2015年11月20日金曜日

ディディ・カーステン・タトロウ「731部隊の残虐行為と米国の隠蔽行為」@JpanFocus

In-depth critical analysis of the forces shaping the Asia-Pacific...and the world.
アジア太平洋ジャーナル/ジャパン・フォーカス
アジア太平洋…そして世界を形作る諸力の批判的深層分析

日本の731部隊の戦時残虐行為と米国の隠蔽を見る新しい観点

アジア太平洋ジャーナル Vol. 13, Issue. 44, No. 3, 20151116
ディディ・カーステン・タトロウ Didi Kirsten Tatlow
凡例:(原注)[訳注]〔ルビ〕

日本軍が囚人を対象に実施した生物・化学戦実験の現場において、815日に新規開館した侵略日本軍七三一部隊証拠陳列館。Credit Gilles Sabrie for the New York Times

ジョイ・チェンは、日本軍731部隊が第二次世界大戦中の満州で犯した医学的残虐行為をテーマにして、哈尓濱〔ハルビン〕で新規開館したばかりの陳列館の外のベンチに座り、館内で学んだことを咀嚼〔そしゃく〕しようとしていた――米国が終戦後、人間を実験材料にした日本軍の生物戦研究を隠蔽し、下手人らが刑罰を免れ、栄えるがまま許したのである。

このことは、中国北東部のハルビンの外れ、平房〔ピンファン〕区に横たわる分割された箱のような黒大理石製の建造物の館内の展示解説文や音声解説で著しく詳細に説明されている――「米国は国家安全保障を考慮した結果、731部隊の指揮官とその配下の下手人たちの不起訴処分を決定しました。彼らは全員、戦争犯罪裁判を免れました」。

石井四郎博士が指揮する731部隊は、疫病菌を増殖し、何千人もの男女と子どもたちにそれを意図的に接種した。部隊は、生体解剖、凍傷、空気圧変動といった実験をおこない、囚人たちに馬の血液を輸血するなど、さまざまなことをして、人体に対する生物兵器の効果を研究した。
[訳注:リンク先は英文プロフィール。日本語はウィキペディア「石井四郎」でどうぞ]

チェンさんは恐怖に耐えられなくなり、館内に2人の同伴者を残してきたのだ。

哈尓濱外国語学院で英語を学んでいるチェンさん(24歳)は次のようにいった――

「ショックでした。もう耐えられません。わたしは中国人として、ただ途方もなく残酷だと感じました。

「アメリカ人のやったことも、初めて知りました。アメリカ人はなぜ彼らを起訴しなかったのでしょう? 実に受け容れがたいことだと感じました。中国人なら、間違いなくそのように感じるでしょう」

囚人に対する凍傷実験を表現する731部隊陳列館の展示。Credit Gilles Sabrie

コーネル大学の歴史学者、マーク・セルデン(Mark Seldenは、「ショッキングでしょう」と電話インタビューに応えた。

「これは、われわれの知るかぎり、綿密な点まで正確です。誰ひとりとして起訴されていません。事態に目をつむり、全員が社会復帰を果たしたのです」と、セルデン氏はいった。

しかし、他の連合戦勝諸国は捕虜にした731部隊員らを裁判にかけていた。

ソ連は1946年のハバロフスクにおいて、ロシア東方侵攻戦のさいに捕虜にした12名の日本人を審理にかけ、中国は瀋陽〔シェンヤン=しんよう〕で36名を裁判に付した。これらに事件は、粒子の粗い白黒の法廷の写真や当時の書物に記録されている。

815日に開館した侵略日本軍七三一部隊証拠陳列館は、隣接する旧陳列館を統合し、受け継いだものだが、展示趣旨がさらに大胆になり、館員たちによれば、大勢の来館者を惹きつけている。

チェンさんの反応から判断して、陳列館の大胆な隠蔽明示が一定の衝撃をもたらしており、いつの日か、次のような厄介な問いを促す可能性がある――米国は中国に謝罪すべきなのではないだろうか?

そのように要求は、現状では主に一握りの中国人国粋主義者の声になっているが、二国間関係が悪化すれば、声が大きくなりうる。

731部隊研究員らが囚人の人体実験で使った医療器具を見つめる来館者たち。Credit Gilles Sabrie

それにまた、現実に起こったことはあまりにも重大であり、人道を侵害しており、免責できないと心底から信じている歴史家たちと生命倫理学者たちがいる。ニュージーランド、オタゴ大学のジン=バオ・ニーもそのひとりである。

ニー氏はEメールに次のように書いた――

「倫理的にいって、隠蔽は、非情にも国益と国家安全保障を追求した結果であり、正義を踏みにじってしまいました。

「法的にいって、隠蔽は事後共犯を構成します。実利主義的にいって、公的謝罪は米中関係の改善に寄与しますので、米国の長期的な国益に資することになります」

米国は、冷戦初期に達成した取引によって、自国の生物兵器開発に大いに役立つ情報を収集することができたと、セルデン氏は語った。

ヨーロッパのナチス医師たちは同様な行為(medicalexperiments)をしながら、その多くが731部隊とは対照的に、ニュールンベルグ戦争犯罪法廷に起訴された。

セルデン氏は、ドイツのロケット科学者たちに言及して、日本におけるアメリカの行為は「ある意味で、ウェルナー・フォン・ブラウンら、科学者たちを米国に連れ帰った経緯と似ています。米国は彼らを非常に手際よく活用しました」と話した。

「日本において、彼らは生物戦研究の成果を欲しがり、入手しました。あなたやわたしであれば、その行為が賢明なのだろうかと訝るかもしれませんが、意味のある反対論は出なかったというのが、現実だったのです」と、彼はいう。

来館者が陳列館を出る間際、最後の展示がアメリカの決断の結果を詳しく說明する。

まるで空中にポイと投げられ、デタラメに着地したように、さまざまな展示品のさなかに横たわる、長さ1メートルの白い石碑に、医師、その他の731部隊員60名の氏名が刻印され、彼らの戦後の経歴が添えられている。なんだか戦後日本の医療界支配者層の名士録を読んでいるような趣である。

「元731部隊員たちの戦後の肩書(既知の資料の一部)」と標題された展示の内容は次のとおり――北野政次・株式会社ミドリ十字(東京)取締役、草味政夫・昭和薬科大学教授、増田美保・防衛大学校教授、石川太刀雄丸・金沢大学医学部長、中野信雄・加茂病院院長、大塚憲二郎・国立東京第一病院。展示の指摘から抜けているものは、731部隊の活動に関する先駆的な研究が、日本人の社会科学者たちと歴史学者たち、つまり過去のできごとを深く悔いるようになり、それを人類への警告として記録に残したいと願った日本人グループの一部によって担われたということである。

館外に売店があり、陳列館物品に混じって、愛国的な中国のエムブレムや対日戦勝メッセージを描いたカップ類やTシャツを提供している。だが、店内は閑散としており、商品には懺悔の印として購入する趣の空気がまとわりついている。

女性販売員によれば、その当日に、陳列館に関する英語、中国語、日本語の新刊本が到着しており、ロシア語訳本も入荷する予定であるとのことであり、彼女が付け加えて言うには、同書の出版日は、北京で93日に開催された国家的な対日戦勝70周年祝賀行事に合わせたそうである。

米国は、対中関係を改善するために、いつの日か、謝罪する必要があるだろうとセルデン氏はいう。「両国間関係が多くの緊張をはらんでいる時期にあたっています」が、それなのに、中国国内の怒りはほとんど全面的に日本に向けられていると彼はいった。

「米国に向けられるいかなる激情よりも遥かに激しい、抑えの利かない怒りが日本人に向けられており、わたしはしばしばびっくりします。わが国が中国と数多くの摩擦を抱えている時期なのですが」と、セルデン氏は語った。
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731部隊だけが難問のすべてではないと彼はいった。

731部隊にかかわる米国の責任より大きな問題が、米国が裕仁を処遇した経緯です。米国は天皇制を廃絶しませんでした。天皇を玉座に据えたまま残したのです。東京戦争犯罪法廷で天皇を起訴したり証言させたりしませんでした。その結果、最高位の人物が無罪放免になりましたので、日本国民がアジアにおける戦争責任を潔く受け容れるのが非常に難しくなりました」と、セルデン氏は述べた。

Q&A:回答者、ガオ・ユバオ
731部隊の残虐な人体実験の記録に関して――

囚人の人体実験で使用された医療器具を検分する侵略日本軍七三一部隊証拠陳列館の来館者たち。Credit Gilles Sabrie
ガオ・ユバヤ主任研究員
Courtesy Gao Yubao

815日、中国北東部、ハルビンにおける新しい侵略日本軍七三一部隊証拠陳列館の開館(Museumhighlights germ warfare)は、93日に北京で挙行された大式典、戦勝記念日(Victory Day)軍事パレード(military parade)など、中国全土で繰り広げられたイベントの一端、日本の第二次世界大戦降伏70周年式典に時期を合わせていた。

平房区の陳列館(museum:キャッシュ)は、ナチス・ドイツのヨーゼフ・メンゲレ博士が犯した蛮行に匹敵し、あるいはおそらく凌駕すらしていた囚人に対する医療残虐行為を731部隊の日本人医師らが実施していた現場の旧陳列館を拡張したものである。先月に訪問したさい、数千人の囚人たちが暮らし、生体解剖、意図的な疫病菌感染など、恐ろしい形で死んでいった監房の出土遺跡を覆う巨大な金属製天蓋〔てんがい〕の仕上げ工程でまだ作業員らが立ち働いていた。

陳列館のガオ・ユバヤ主任研究員によれば、学芸員たちは歴史の正確な姿を再現したいという欲求に駆られているという。

陳列館のメッセージは、次のように明快である――生物戦は日本の国策であったし、下手人の誰ひとりとして法廷に連行しなかった米国による隠蔽は、情報と交換だった。

その歴史の構図を複雑にしているものが、中国人、朝鮮人、ロシア人、アメリカ人の囚人たちに対する石井四郎博士指揮下の実験が、イデオロギー色の濃厚な中国式「愛国教育」の焦点となるテーマであるという事実なのである。たとえば、陳列館の来館者ノートの書き込みは、ほとんど「勿忘国耻」(国辱を忘れるな!)といった愛国表現が満載の記録になっている。

新しい陳列館について、二人の歴史学者、ひとりはアメリカ人、もうひとりは日本人の発言を下記に紹介しておこう――

「中国人の国家は、他の国々と同様、歴史を自国の目的のために使っており、その統制レベルは成層圏の高みに達しています」と、コーネル大学東アジア研究プログラムの上席研究員であり、“Japan's Wartime Medical Atrocitieshttps://blogger.googleusercontent.com/img/proxy/AVvXsEjg0BYhfsggUSqKeg1MaArPuxfTfUEiWRFtieEg_czsHjN2K4U9UR5nWkjPoqJaK5zWWI-DNxe-yHWzgSJu25qREpR9FpJ56IxYTosWBpwcr5MvSg1dA4nlXeBTbyTqsmTvd6R7O5MFyFfNwp_PTtGlQ6Rl-AYqowe03kKo_fLxDJca7DTcfHdooEs=”[『日本の戦時医学残虐行為』]の共編者、マーク・セルデンはいう。それでも彼は、「わたしたちは特定の状況における歴史データを尊重しなければなりません」と付言する。

『日本の戦時医学残虐行為』の寄稿者であり、『七三一部隊~生物兵器犯罪の真実』の著者、常石敬一(Tsuneishi Keiichi)は、「わたしは、731部隊の歴史をまともに研究した中国人研究者にひとりも会ったことがありません。ですから、新しい陳列館になにも期待していません。石井四郎の生物戦活動に関して、中国にはほんとうに信頼できる認証済みの調査資料は存在していないとわたしは考えています。その資料は、日本の図書館や国立公文書館アジア歴史資料センター、それに米国の国立公文書館と議会図書館にあります」といった。

ガオ氏はインタビューで、陳列館の背後にある思想を次のように説明した――

731部隊に関する新しい陳列館を建造したのは、なぜですか?

731部隊は、人道と倫理に反する大規模で組織的な罪を犯しました。その犯罪を暴き、記録することによって、人類が平和の対価を記憶にとどめ、平和を大切にできるようにしなければなりません。

ヨーロッパのいくつかの国々はいまだに戦争で苦しんでおり、このことは、人類が平和の大切さを思い出す手がかりを常に必要としていることを証明しています。

日本人研究者らが囚人たちに対する生物・化学実験を実施した現場の保存建造物に隣接して建つ新しい陳列館。Credit Gilles Sabrie

新しい陳列館の建設様式は、なにを表現しているのですか?

陳列館のヴィジョンは、飛行機墜落事故のブラックボックスのメタファー[暗喩]に由来しています。その要点は、731部隊の現場が人類史上で屈指の暗黒期間を記録していることの表現です。

ブラックボックスの内容を示すことによって、わたしたちは起こったことに気づき、惨事から学んだ教訓を記憶にとどめます。陳列館の周辺区域は、あたかも地割れが開いて、ブラックボックスを暴くかのように見えるように造成されています。

どなたの設計ですか?

華南理工大学の何堂(He Jingtang:ヘ・ジンタン)博士が率いるチームです。わたしたちは中国内の多くのチームに話を持ちかけたのですが、何博士のアイデアが一番よかったのです。

彼らが手がけた上海万博の中国館が大事業を扱う能力を示していますし、南京大屠殺記念館が第二次世界大戦テーマを扱うセンスを表しています。

建設に着工したのは、いつのことですか?

初代の建物は小さな遺物展示区域が付属していましたが、スペースが小さすぎました。また、建物保護の観点からも、無制限の人数の来館者を受け入れるわけにもいきませんでした。わたしたちは20141月に青写真の作成に着手しました、201411月に着工し、今年の8月に竣工しました。

来館者数は、どれぐらいですか?

開館日から918日まで、1日あたり7,000人ないし10,000人の来館者がいます。

以前には、1年あたり約400,000人が現地訪問に来ていました。いま、1か月少しあまりで270,000人が現地を訪問しました。

医学実験用の囚人を固定する台を使った館内アトラクション。Credit Gilles Sabrie

展示の最後に、米国は国益確保の観点から731部隊の下手人たちを審判しなかったと明確に説明されています。あなたは、このことが中米間関係に影響すると危惧しておられますか?

わたしたちのモットーは、「歴史を記録し、政治を無視する」というものです。わたしたちの仕事は、わたしたちの知識の最善を尽くして、またわたしたちにできるかぎり客観的に、歴史を調査し、展示することです。歴史の真実が修復された時点で、わたしたちの仕事は成就しています。わたしたちは政治的配慮で歴史を曲げません。

中日間関係における731部隊の歴史がもたらしている重荷の悪影響を是正するために、なにができますか?

わたしたちは、日本人の歴史家や学者を含め、他の個人や団体も歴史のこの時期の解明と研究に関心を抱いていることに気づいています。

わたしたちはこれに関与する人たち全員を集めたいと願っています。わたしたちは、日本人の歴史家やアーティスト、数十組の日本人グループと大々的に協力しています。いま、300名の団体が日本から陳列館を訪れたばかりです。

【筆者】

ディディ・カーステン・タトロウ(Didi Kirsten Tatlow)はニューヨーク・タイムズ北京支局特派員。
Follow Didi Kirsten Tatlow on Twitter: @dktatlow

【クレジット】

本稿は20151021日付けのインターナショナル・ニューヨーク・タイムズおよびニューヨーク・タイムズに掲載された中国通信ニュース欄記事の拡大版ですので、その旨をクレジット表記のこと。
Didi Kirsten Tatlow, "A New Look at Japan's Unit 731 Wartime Atrocities and a U.S. Cover-Up", The Asia-Pacific Journal, Vol. 13, Issue 44, No. 3, November 16, 2015.


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