福島第一原子力発電所事故に関するIAEA報告概要:
予備的な分析
*** 目次 ***
3.安全リスク解析の欠陥
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3.安全性リスク解析の欠陥
IAEAフクシマ報告は、2011年3月の核事故に関する決定的な報告として提出され、「事故の原因と結果、ならびに教訓に対する、事実に準拠し、偏りのない、権威ある評価」を提示するとされている。
この最新報告は、1986年のチェルノブイリ核事故のあとに提出された過去のIEAE報告35と同じく、明確な目的を帯びており、核安全基準の開発の責任を担う国際機関36こそが、核の過酷事故に関して、最も包括的であり、それ故、信頼しうる理解を備えており、その結果、核安全基準が将来の事故を回避できると確信させるくれるレベルにまで引き上げられたと世界に発信する(そして、信じさせる)ためのものである。これが彼らのメッセージなのだが、過去においても、現在においても、あるいは将来においても、現実にもとづいてはいない。
35
See for examples, http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub885e_web.pdf
核の安全神話――チェルノブイリからフクシマを経て今日まで
IAEAは50年間にわたり原子力の拡大を推進してきた。その同じ期間を通して、IAEAは核安全基準を提案・開発し、これを加盟諸国政府が国の規制基準に採用すれば、核の安全性を確保することができると主張してきた。チェルノブイリ事故後の歳月、また福島第一原子力発電所の核事故以前の時期において、IAEAは、その進化する高基準を採用することによって、核発電所を安全に操業できると主張していた。
「1991年の『原子力の安全性――未来のための戦略』に関するIAEA総会は、核の安全性における里程標であった。この会議の目的は、原子力安全問題の再検討にあり、核の安全性に対する関心を喚起し、核の安全性を最高レベルに前進させるために各国および国際的な当局機関が実施すべき将来の行動に関する勧告を制定するために国際合意を達成することが求められていた」
フクシマ報告で評定された問題の多く――規制の不備、外的事象に対する無関心、時代遅れの反応炉設計――は、チェルノブイリに関するIAEA報告でも同じように論評され、公表されていた。核の安全の分野において、1986年のチェルノブイリが国際核産業に与えた衝撃は、その後何年にもわたって、慎重に管理された情報伝達の形で波紋を広げていた。安全基準は改善されただろうし、これが学びとった教訓と併せて、世界の原子力発電所の安全操業につながったことだろう。IAEAは当時、核の規制機関と規制に寄せられる信任が、原子力発電所を安全に操業することができるという公衆の信頼と相関していることを知っていた。事故が歴史のかなたに遠ざかるにつれて、核産業とIAEAは原子力の利点を謳いあげ、過酷事故の低リスクを強調し、この見解を宣伝した37。いざ過酷事故に際しては、人間の健康と環境に対する影響に関して最小限の結末を情報発信することが標準実施要項になった。フクシマ報告は彼らの戦略の次なる局面である。
福島第一原子力発電所事故の直前の各年において、IAEAは一貫して、日本を含め、世界の核安全基準に全般的に満足していると報告していた38。
したがって、福島第一原子力発電所の事故は、IAEAと世界の核産業にとって、痛烈な打撃になった。事故勃発の1か月後、IAEAと加盟諸国は核の安全性に関する会議の結論として、明白な理由により、上記の満足すべき世界安全基準の言及部分を削除した39。
39
http://www-ns.iaea.org/downloads/ni/safety_convention/sr2011/cns-rm5-summary-report_englsih_final_signed.pdf.
IAEAは2011年の前年に日本の規制機関に関する安全問題を提起していたが、基準を引き上げなければ、多重反応炉メルトダウンのリスクが大きいことを公表しなかった。
前回のチェルノブイリのときもそうだったが、IAEA、規制機関、産業にとって、フクシマの教訓を学んでいると見られることが優先課題である。核は安全という社会的認知がなければ、核規制に信頼がなく、したがって、原発の操業が脅かされる。日本ほどにこれが真実である国はなく、そこでは目下、残っている43基の商業用核反応炉が停止したままである。
IAEAフクシマ報告は、日本において、また国際的にも信頼を回復する戦略の中心的な要素である。だが、その報告はフクシマとその結果を評価しているとは、とても言えない代物である。IAEAにとって、課題は事故を招いた過去の明白な失敗に向き合うことだが、放射線リスクと環境への影響など、事故の悪影響を侮り、東京電力が現在の危機を管理するうえで達成した前進について、肯定的な面を強調しようと企てている。これと同じように、IAEAは2011年以前に日本の規制当局が採用していた、かつての安全基準を批判しているが、同時に、日本の核反応炉に適用されている現在の新たな規制基準について、肯定的な面を強調しないではおられない。
IAEAは、この予備的な論評で実証することをめざしているのだろうが、福島第一原子力発電所事故の結果を正確に反省することに基本的な分野で失敗しており、いまや原子力規制委員会(NRA)が管轄している核規制が世界最高レベルであると謳っても、その証拠をなんら示していない40。
40 原子力規制委員会、田中俊一委員長「すべての規制について不断の改善を行い、日本の原子力規制を常に世界最高レベルのものに維持してまいります」http://www.nsr.go.jp/nra/gaiyou/profile02.html
IAEAフクシマ報告の偽りの前提と核反応炉の再稼働
IAEAフクシマ報告の公言された役割は、事故の原因と結果について、事実に準拠し、偏りのない、権威ある評価を提示することである。われわれは下記に詳述するように、役割そのものが――これほど「権威ある」評価を可能にする、あらゆる情報が現在の時点で得られるという――偽りの前提にもとづくと謳ってはいても、IAEAによる解析の主だった欠点を調べることにする。この主張には複合的な問題があり、とりわけ複数核反応炉メルトダウンにつながった現実の事象には未知の要素が数多く残っている。核事故の詳細事項を理解する必要があることは、日本と世界の核の安全性を評価するうえで基本原則である。
日本の国会が設置した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(NAIIC=国会事故調)は早くも2012年に次のような事実を提起していた――「事故が実際にどのように進展していったかに関しては、重要な点において解明されていないことが多い。その大きな理由の一つは、本事故の推移と直接関係する重要な機器・配管類のほとんどが、この先何年も実際に立ち入ってつぶさに調査、検証することのできない原子炉建屋及び原子炉格納容器内部にあるためである」*。
*
[訳注]国会事故調報告要約版;
IAEAフクシマ報告はそのような困惑を一切表明しないで、事故の全体像を理解したと情報発信する共通の目的にもとづき、事故、その経緯、原因に関する結論をこぞって発表した東京電力41、日本政府、原子力規制委員会の所業に与している。この試みには単純な理由がある。事故原因を含めた事故の全体像を把握していると表明することができなければ、われわれは事故の教訓を学んだのであり、核の安全性に対する新たな規制は信頼するに足りるものであると日本国民に保証しても、拒絶されるだけである。IAEAフクシマ報告はこの意味で、今後の長年にわたり核反応炉を再稼働する日本政府の計画の基幹部分なのである。
41
Fukushima Nuclear Accident Analysis Report June 20, 2012 Tokyo Electric Power
Company, Inc.,
福島原子力事故調査報告書、平成24年6月20日、東京電力株式会社
不確定要素の無視
事故勃発から4年たって、IAEAと日本の権威筋の言い草に相反して、国会事故調などが提起した問題の多くがまだ答えられていない。
IAEAは、基幹的な安全機能を担う機器は地震による損傷を受けておらず、事故の主要原因は津波だったと言い切る東電と同じ言い分を採りいれている。政府もまた同類の事故報告を作成し、国際原子力機関(IAEA)に提出した。これがいま、フクシマ報告に組み込まれている。「施設の主だった安全機能が2011年3月11日の地震によって生じた振動性地動の被害を受けた兆候は認められなかった。これは、日本の原子力発電所の耐震設計と建設における慎重な手法のおかげであり、それが適切な安全余裕を備える施設として結実していた」。
まったく耳を疑うIAEAの言い分である――明白なことに、福島第一原子力発電所の三重炉心メルトダウンは適切な安全余裕がなかったことを実証している。
IAEAフクシマ報告は日本の国会事故調が提起した問題に対処できていない。委員たちが結論づけたように、「東京電力はあまりにも拙速に津波が原子力事故の原因であると唱え、地震がなんらかの故障の原因になったことを否定した。われわれは、安全確保に必要な機器が地震で損傷した可能性があり、また(福島第一原子力発電所)1号炉で小破口冷却材喪失事故が発生した可能性があると信じている。われわれはこれらの点が第三者によってさらに検証されるものと願っている」。
国会事故調の勧告が心からの願いであったとしても、事故における地震の影響に関する第三者による検証は日本政府と核産業に無視されてきた。すでに厳しい疑いの目を向けられている日本の原子力の未来は、地震による衝撃が事故の決定的な原因であったと確認されれば、致命的な打撃をこうむることになるだろう。核産業と現在の日本政府が掲げるエネルギー政策が未来にチャンスを賭けるとすれば、津波原因説に注力することが不可欠である。国会事故調はIAEAフクシマ報告とは対照的に、次のような基本的な問題点を提起している――
「本事故の直接的原因は、地震及び地震に誘発された津波という自然現象であるが、事故が実際にどのように進展していったかに関しては、重要な点において解明されていないことが多い。その大きな理由の一つは、本事故の推移と直接関係する重要な機器・配管類のほとんどが、この先何年も実際に立ち入ってつぶさに調査、検証することのできない原子炉建屋及び原子炉格納容器内部にあるためである」42。
42
国会事故調は次のような結論に達していた――「関係者たちは地震と津波の両方によるリスクに気づいていた。さらに以下の事実を考慮すれば、1号機の損傷は、津波だけでなく、地震が原因になっていたと結論せざるをえない。(1)スクラム(原子炉緊急停止)のあとに最大の揺れが襲い、(2)原子力安全基盤機構が小規模のLOCA(冷却材喪失事故)が起こっていた可能性を認め、(3)1号機の運転員らが弁からの冷却材漏出を心配しており、(4)逃がし安全弁(SR弁)が作動していなかった。さらにまた、外部電源喪失の原因は二つあり、両者ともに地震関連のものだった。外部送電系は地震に対して多様性、独立性が確保されておらず、東電新福島変電所の耐震性は不足していた」。
IAEAフクシマ報告は上記したような不確実性を認めるどころか、福島第一原子力発電所は適切な安全余裕を備えていたのであり、耐震性は万全だったと断言するばかりである。
IAEAは日本の現在の規制に対して無策
「すべての規制について不断の改善を行い
日本の原子力規制を常に世界最高レベルのものに維持してまいります」
――原子力規制委員会、田中俊一委員長
IAEAフクシマ報告は、福島第一原子力発電所に関連してこう述べている――「事故時に実施されていた規制、ガイドライン、手順は、最悪のものとして、定期安全点検、危険の再評価、過酷事故対策、安全文化に関連して、一部の分野において、国際慣行と完全には一致していなかった」。
フクシマ報告は当然ながら、2011年に福島第一原子力発電所を監督していた規制当局、原子力安全・保安院(NISA)に批判的だった。残念なことに、2011年3月に勃発した福島第一原子力発電所事故の以前における日本の核規制の不備は、原子力規制委員会(NRC)が管轄する現在の核規制にもまた多くの分野であてはまっている。NRAは重要な分野で、IAEA勧告を含め、国際慣行を遵守していない。これは、IAEAがフクシマ報告で言及していることではない。フクシマ報告はそれどころか、核の安全を考察するにさいし、日本における新規制機関の設立を全面的な皮相的な表現で記述している。NRAに割いた紙幅は1ページに満たず、IAEAが描いてみせる印象は、以前の規制機関であるNISAの機能不全の多くが、核施設事業者に対する新たな規制と要件で対処されているというもの。現実はまったく違う。
今日の日本における基本的な安全規制の現状に見る弱点、そして現在の状況に対するIAEAフクシマ報告の無策ぶりを示す好例として、川内原子力発電所の実例が将来における核の過酷事故のリスクを浮き彫りにしている。鹿児島県に立地する九州電力・川内原子力発電所の加圧水型反応炉2基は、NRA審査手続きが最も早く進み、近いうちの運転再開が予定されており、1号機が2015年7月に再稼働し、2号機が9月下旬にはそれにつづく計画になっている。
IAEAフクシマ報告は次のようにいう――
「包括的な確率的・確定的安全性解析なるものは、設計基準を超えた事故に適用しても耐えうる施設の能力を確認し、施設設計の頑健性における高度の信頼性を付与するために実施されている必要がある。
「安全性解析は、設計基準を超えた事故を評価するためにも、それへの対応戦略を開発するためにも使うことができ、確率的手法および確定的手法の両者の使用を含むであろう。福島第一原子力発電所において実施された確率的安全性解析は範囲が限られ、内的および外的な発生源からの冠水の可能性を考慮していなかった。これらの研究の限界が、運転員らが活用できる事故管理手順の範囲の限定に寄与していた」
IAEAがもとめる確率的解析(PRA)はなにも新しいものではなく、チェルノブイリ事故につづく時期から言われていたことである。これは世界的に核規制の標準として使われている。しかし、IAEAが確率的解析に寄せる信頼には、それ自体に問題がある。たとえば――
§ マサチューセッツ工科大学(MIT)研究が指摘するように、確率的解析は、複雑系における事故の多くを特徴づける、間接的で非線形性であり、かつフィードバックする相互関係を説明できない。
43
The Future Of Nuclear Power An Interdisciplinary MIT Study, 2003,
http://web.mit.edu/nuclearpower/pdf/nuclearpower-full.pdf,
as cited in “Beyond our imagination: Fukushima and the problem of assessing
risk”, M. V. Ramana,
§ 人間の行為、およびそれが、未知どころか、既知の欠陥様式にもたらす影響をモデル化することが不得手である。
§ 米国の原子力規制委員会(NRC)は、事故発生系統樹および故障発生系統樹の構築において数学的な意味で完璧を期すことは概念として不可能であると結論づけている44…このような内在的な限界は、この手法を用いるいかなる計算も、常に改訂する必要があり、それでも完全性に疑問がつきまとうことになる45。
44
Risk Assessment Review Group Report T O T H E U.S. Nuclear Regulatory
Commission, H. W. Lewis, Chairman, NRC, 1978,
45
ある解析専門家が認めたように、「確率的解析を用いて解明した全般的な事故確率に関する結論は、信頼するに足るものからほど遠い代物である。人が考えだす、おそらく唯一のしっかりした結論は、2件の大事故が似ていないというものだろう。核施設における過酷事故は歴史的にいって、さまざまなきっかけがあり、さまざまな経過をたどり、さまざまな影響をおよぼしてきた。過酷事故はさまざまな国における複数の設計の反応炉で起こってきた。つまり、残念なことに、フクシマ惨事のきっちり同じ再現に対して身構えることはできるかもしれないが、次回の核事故はたぶん事故誘発要因と故障の異なった組み合わせが原因になって起こることだろう。その組み合わせがどのようなものになるか、予測するための信頼できるツールはないのであり、したがって、そのような事故から守られていると確信することは無理な相談である」、“Beyond
our imagination: Fukushima and the problem of assessing risk”, M. V. Ramana,
IAEAフクシマ報告は、2011年3月の事故に先立って、確率的解析が福島第一原子力発電所に適用されたと認めているが、「IAEA安全基準が推奨する確率的安全性アセスメントによって完全に評価されない、なんらかの弱点」があったという。
IAEAフクシマ報告は、確率的解析こそが核のリスクを評価するためのほとんど万能の決め手であって、これを核の安全性に適用すれば、安全であること間違いなしと述べている。だが、ある核アナリストは次のように結論している――
「確率的リスク評価が単なる秘儀であり、核技術者らが部外秘で執行しているのなら、信頼性に欠けていても、反応炉を設計したり運転したりしている連中を自信過剰にする点は別にして、それほど心配する理由はないだろう。問題であるのは、これを実施することで得られた少数の数値が複雑な計算の結果であると広く見られ、とりわけ政策立案者たちと大衆に対して、偽りの、または見当外れの具体性とでも呼ぶしかない代物を植え付ける効果をおよぼすことである」46
46
“Beyond our imagination: Fukushima and the problem of assessing risk”, M. V.
Ramana, (page 82) http://thebulletin.org/beyond-our-imagination-fukushima-and-problem-assessing-risk-0
IAEAフクシマ報告の確率的解析手法の眼目は、2011年の事故から学んだ教訓を伝え、核規制の信頼を回復することにある――だが、現実世界において核の安全性を担保する根拠はない。
IAEAフクシマ報告の言い草と日本における現在の核規制のあいだの断絶は、原子力規制委員会(NRC)が操業再開に向けてリスク解析の対象にする核反応炉を選んだやりかたを見れば、さらに浮き彫りになる。現在、24基の反応炉がNRCの審査を受けている。
IAEA勧告を適用し損ねている日本の規制機関の現状
NRCはIAEAが勧告する包括的安全解析の実施を、川内原発のオーナー企業を含む日本の核事業者に求めていない。NRCは電力会社が確率的地震ハザード解析(PSHA)および確率的津波ハザード解析(PTHA)を用意することを求めている。川内原発の核反応炉については、両方とも終えている。このような確率的ハザード解析は、特定の現象について、この場合は地震と津波について、その規模、つまり重大さを発生頻度の関数として決定することを意図するものである。
しかしながら、NRAはガイドラインのフクシマ後を踏まえた改訂版のもとで、九州電力に対しても、他の原発企業に対しても、いわゆる炉心損傷頻度、つまり反応炉心損傷の発生リスク、あるいはいわゆる早期大規模放出割合(LERF)、つまり過酷事故で放出される放射能の量を決定するのに役立つだろうとIAEAがいう確率的リスク解析(PRA)の実施を求めていない。
それ故、NRAは確率的リスク解析を求めずに、基準の低い確率的ハザード解析を受けいれたのである。福島第一原子力発電所事故の前に犯された過ちを正すために、IAEAが包括的な適用を勧告したが、現実として、NRAが採用しなかったものだから、われわれは重大な欠陥のある手法が採用されている状況を押し付けられている。
地震リスクの過小評価とNRAの不作為
IAEAフクシマ報告は次のように述べる――
「天災のアセスメントはじゅうぶんに保守的であることを要する。原子力発電所の設計基準の策定にあたって、主として歴史的なデータを考慮するだけでは、極端な自然災害のリスクを特色づけるのにじゅうぶんではない。総合的なデータが使える場合でさえ、観測期間が比較的に短いため、天災の予測に大幅な不確実性が残る。頻度確率が非常に低い極端な自然事象が重大な影響をもたらしかねず、また極端な自然災害の予測には不確実性が残るので、困難と物議がつきまとう」(p. 80)
川内原子力発電所に対するNRAの審査手続きは、規制機関と九州電力がIAEAの唱える保守的な手法を遵守していないことを明らかにしている。
NRAの耐震安全ガイドラインには断層線が走っており、川内原発の反応炉に対する審査手続きのさいに見受けられたNRCの不当行為が、日本屈指の批判的な地震学者にして国会事故調の委員、石橋克彦教授47、およびゼネラル・エレクトリック社の元核技術者、佐藤暁(さとし)氏によって記録された。
47
いしばし・かつひこ。神戸大学名誉教授、地震学研究者、国会・東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員。2015年4月27日、日本外国特派員協会におけるプレゼンテーション。
石橋教授の報告によれば、NRA規制は標準地震動(SSM)(敷地内の遊離岩表面における上下動および水平動)が「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」および「震源を特定せずに策定する地震動」を策定し、それらにもとづき策定されると規定している。「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」は、敷地に重大な影響をおよぼすことが予測される複数の地震(検討用地震)を、内陸地殻内地震、プレート間地震、海洋地殻内地震に選定して、選定された検討用地震ごとに地震動の評価を実施することによって策定される。
しかし、九州電力は独自の基準にもとづき、川内原発反応炉に対する歴史上の地震の影響を調査した。同社は、最大規模のプレート間および海洋プレート間の地震の震源域は原発の敷地からはるかに遠く離れており、それ故、最大設計地震(S1)は基準以下になるであろうと結論づけた。九州電力はプレート間および海洋プレート間の地震を検討用地震に選定する必要はないと結論したのである――この類いの地震が電力会社によってふるい落とされ、NRAはこの手法を容認したのである。しかし、石橋教授が指摘しているように、内陸地殻内地震の一部は、九州電力が提出し、NRAが後追い承認した川内アセスメントに含まれる地震よりも大きい。
南海トラフ地震断層によるリスクもまた一顧だにされず、九州電力によってふるい落とされた48。南海トラフ地震を考慮にいれることは、川内原発の標準地震動の策定に欠かせない。南海トラフはマグニチュード9.1級の激震を起こしかねないと推測されている。石橋教授は、最大限度の断層パラメーターを設定して南海トラフ地震による地震動を策定すれば、地震動が川内原発と反応炉の最大設計地震を超える可能性があることを実証した。そのうえ、NRAは、検討対象の地震を選定するさいに、南海トラフなどにおけるプレート・テクトニクスを包括的に考慮すべきものとすることと九州電力に求めている。ところが、福島第一原子力発電所の核惨事から4年後のいま、電力会社はそれを除外してしまった。
48
南海トラフは、本州中部の静岡県から九州にかけて約700キロにわたって延びる沖合の海溝である。これは、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込むことにより、頻繁に地震が発生している地帯である。“Experts
say M9 Nankai Trough earthquake would kill hundreds of thousands”,August 30
2012,
核技術者、佐藤暁氏は、安全設計の基準となる地震動を策定するさい、10,000年から100,000年に1回の頻度(年超過率10-4~10-5)で発生する規模の地震を基準とするようにIAEAが推奨しているが、九州電力が提示している設計基準地震動はそれに反して、部分的に1,000年から10,000年に1回(年超過率10-3~10-4)という高頻度の発生確率が示されていると書き記した49。NRAはこのように、IAEAが勧告する基準を適用することを九州電力に要求しなかったのである。
49
“Technical issues of Japanese seismic evaluations from the point of global and
Japanese standards” Satoshi Sato, commissioned by Greenpeace,
グリーンピース委託レポート:佐藤暁「川内原発における耐震性評価の問題:国際基準と日本基準」
NRAに提出し、受理された川内原発反応炉の建設許可申請書においては、免震隔離建屋の震源として大陸地殻だけが考慮されており、プレート境界および海洋プレート内部の震源は除外されている。その結果、過去の核事故において重大な影響をおよぼしていた振動スペクトルの低周波数(長周期)領域における地震の影響は過小評価されてきた。
振動スペクトルの低周波数(長周期)領域の地震動は、旋回天井クレーン、低圧タービン回転子、地下配管など、機械装置類に甚大な被害をもたらすだけでなく、膨潤液体(水はね作用)によって反応炉建屋内のタンク、プール、変圧器の破壊を誘発しかねない。
IAEAフクシマ報告は、前の規制機関である原子力安全・保安院による規制の弱点を詳細に列挙しているが、その保安院はしっかりした対策に抵抗する原子力事業者を抑えられず、その結果が福島第一原子力発電所事故の一因になった。
ところが2015年、NRAの審査手続きが川内原発1号機の最終安全審査を完了する段になって、NRAは九州電力のフクシマ後規制に対する違反を是認し、すなわち、原発の安全に必須である耐震基準を不適切なままに容認したのである。IAEAフクシマ報告は日本における新しい耐震規制要件の現在の欠陥にも、またその誤用にもなんら言及していない。
石橋教授は2006年の耐震指針が最高水準の基準を採用しなかったのを不服として検討委員会の委員を辞任しており50、20年近くにわたり、地震が誘発する核の過酷事故について警告してきたが、川内原発に対するNRC審査の基礎に関して、次のように結論している――
50
“Why Worry? Japan's Nuclear Plants at Grave Risk From Quake Damage,” by
Katsuhiko Ishibashi, posted at Japan Focus on August 11 2007,
「いつか、どこかの原子力発電所で、その施設の基準地震動をはるかに超える地震が発生するのは避けられませんし、これが第2の原発震災(地震と核の複合災害)を引き起こすことがじゅうぶん考えられます」51
51
2015年4月27日、日本外国特派員協会における石橋教授のプレゼンテーション
もうひとつの外部事象――火山
前述したように、IAEAフクシマ報告は天災を慎重に評価する必要性を強調している。川内原発の反応炉、そして他にも日本の複数の原発の場合、そのような災害のひとつが大規模な火山噴火によるリスクである。川内原発は桜島の活火山から50キロの場所に立地している。この面でもまた、川内原発に対する火山ハザードを考えると、NRAはIAEAが勧告する基準を昨年から適用していない。具体的にいえば、NRAは、いわゆる設計基準――核施設運営者は施設が極端な火山事象に耐えられるように改修しなければならないとする要件を含む――2012年のIAEA火山安全指針52の要になる勧告を適用していない。九州電力は欠陥のある史料分析を頼りにしており、川内の核反応炉に到達する可能性があり、敷地内外の放射線に関連する重大な結末を招きかねない火山灰降下物を過小評価している。
52
IAEA Volcanic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Installations(IAEA「原子力発電所等の立地評価における火山ハザード」)、Specific
Safety Guide No SSG-21, IAEA 2012,
大規模な火山灰堆積の重大な結果のひとつとして、それが共通モード故障[同時多発的な故障]を誘発しかねず、そうなれば、安全機器とその機能、また核施設内外における他の日常的な機器類稼働状況の不全という結果になりかねない――降灰の影響がひとつであれば、それ自体が単独では施設を機能不全に陥れるのに充分でないかもしれないが、複数の故障が束になって無秩序に進行すれば、施設の全般的な復元力が失われることもありうる。火山の大噴火に引き続き、降灰の必然的な影響のひとつとして、配電網や開閉装置がショート(フラッシュオーバー=爆発的な炎上)を起こし、その結果、反応炉と貯蔵槽内の使用済み燃料を冷却するために核施設が頼みの綱にしている外部電源の喪失(LOOP)を招きかねない――この結果として、川内の核反応炉2基とそれぞれの使用済燃料プールは、地震につづき、津波の到達の前に福島第一原子力発電所の反応炉がこうむったのと同じリスク状況に陥ることになるだろう53。
53
川内原発はこのLOOP状況において、全面的に緊急用ディーゼル発電機に頼ることになるだろうが、それなのに九州電力は、とりわけ(発電機の運転に必要な)エアフィルターのつまりを解除するための計画において、これらの発電機の適切な保守管理に備えていない――つまり、同社の計画では、26.5運転時間ごとにフィルターを交換することになっているが、米国NRAはコロンビア原発に対して2.3運転時間ごとのフィルター交換を求めている。これは、LOOP、その他の影響と重なれば、全電源喪失、および核反応炉と使用済み燃料の冷却機能喪失を招くだろう。
See, “Implications of Tephra (volcanic ash) fallout: On the operational safety of the Sendai nuclear power plant”, Large & Associates, Greenpeace Commissioned report, February 26th 2015
See, “Implications of Tephra (volcanic ash) fallout: On the operational safety of the Sendai nuclear power plant”, Large & Associates, Greenpeace Commissioned report, February 26th 2015
2015/2/2【プレスリリース】グリーンピース委託レポート『川内原発と火山灰のリスク』発表
NRAと九州電力は、基幹的な建屋、屋上、アクセス経路に堆積する火山灰を除去する方法について、信頼しうる計画を備えておらず、とりわけ800トン以上の放射線レベルが高い使用済み核燃料を収納する建屋の屋上の場合――九州電力は、使用済み燃料建屋の屋根の余裕、つまり火山灰層による過負荷に対する安全裕度が最小限であると認めており――屋根崩落のリスクが高くなる結果になっている。ここでもまた、核産業によるプレッシャーが、フクシマ後の安全規制の策定と適用の両面にわたる弱体化における決定的な要因になっている。
核技術者、ジョン・ラージ博士は、川内原発の火山ハザードとNRC審査の過程を分析しており、次のように結論づける――「NRCの火山影響評価ガイドの初稿は、核施設運転員が確率および『想定外』状況に対応するリスク情報準拠手法を備えていることを求めており、川内原発について、⽕⼭影響評価ガイドに準拠した復元力を策定し、含んだうえで、上記の極端事象に対応するように物理的に改修するように求めていた。ところが、NRAガイドの最終版では、こうした要件がすべて脱落しており、したがって、九州電力が避けられない事態に対して常識である予防措置を備えていなくても許されることになった――その結果、川内原発の最終的な火山立地評価は脆弱なものになり、火山活動地帯における核施設立地評価に関する国際原子力機関の安全勧告から、かなりかけ離れたものになった」54。
これが、フクシマ核事故の原因になった規制の落ち度から学んだはずの教訓を、新たに発足した規制機関、核産業、そして最終的には日本政府が無視していることを示す、さらにもうひとつの実例である。
連絡先:
ジャン・ヴァン・プタ――グリーンピース・ベルギー
Jan
Vande Putte – Greenpeace Belgium - jan.vande.putte@greenpeace.org
ケンドラ・ウルリック――グリーンピース日本
Kendra
Ulrich – Greenpeace Japan - kendra.ulrich@greenpeace.org
ショーン・バーニー――グリーンピース・ドイツ
Shaun
Burnie – Greenpeace Germany - sburnie@greenpeace.org
*** 本稿の構成 ****
3.安全リスク解析の欠陥
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