2012年5月23日水曜日

暴論僧侶、妄論評論家、揃い踏み





 今、福島県内は、放射能についての話が率直にできない状態だと感じる。誰もがある程度の知識ですでに態度を決定し、それに反する新たな情報には耳を貸さないのである。それは新聞やテレビなどのメディアも同じである。さまざまな情報発信を積み重ねてきた以上、「いまさらそんなことは書けない」ということかもしれない。これまでの「常識」を覆すことに、彼らは極めて臆[おく]病[びょう]である。
これまでの「常識」とは何か。それはまず、子どものほうが被[ひ]曝[ばく]影響が大きい(だろう)という考え方である。これはもともと、ラットの精子と未熟な精母細胞、さらに未熟な精原細胞への大量のガンマ線照射実験に由来している。つまり、未熟なほど被曝による損傷が大きかった(ベルゴニー・トリボンドーの法則)ため、大人と子どもの場合も、あるいは低線量の場合も「同じではないか」と推測したのである。
科学的と言うにはあまりにも大雑[ざっ]把[ぱ]な類推だったわけだが、最近になってこの推測を覆す実証データがいろいろ出てきている。
例えば、南相馬市の産婦人科医高橋亨平先生は、震災後に生まれた子どもたちを定期検診で調査し続けた結果、昨年の11月下旬には以下のように書いている。「禁句のように思われていますが、子供達は大人よりもセシウムに強いことも分かりました。傷ついた遺伝子の修復能力も、尿中の排[はい]泄[せつ]能力も、からだの組織別の半減期も、数段成人より能力が高いのです」
また、ホールボディーカウンターによる内部被曝調査を続けてきた南相馬市総合病院の坪倉正治医師は、セシウムの生物学的半減期が成人では100~120日なのに対し、6歳児では約1カ月、1歳児になると10日という短さであることも発表している。
もとより子どもたちはがんに罹[かか]りにくい。活性酸素を無化する能力も、免疫機能も、大人より高いことは容易に想像がつくはずである。ところが単に細胞分裂が盛んであること、また先のベルゴニー・トリボンドーの法則から、人によっては子どものほうが「何倍も」被曝影響が大きいと、言い続けてきたのである。
確かにこれが覆ると、大きな混乱が生じるかもしれない。
福島県から県外に避難している人々は、たいてい「子どものために」避難し、苦しい生活に耐えている。何よりその根拠が奪われるのだ。また賠償なども、子どもへの影響が大きいことを前提に算出されている。これをやり直す手間暇も膨大なはずである。
しかし今、大切なのは、子どもたちへの悪い予測を思い込んだまま頑固に固まることではなく、あらためて子どもの強さに驚嘆し、そうであることを祈りつつ新たな見方を受け入れることではないか。コミュニティー再生のためにも、この問題は急いで集中的に検証しなくてはならない。
(玄侑 宗久・僧侶・作家、三春町在住)
げんゆう・そうきゅう 1956年、福島県生まれ。慶応大卒。ごみ焼却場作業員、ナイトクラブのフロアマネジャーなどを経て、京都の天龍寺専門道場で修行。2001年に「中陰の花」で芥川賞受賞。08年から三春町にある臨済宗妙心寺派・福聚寺住職。近著に「福島に生きる」、鎌田東二氏との共著「原子力と宗教」。


報道されない「福島に健康被害なし
異説に耳をふさぐな
寄稿 西部遇
にしべ・すすむ 評論家。1939年生まれ。東大大学院修士課程修了。横浜国立大助教授、東大教授などを経て現職。雑誌「表現者」顧問。著書に「経済倫理学序説」「六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー」「友情 ある半チョッパリとの四十五年]など。「高校生に自説を伝えたく四苦八苦しています」
国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の委員長がこの1月、福島第一原発事故についての重大な発表をした。ロイター通信が伝えている。ネット上には動画もあり、日本のメディアは報道していないようだが、私の場合、稲恭宏博士からの私信でそれを知ったのである。
この発表によれば、「福島」において現在も今後も、健康被害が出るとは考えがたいという。私も素人判断でそう考えていたので、この発表に驚きはない。それが本当だとすると、ミリシーベルトやらをめぐるこの1年間余りの騒ぎは、一体、何だったのか。
いわんや、「東北ガンバレ」と叫び、「絆」に流行語大貫を与えながら、被災他の瓦礫(がれき)は放射能恐怖ゆえに引き受けない、という日本各地の反応は、卑劣であったのみならず、愚劣であったということになる。ひょっとして、政府もメディアも、自分の空騒ぎを恥じて、発表を封殺したのか、と思う者もいるであろう。
この発表が正しいなどと主張しているのではない。チェルノブイリでの被害は、作業員の放射線防護が不十分だったことによるという。そしてこの地域の甲状腺がんについては、政府の警告がなかったせいで母親たちが大量の放射性ヨウ素131が含まれたミルクを子供に飲ませてしまったことによるという。「福島」ではそんなことは皆無だったので、健康への被害は心配しなくてよいとのことである。
これは重大な情報なんかではない、といえるだろうか。「瓦篠」の処理は1年経ってもI、2割しか進んでいない。「福島」の産品に対する購入拒否も続いている。それらは現政権の不始末ではあるが、これとて、放射能被害の虚報かもしれないものに邪魔されてのことである。
固着した集団心理
情報の注目妨げた
この重大な発表がなおざりにされているのはなぜか。そこに情報の操作があったとは考えにくい。そんな企みを実行できるほどには、今のメディアも一枚岩ではないのである。要するに、「さあ大変」に固着してしまった集団心理、そして「さあ騒ごう」に固定されてしまった集団行動、それがこの発表への注目を妨げたのに違いない。
そうだとすると事はさらに重大だ。日本人のオツムが情報を操作したのではなく、情報がこのオツムを静かに通過していったのである。このことにもし気がつけば、反原発のムードと原発の稼働停止も再考されなければならない。「反核」は世界的な動きではある。しかしこの引き金となったのは「福島」であり、とくにこの事後処理の遅延である。UNSCEARの発表を検討する責任は日本にこそあるというべきだ。
この発表を信じろとはいわない。必要なのは頭をつかい耳と口を開くことだ。そういう大人になるための絶好の機会である。異説にたいしての「見ざる言わざる聞かざる」の三猿はやめようではないか。

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