2013年1月9日水曜日

『#チェルノブイリの長い影』 ⑨甲状腺



【資料】
衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団報告書
7.
        調査の概要
(1)ウクライナ
③チェルノブイリ博物館視察
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甲状腺

甲状腺は放射線核種の影響をきわめて受けやすい臓器である。このことは、事故以降、最も重大なのが甲状腺癌であるとされるさまざまな甲状腺の病変が大幅に増大したことによって、明らかとなった。事故後のわずか15年で甲状腺癌が少し増大すると予測した放射線健康の専門家の予想に反して、チェルノブイリ大惨事が起きてから46年後にはすでに、子供や成人にみる甲状腺癌の大幅な増大が現れ始め、その後もきわめて急激に増大していることに注目することが重要である。

1993年9月1日に、世界保健機構およびイギリスの有力科学誌「Natre」が、チェルノブイリ放射線に汚染された村やその付近に居住するベラルーシの子供では、甲状腺癌の発症率が通常の80倍にまで上昇したと報告した(注17)。実際の癌発生率と、1986年の前後で甲状腺疾患を綿密に比較したものをきわめて慎重に追跡することによって、この80倍の増大が記録された。その後の研究では、ベラルーシの子供の甲状腺癌が1990年代半ばまでに、通常の100倍まで上昇し、ウクライナの予供の場合は30倍にまで上昇したことが確認された。ここに挙げた子供のほぼ全員が、ミンスクまたはキエフの国立内分泌学研究所で手術を受けており、適宜のスクリーニングと国際社会の介入の結果、手術を受けた子供のほぼ全員が生存した。しかし、ほとんどの場合、甲状腺の摘出が必要であり、この癌の生存者は生涯において、甲状腺ホルモン補充療法を毎日受けなくてはならない。

甲状腺癌のこのような急激な増大は、科学界を驚かせた。1992年フ月22日、IAEAFred Mettler博士は、アメリカの上院公聴会で、IAEAがウクライナおよびベラルーシできわめて徹底的に調査を行ったが、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌の増大は認められなかったことを証言した。また、同博士は、広島と長崎の原爆後における日本人の被爆生存者に関して実施した調査結果からは、チェルノブイリ事故後の15年以内に甲状腺癌が増大することはないであろうとの見通しを示した。内分泌学研究所で蓄積された臨床データが計り知れないほどの多さであったにもかかわらず、IAEAの専門家は、甲状腺に関する調査に取り組み続けた。1990年代後半までに、この問題に対する国際的な合意が得られるようになり、ベラルーシおよびウクライナの甲状腺癌の急激な上昇と、それよりは少ないが、ロシア南西部のブリャンスクにおける甲状腺癌の増大は、チェルノブイリ事故後の最初の数週間に子供達が放射性ヨウ素131に曝露したことによるものであることが明らかとなった(ヨウ素131の半減期は8日である)。それでもなお、IAEAが甲状腺癌の異常発生を認めなかったことは、組織的な偏見が生じているという危険と、被曝集団の実際の調査の代わりに数学モデルや数学式に依存しているという危険を示すものであった。このようなことから、チェルノブイリの影響はごく小さいものであるというIAEAの表明は、懐疑の念を抱く必要があるとされた。また、チェルノブイリにより起こり得る他の形態の癌や健康影響を示す証拠をIAEAが検討しなかったということも、非難されるに値するべきものであった。
小児科学、産科学、婦人科学国立研究所が日本の専門家と共同で実施したモニタリング調査から、放射線汚染地域に居住し続けている子供の甲状腺の病変が、放射性ヨウ素を摂取している比較的短い期間だけでなく、事故後の全期間を通じて認められた可能性があることがわかった(注18)。このことは、ウクライナ国民に見られる甲状腺癌などの、内分泌疾患の増大速度がきわめて高かったことに関する統計データによって裏付けられている。特に内分泌疾患が増大しやすいグループには、地域特有の食事に含まれるヨウ素の不足と、初めは低かった放射線被曝線量の上昇とが合わさったこの2つの要因による影響を受けている子供が含まれる。
チェルノブイリの事故から最初の数ヵ月間、当時子供であったウクライナ人の全集団が、実際に数センチグレイの放射線量を甲状腺に被曝し、14万人以上の子供が50センチグレイ以上の放射性ヨウ素を被曝した。最もよく知られ、公的に認められるようになったこの照射の確率的影響というのが、1990年代初期に、放射性ヨウ素に被曝した子供や青年の高リスク群に広がり始めた甲状腺癌の出現であった。しかし、これ以外にも注目すべき起こり得る健康問題がある。事故から20年後、先ほど述べた子供たちは全員、生殖可能年齢に達している。当時女の子の新生児または少女であった人の妊娠に対して今後どのような影響がもたらされるのであろうか。このような曝露が、妊娠中の母親の健康にどのような異常が生じるのであろうか。さらには、甲状腺癌の手術を受け、甲状腺ホルモン補充療法を受け続けている数千人もの少女については、特に懸念する必要がある。そのようなホルモン補充療法と、内分泌の自然過程の崩壊が、母親とその幼い子供の健康にどのような影響を及ぼすのかは、未だ明らかとなっていない。このような疑問の答えは未だ見つかっておらず、チェルノブイリの長期間にわたる影響について何らかの最終評価を下す前に、本格的な科学的調査を行うことが必要である。


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