2012年7月22日日曜日

ジャック・ロシャール氏による内閣官房「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」エートス報告

【姉妹記事】
クリストファー・クレメント氏による内閣官房「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」プレゼンテーション資料
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エートス関連記事・情報リンク集

内閣官房に次のようなワーキンググループ(WG)が設置されています…
平成23年11月
1.趣旨
東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故による放射性物質汚染対策に おいて、低線量被ばくのリスク管理を今後とも適切に行っていくためには、国際機関等により示されている最新の科学的知見やこれまでの対策に係る評価を十分踏まえるとともに、現場で被災者が直面する課題を明確にして、対応することが必要である。
 
 このため、国内外の科学的知見や評価の整理、現場の課題の抽出を行う検討の場として、放射性物質汚染対策顧問会議(以下「顧問会議」という。)の下で、低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(以下「WG」という。)を開催する。

その第5回会合に、目下、当ブログが追っているジャック・ロシャール氏の名があります…
【第5回会合:11月28日】
以下は、この会合におけるジャック・ロシャール氏の報告プレゼンテーションを拙速主義ながら翻訳したものです。ここで訳者は価値判断を控えますが、読者のみなさんには自分の視点から、さまざまなものが読み取れるはずです。
 付言しておけば、12月15日、WG最終・第8回会合が開かれ、翌16日、野田首相が原発事故“収束”を宣言しました。その後、避難区域の指定解除が相次ぐとともに、被曝状況の固定化が既成事実のようになったのは、ご承知のとおりです。
原子力事故後における生活環境の復旧:
チェルノブイリ事故からの教訓
日本国内閣府プレゼンテーション
東京 20111128
ジャック・ロシャール
放射線防護評価センター(CEPN)所長
国際放射線防護委員会(ICRP)4委員会委員長
スライド2
要旨
l         チェルノブイリ事故からの教訓
・緊急時から被曝継続状況への移行
・汚染地域の生活:複雑な状況
・成功した実験:ベラルーシにおけるエートス・プロジェクトおよびCOREプログラム
l         当事者が生活条件改善に参画した2件の実例
・エートスおよびCOREに導入されたプロセス
・ブラーギンにおける放射線防護文化の経験
l         福島の前途に向けた提案
スライド3
緊急時から被曝継続状況への移行(1
n         チェルノブイリ事故:1986426
n         当局が採用した個人被曝量基準
・ 1986年: 100ミリシーベルト
・ 1987年:  30ミリシーベルト
198789年: 25ミリシーベルト/年
n         汚染地域における永住民に許容される生涯計画被曝量を350ミリシーベルト(5ミリシーベルト×70年)とするソビエト最高会議による198810月提案
350ミリシーベルト生涯計画被曝量には19864月から8910月までの被曝量を含む。
350ミリシーベルト生涯計画被曝量は、これを上回る場合、住民永久移住の提案を前提とする。
・この提案は、19901月、すなわち事故後3年8か月目から適用される。
スライド4
緊急時から被曝継続状況への移行(2
n         共和諸国は、永久移住基準として70ミリシーベルト生涯計画被曝量を提案。リスクと経済的考慮をめぐって長く、異論続出の論争。
n         最終的に1990年代初期、新たに独立した共和諸国によって法律が制定された。
・平均年間個人被曝量が5ミリシーベルトを上回る場合、住民は移住しなければならない。
・平均年間個人被曝量が1から5ミリシーベルトまでの範囲にある場合、補償金を給付されて自発的に移住できる=移住決定権を個人に委譲
・平均個人被曝量が1ミリシーベルト/年を下回る場合、定期的な放射線管理が実施される。
864月から8912月までの期間における平均個人被曝量は35ミリシーベルト内外であると推測された。
スライド5
汚染地域の生活:複雑な状況(1
n         放射能汚染:憂慮すべき存在
・目に見えず、実感できず、感知できない
・環境中のいたるところ、生活の場、私的領域への侵入
・永続性:数世代
n         日常語では言い表せない:過去の経験もなく、記憶もない
n         日常生活のあらゆる側面が影響を受ける:健康、社会生活、食品と日用品の生産と流通…だが同時に、心理的、審美的、倫理的側面も
n         将来への、またとりわけ子どもの健康についての深刻な憂慮
スライド6
汚染地域の生活:複雑な状況(2
n         放射能の存在は、リスク、ほかの人びと、土地に対する各個人の関係を変容させる:
・被災地住民の汚名:「チェルノブイリ住民」
・環境は敵対的になり、不適格になる
・食品は危険とみなされる
・商品や製品はもはや価値を減じ、または無価値となる
n         住民の一般感情
・日常生活に対する管理の喪失、および生活の質の喪失
・行政当局および専門家に対する信頼の喪失
・放射能の長期的影響にまつわる不安
無力、見捨てられ、さらには排除されたという感覚さえも
スライド7
汚染地域の生活:複雑な状況(3


n         当局や専門家が推進する対策は排除されたという感情を補強する:
・汚染測定があらゆるものに固有の質を数値にまでおとしめる
・標準や基準が世界を「善」と「悪」に分断する
・対策は押し付けであり、禁止条項をもたらし、外部世界から孤立させる
n         「伝統的」な公的活動は状況の複雑さの対処する困難さに直面している
n         政治家や専門家が住民に責を追わせたくなる誘惑:放射能恐怖症理論
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汚染地域の生活:複雑な状況(4)
n         各個人が永遠に自問を突きつけられている:「土地に留まるべきか、去るべきか?」。答えを得るために――
・リスクを理解し
・将来の就職や生産の可能性を見積もり
・事故の前に一般的だった状況に比較して、新しい状態を考慮する必要がある

チェルノブイリ事故で被災した住民の大多数は被災地域に留まる決心をした
n         故里への愛着
n         ほかの土地で暮らし、自分の職を手放すと考えることの困難さ
n         事故直後に汚染地域を離れた人びとの漸進的な帰還が、多くの住民の残留する決意において決定的な要因になった

スライド9
ベラルーシ(19962008)における
エートス・プロジェクトおよびCOREプログラム
n         チェルノブイリ事故で被災したベラルーシ南部の4地区でベラルーシ政府機関が支援し、ヨーロッパの専門家チームが実施した先行実験
n         地域住民の生活環境の持続可能な改善をもたらすことを目指す
n         地域住民が自分たち自身の防護に直接関与することにもとづく
n         村落のティーンエイジャー、若い母親、農民、教師、医療専門家、林業従事者…などのグループとともに展開する
n         住民の要となる心配事に対処する
・子どもたちの防護
・食品、特に牛乳と食肉の放射線学的な品質
・家庭内の放射性廃棄物の管理
・所得および生活の質を改善したいという願い
スライド10
ベラルーシ(19962008)における
エートス・プロジェクトおよびCOREプログラム
状況管理の戦略的転換は主として次の項目による
l         地方当局と国家機関による助力とともに、住民による自分たち自身の防護への直接関与
l         地域住民の放射線防護文化の展開は、次の4本柱に依拠する
・近接周辺の放射線モニタリング
・学校での実習教育
・包括的な健康監視
・事故の記憶の文化的取り扱い
l         地方発展支援のための社会的・経済的方策の構築
スライド11
1.       村落住民の心配事、困難、願いの聴取と理解
2.       地域の放射線状況に関する共通評価の開発
3.       地域状況改善のための防護処置の実施
4.       村落住民と地方当局および専門家のあいだの絆の確立(または再確立)
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1.村落住民からの聴取と理解
n         当事者の課題と心配事を見つける
n         不信感を克服するための契約および倫理にかなった入念な枠組みの構築
・予防的手法、開かれた正直な情報、問題解決の姿勢、状況改善への関与、自発的関与…
n         当事者が自分たち自身の状況を効果的に改善するための作業グループの立ち上げ
n         地域当事者への権限付与、訓練および技術援助の提供
・関連情報へのアクセス、測定の実習訓練、関心のある当事者のゴミ捨て場における機器の設置、独立専門職へのアクセス…
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心配事の聞き取り‐住民集会
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地域の専門職へのアクセス
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2.村落住民とヨーロッパ人専門家のあいだの
地域の放射線状況に関する共通評価の開発
n         放射線学的な状況に関して入手可能な情報の収集と解説
n         個この事情に関連した課題と問題の特定
・地域の伝統、性向や食習慣の影響、地域生産の成り立ち…
n         各個人が自分自身の日常的な環境を把握するための手段の提供
参照数値データ、他の村落との比較…
n         地域汚染の不均質分布と各個人の行動に関連した被曝分布の解明。妙策の余地の特定
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村落住民への権限付与
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 地域農民集会
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地域住民が用いた外部被曝放射線量スケール
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3. 防護処置の実施
n         各個人および集団の価値観と制約事項を考慮して実行可能な防護措置の特定
・季節と地域汚染マップに則った牛乳汚染の削減
・活用可能な資源に即した食糧生産の改善
・木灰による菜園汚染の削減
・ …
n         国家復興プログラムを通して実施される集団行動を補完する自助防護対策をふくむ代替的な行動の評価
n         村民と地方当局のあいだの幅広く支持を得た合意にもとづく行動の適用
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夏季「牛乳生産マップ」
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「個人経営」農民の冬季牛乳生産の最適化
(干草の選別とプルシャン・ブルーの使用)
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村落住民と地方当局のあいだの絆の確立(または再確立)
n         村落住民との段階を追った取り組みを直接実践するための地域専門職(教師、医師…)への権限付与
n         科学機関および各レベルの行政当局の取り組み過程への関与を通して
・情報および機器の入手保証
・特異性および地域状況の変遷に即した防護戦略の適用
・復興プロセスにおける異なった利害関係者のあいだの協力関係の維持
n         復興プログラムの維持を保証するために必要な実用的放射線防護文化を村落住民のあいだに醸成するための教育および医療専門家の関与
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n         食品および全身汚染の測定をふくむ、いつでも使える放射線監視システムの確立
n         全住民に測定アクセスを提供することを目指す
n         地域住民が地域自体の防護に参加し、環境そのものの自己管理を復活できるようにする
n         自信を確保し、地域状況に対処するうえでの有益な情報を付与するために、測定手段の多重性が重要
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ブラーギン地区で実施された
放射線監視システム
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学校に設置された放射線監視センター
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村落診療所に設置された放射線監視センターにおける食品の測定
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地域病院における全身測定
スライド27
事故から20年後のブラーギン地区における
子どもたちのセシウム摂取線量分布


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既存被曝状況における防護最適化プロセスの結果としてたどる個人線量分布の時間経過

ICRP Publication 111







スライド30
フクシマの前途に関する提案(1
~報告者の状況理解にもとづく私的見解
1.既存被曝状況への移行に備えるために
n         放射線学的状況解析の完成
n         生活の全場面における被曝量を達成可能なかぎり低くするため除染作業の継続
n         食品管理システムの強化
n         地域住民に放射線学的状況に関するあらゆる情報への容易なアクセスを付与しうる条件と手段の実現(情報源の多元化と監視プログラム間の調整が必須)
n         一般的な制約条件と将来の可能性を考慮した長期復興プロセスを推進するための放射線防護基準の採用

これらの目標を達成するためには、地域・地方・国家行政当局、専門家、専門職、住民といったあらゆる関係者の参画が必要


スライド31
フクシマの前途に関する提案(2
~報告者の状況理解にもとづく私的見解
2.未来の視点に立って
n         R&Dプログラムを超えて
・食糧生産および環境の放射線学的質を改善するための農業・環境対応策
・被災地域住民に対する健康監視
n         被災地域「内」「外」における放射線防護文化の展開のための(地域・地区・国家レベルの)協働
・これは、福島県の日常生活がブラーギン地区の日常生活とかなり異なることに留意しながらも、ベラルーシにおける経験に立脚して実行可能
・フクシマの状況に即した適正な方法が必要(ボランティアによるパイロット・プロジェクト?)
スライド32
終わりに
原子力事故後の状況が複雑なので、従来の統治形態の再考に行き着く
これは現実の課題であり、規範的な対応策(「白か黒か」)から質を追う対応策(「数多くの微妙な差異」)への転換をふくむ
このような展開は、共通の目標を追う地域・地方・国家の知性を動員して初めて達成できる
長期復興は、数の問題だけではなくて、共に生きることの問題でもある
放射線防護はプロセスを推進するのではなく、それを支えることでなければならない
被災地およびその住民と非被災地およびその住民のあいだの関係:いまだ解決されていない問題に真剣に取り組まなければならない


【付録】
日時:平成23年11月28日(月) 19:00~21:00
場所:内閣府本府仮設庁舎講堂
出席者:
(有識者)神谷研二氏、近藤駿介氏、酒井一夫氏、佐々木康人氏、代谷誠治氏、長瀧重信氏(共同主査)、丹羽太貫氏、前川和彦氏(共同主査)、クリストファー・クレメント(Christopher H Clement)氏、ジャック・ロシャール(Jacques Lochard)氏[五十音、アルファベット順]
(政府側) 細野原発事故の収束及び再発防止担当大臣、中塚内閣府副大臣、佐々木内閣官房副長官補、菅原原子力被災者生活支援チーム事務局長補佐、鷺坂環境省水・大気環境局長、安田内閣審議官、伊藤内閣審議官、矢島内閣審議官
議事: 低線量被ばくに関する国際的なポリシー、日本の取組への評価
1.クリストファー・クレメント国際放射線防護委員会(ICRP)科学事務局長より、「International Commission on Radiological Protection(国際放射線防護委員会)」、「ICRP recommendations on post-accident radiological protection(事故後の放射線防護についてのICRP 勧告)」及び「ICRP and actions taken in JapanICRP と日本の取組)」等について説明。
◆上記について質疑応答
2.ジャック・ロシャール国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員より、「Some lessons from the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故からのいくつかの教訓)」、「Two illustrations of stakeholder engagement for improving living conditions(生活環境改善に向けたステークホルダー関与の2つの事例)」、「Proposals on the way forward for Fukushima(福島に向けた提案)」について説明。
◆上記について質疑応答
以上


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