里帰還










REPORTER'S NOTEBOOK JAPAN 2016718

南相馬市:フクシマ核惨事後の古里帰還

2011年の核惨事のあと、初めて避難命令が解除され、生活の再建に取り組む南相馬帰還者たち

   南相馬住民の20パーセントばかりが戻ると決めた [Musun Kim/Al Jazeera]


ミースン・キム Musun Kim

アルジャジーラ英語版・韓国ソウル支局プロデューサー


【福島発】政府当局が今週、2011年の核惨事から初めて南相馬市のほぼ全域を対象に避難命令を解除して、10,000人以上の人びとが自宅帰還を許されることになった。

5年前に日本の北東部で壊滅的な地震と津波が福島第一核発電所を大破したあとに突如として県内各地の幾万もの人びとが自宅を退去しなければならなくなった。

今回の避難命令の解除の結果、最も人数が多い人びとが故里の町に戻れることになったが――それでもなお、南相馬市の3,487世帯、10,807人の住民のうち、推定20パーセントばかりが戻ると決めただけである。


日本政府は2014年以降、除染事業の進展にともない、核発電所20キロ圏内の避難命令を段階的に解除してきた。

わたしたち取材班は、日本の北東部海岸沿いに東京から南相馬まで車を走らせた。

実施中の除染作業現場を見つけるのは、難しいことではなかった。

福島県内のいたるところ、田畑に設けられた仮置き場に大型の汚染廃棄物処理袋が膨大な数で積み上げられていた。

  [Musun Kim/Al Jazeera] 

幾つかの仮置き場は田畑の広大な地積を占めて、規模が巨大であり、隊列をなしたトラックがひっきりなしに黒い袋を降ろしていた。

汚染された町につながる道はいまでも大型バリケードで封鎖され、特別入域許可を得た人たちだけに通行許可を与える検問所が設置されていた。

車が汚染地域を通過するさい、放射線レベルを測定する取材班のガイガ・カウンタの表示値が時おり通常レベルを超えて跳ねあがり――核発電所20キロ圏内の地域における政府の長期放射能削減目標が1時間あたり0.23マイクロシーベルトであるのに対して――3マイクロシーベルに達した。

  [Musun Kim/Al Jazeera] [Al Jazeera]

わたしたちは、今でもおおむね無人であり、一見したところ平和な風情の南相馬市の街路を通って、市内小高区のJR小高駅に到着した。

小高・原ノ町両駅間の9.4キロ区間の列車運行は、5年間あまりの停止後、初めて再開されたものの、日中の乗車客は5本の指で数えるほど見かけるだけだった。


  [Musun Kim/Al Jazeera]
列車はおおむね空っぽのまま、停車しては発車していた。

駅前で記者の目を引いた大型ディスプレイが、放射線レベルをリアルタイム表示していた。


その表示値は1時間あたり0.142マイクロシーベルトであり、東京の0.06マイクロシーベルトより高かった――それでも、0.23マイクロシーベルトの政府目標値よりは低かった。

そのようなディスプレイは、放射能汚染にまつわる一般人の根強い不安を和らげるために市内いたるところに設置されていた。

これまでの数年間、ますます多くの南相馬住民が、自宅帰還によって考えられる長期的な健康への影響を不安に思うあまり、別の土地に定住した。

それでも、帰還することに決めた人たちは、徐々にではあっても、暮らしが正常に戻るように最善を尽くそうとしていた。


駅から徒歩3分の距離内で、取材班は30人ほどの学校生徒と住民を見かけた。


いくつかの地域団体が、住民が自由に出入りし、故里の町に戻った暮らしについて語り合うことのできる仮設建屋の公民館の開所を祝う準備に取り組んでいた。

老婦人が地域の食品を提供し、いらっしゃい、いらっしゃいと通行人に声をかけていた。学童たちが友だちと群がり、フラフープやシャボン玉で遊んでいた。

帰還者たちの多くが、先行き不確実で疑念が残るものの、地域共同体意識を修復したい――また、そうすることによって、戻ることに二の足を踏んでいる友人たちや家族に、故里に帰還することの価値を示したい――と希望を取材班に語った。

「小高を事故前の姿に戻すことはかないませんが、わたしたちはここの住民として、その魂と地域社会を取り戻したいのです」と、地区住民でありNGO代表、今野由喜さんはアルジャジーラ取材班に語った。

「それこそが、わたしたちのなすべき最重要事なのです」

Source: Al Jazeera

【クレジット】

Al Jazeera, “Japan: Returning home after Fukushima nuclear disaster,” by Musun Kim, posted on July 18, 2016 at;

2016年7月16日土曜日

【写真集】忍び込んで見た #フクシマ☢レッド・ゾーンの光景


フクシマ立入禁止区域に忍びこみ
だれも見たことのない放置された町の光景を暴く

by xanthon  2016712



だれも見たことのないフクシマ立入禁止区域の写真。ぼくがレッド・ゾーンに立ち入ると、目に焼き付くような感覚を覚え、空気に化学的な匂いをきつく感じる。ぼくが出かける前、この町に入域するには特別な許可が必要であり、町議会が承認するのに34週間かかると役所で言われた。あまりにもバカバカしい官僚主義…そこで路上警備の眼を避け、森のなかに忍びこんだ…なんてたわけたこと!!!…大熊、双葉、浪江に行くために、朝未明の午前2時、GPSとグーグル・マップだけを頼りに森のなかを歩くのはどんな感じか、いまでもぼくは憶えている。
いまフクシマ立入禁止区域がどうなっているか、みなさんは考えてみたことありますか??? 一人ぼっちで町を歩きまわり、気ままに店に立ち入り、店内を調べるのは、どんな感じがするものか?? 子どもだったころ、いつもこんなことを夢見ていた…スーパーマーケットにだれもいなければ、チョコレートを全部たいらげる…この町を地震が襲ったあと、なにもかも正にそうなった。
津波警報が伝わると、住民は避難しはじめた…その後、福島第一核発電所が爆発し、有害な放射能が漏れた。
レッド・ゾーンでは、いまでも放射線レベルが非常に高い。これまでの5年間、この町を目撃した人は、それほど多くはない…まるで消え去ったようだ…レッド・ゾーンでは、食品、お金、金、ラップトップ、その他、貴重品を見つけることができる…だれもこの町を根こそぎ略奪しなかったことに感心する。この点が、チェルノブイリ惨事とフクシマ惨事の違いである。

2011年から放置されたスーパーマーケット。2011年に津波が襲来したとき、飼い主たちの多くが動物を放したので、野生化した動物が餌を求めて、どっさり店内に入りこむ。

フクシマ立入禁止区域の本の売場、20113月号のポルノ雑誌がどっさり目につく。

本屋。

2011年から店晒しの薬用マウスウォッシュ

店外に2011年の映画ポスターが貼ってあるヴィデオ・レンタルショップ。売り場の半分で変態ヴィデオを販売。

フクシマ立入禁止区域で20113月から置き去りにされたままの洗濯物。大慌てで逃げたので、洗濯物に構っておれなかった。店内いたるところ、百円玉が散らばっている。

大熊、浪江、双葉、富岡の町では、時が20113月で止まっている。

浪江町のもう一軒の大型スーパーマーケット、ヨークベニマル。
とてもたくさんの商品が残っている…驚きだ

スーパーマーケット店内の雑誌。20113月号と明記。

浪江町、無人の鉄道駅。

地震で半壊した建物。

浪江町、無人の飲み屋。


























CDショップ…今どき、いったいだれがCDを使うかと思うが、このミュージックDVDコーナーは限定版のコレクションが多い。

無人の駐車場。この車は2011年から停められたまま。

大熊町のバリケード。

無人のファミリー・マート。

立入禁止区域のいたるところ、放射能汚染廃棄物の山。

富岡町、無人のショッピング・モールと車。

フクシマ、人影のないゴースト・タウン

ゴースト・タウンの靴売場。

地震で壊れた建物。

イエロー・ゾーンの放置された住宅。

未開封のPS2の箱。

このゴースト・タウンの不気味な感じ。車は通行していないが、交通信号は点滅している。

花屋の店内…枯れた花の匂い。

20113月に爆発した福島第一核発電所まで100メートル。

だれも見たことのないフクシマ立入禁止区域の写真。ぼくがレッド・ゾーンに立ち入ると、目に焼き付くような感覚を覚え、空気に化学的な匂いをきつく感じる。ぼくが出かける前、この町に入域するには特別な許可が必要であり、町議会が承認するのに34週間かかると役所で言われた。あまりにもバカバカしい官僚主義…そこで路上警備の眼を避け、森のなかに忍びこんだ…なんてたわけたこと!!!…大熊、双葉、浪江に行くために、朝未明の午前2時、GPSとグーグル・マップだけを頼りに森のなかを歩くのはどんな感じか、いまでもぼくは憶えている。
いまフクシマ立入禁止区域がどうなっているか、みなさんは考えてみたことありますか??? 一人ぼっちで町を歩きまわり、気ままに店に立ち入り、店内を調べるのは、どんな感じがするものか?? 子どもだったころ、いつもこんなことを夢見ていた…スーパーマーケットにだれもいなければ、チョコレートを全部たいらげる…この町を地震が襲ったあと、なにもかも正にそうなった。
津波警報が伝わると、住民は避難しはじめた…その後、福島第一核発電所が爆発し、有害な放射能が漏れた。
レッド・ゾーンでは、いまでも放射線レベルが非常に高い。これまでの5年間、この町を目撃した人は、それほど多くはない…まるで消え去ったようだ…レッド・ゾーンでは、食品、お金、金、ラップトップ、その他、貴重品を見つけることができる…だれもこの町を根こそぎ略奪しなかったことに感心する。この点が、チェルノブイリ惨事とフクシマ惨事の違いである。

【クレジット】

Man sneaks into Fukushima's Red Exclusion Zone and shows a town untouched since March 2011 that has never been seen by the public.


外国人、避難区域で「無断撮影」 世界に風評拡散の懸念

福島民友新聞 7月15日(金)8時11分配信

東京電力福島第1原発事故の帰還困難区域などでマレーシア人写真家が民家や店舗の中などを撮影し、14日までにフェイスブック上で公開した。「福島の立ち入り禁止区域の、今まで見たことのない写真」と書いており、賛意を示す「いいね!」が4万3000件に上っている。CNNなど大手メディアも紹介するなど海外で高い注目を集めているが、県内在住外国人らから「避難区域のある一面を表した写真にすぎず、本県への偏ったイメージを拡散している」と懸念する声が上がっている。


【追記】

なぜ...悲劇性ばかり強調 

避難区域「無断撮影」に嘆く在住外国人

福島民友 2016年07月15日

「美しい福島の姿、復興に向け頑張っている県民の姿こそ広く発信してほしいのに」。帰還困難区域などで撮影した写真をマレーシア人写真家がインターネット上で公開し、世界中に拡散されている出来事を受け、関係者は14日、原発事故の悲劇性のみが強調されて伝わっていく現状へのもどかしさを吐露した。

 


2016年7月14日木曜日

『救援』第567号7月10日付け記事【#郡山通信】☢核事故被災地…二重基準


国家権力による弾圧に対しては、 犠牲者の思想的信条、 政治的見解の如何を問わず、 これを救援する。

郡山通信
核事故被災地…二重基準の闇

筆者が日に一度、つぶやいているツイッター自動投稿から…
 週に一度、郡山駅前に立ち、ごく少人数のフリートーク集会で訴えているが、市民や旅行者はあらかた、無関心なまま、あるいは無関心を装いつつ駅頭を行き交うばかり。
福島県は「ふくしまからはじめよう」と謳う。
膨大な県土の除染作業や復興事業の他にも、福島県立医大が「日本一の健康長寿県」と標榜する、県内5000億円規模といわれる医療投資、再生可能エネルギー開発、ロボット産業育成などの浜通り地域産業開発都市構想など、枚挙に暇ないほど莫大な予算が投入されている。これで、産官学メディア連携の抑圧構造が成立しても不思議ではないだろう。県内各地の医師会や商工会がそのまま実力部隊になる。 
66日の「県民健康調査」検討委員会で、福島県内の子どもたちの甲状腺癌症例数が悪性と悪性疑いを合わせて172人に達したと発表された。うち一例は、原発事故時に五歳以下だった子どもである。検討委員会はこれまで、チェルノブイリの先例と違って、五歳以下の発症がないことを根拠に「放射能の影響とは考えにくい」と評価していた。検討委員会の星北斗座長(郡山市の星総合病院理事長)はそれでなお「原発事故との因果関係の評価は変えない」と強弁する。 
核事故被曝現地のメディアでさえ、星座長の発言を伝えるだけで、調査報道は皆無。
メディアは状況を一変させる力をもっているはずだ。たとえば、毎日新聞の日野行介記者は201210月、検討委員会の「秘密会」の存在をスクープして、当時の座長、例の山下俊一(あえて呼び捨て)を辞任に追い込んだ。
その日野記者が627日付け毎日新聞のトップ記事で、またもや環境省の「非公開会合」の存在をスクープした。いわく、「…除染で出た汚染土を巡り、環境省の検討会が再利用の方針を決めた際、法定の安全基準まで放射能濃度が減るのに170年かかるとの試算を非公開会合で示されながら、長期管理の可否判断を先送りしていたことが分かった」。(出処:汚染土「管理に170年」…安全判断先送り、再利用方針
環境省は「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」を設置して、8,000ベクレル/kg以下の除染土を遮蔽のための盛り土などをして道路建設資材などとしての再利用を企てたが、原子炉等規制法が定める「安全に再利用できる基準」は100ベクレル以下である。検討会は「(二重基準と言われない)準備のための理論武装」の場を設けた。丸川珠代環境相は413日、その存在を認めたが、「議事録などは『公にすれば誤解や混乱を生む可能性がある』と公開を拒否」。
検討会は結局、170年間の管理について「最後どうするかまでは詰め切れていないが、そこは環境省が責任を持つ」として、再利用を了承した。
***
いつの日か、除染廃棄物を満載したダンプが走り回ることになるだろう。おそらく工事現場は、帰還困難区域を中心とした福島県内限定ということになるだろう。だが、全国的な食品流通網と外食チェーンが闇に包まれているように、復興事業とオリンピック関連工事の全貌も闇に包まれるはずだ。
(井上利男。「原発いらない金曜日!」郡山フリートーク集会世話人。ブログ「原子力発電・原爆の子」。ツイッター:@yuima21c


2016年7月9日土曜日

原発とめよう秩父人「国道6号線ツアー報告」



原発とめよう秩父人『3.11からOXOS』 No. 2







秩父神社のお元気三猿…

よく見て、聞き、話そう!






保阪正康の昭和史のかたち 【「大本営発表」の法則】via @yuima21c