2013年1月9日水曜日

『#チェルノブイリの長い影』 ⑦妊娠女性―胎児―子供間の関係



【資料】
衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団報告書
7.
        調査の概要
(1)ウクライナ
③チェルノブイリ博物館視察
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妊娠女性一胎児一子供間の関係

チェルノブイリ事故後、最も関連のある問題のひとつが、少量の放射線量が、妊娠女性とその胎児や子供とを結び付ける生体系、胎児の子宮内での発達過程、先天性出生異常の頻度および原因などに及ぼす作用であった。

ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所(POG)の研究チームは、少量の電離放射線を受けている地域に居住する妊娠患者を対象に、大規模で複雑な臨床スクリーニングを実施した。ブリストル大学(英国)からの、放射線による健康状態を研究する科学者らとの共同研究活動により、事故後の全期間における妊娠女性の胎盤にみる放射性核種の濃度を明らかにすることが可能となった(図10)。

10妊娠女性の胎盤にみる放射性核種の濃度に関する図表。




(左上段)
胎盤内
セシウム1373.48 Bq/kg
α放射性核種-0.9Bq/kg

(左下段)
胎児の臓器内
肝臓-セシウム137-7,75 Bq/kg
脾臓-セシウム1370.23 Bq/kg
胸腺-セシウム1370.19 Bq/kg
脊椎一放射性核種-860 mBq/kg
歯-α放射性核種-390mBq/kg
(右下段)
母体内
セシウム1370.741.27 Bq/kg
放射性核種の濃度を明らかにした上記の胎盤を詳細に解析したことにより、胎盤の隔膜の変化、栄養障害過程の存在ならびにアポトーシス(細胞の破壊)の兆候がある細胞量の増大を明らかにすることができた。上記の因子はいずれも、妊娠中のさまざまな周産期異常の発現をもたらす一助となり得る。
特に、このような調査を行うことによって、対象となった妊娠患者では、比較的汚染の少ない区域に居住する妊娠女性よりも、流産、妊娠後期には子宮出血、貧血、子宮内での胎児の低酸素症、子痍前症などの合併症が起こる可能性が高かった。ここに挙げた合併症は、胎児一胎盤間の過程の発達にみられるさまざまな変化によるものであった。調査した妊娠女性の336%において、子宮内での胎児の発育が停止したことがわかった。さらに、血中の鉄含有量が著しく低下し、鉄欠乏性貧血であることが臨床的に認められた。
このことから、低レベルの放射線による影響を受けた地域に居住する妊娠女性を、産科的病変および周産期的病変の発症リスクが高いグループとした。
ベラルーシでも似たような研究調査が実施され(注9)、死産後または臨床的に必要とされた中絶後の妊娠女性の胎児および胎盤に蓄積した放射性セシウムの濃度とその分布が明らかにされた。また、少量の放射線線量が、先天性出生異常の形成および構成に及ぼす影響が検討された。出生異常の主要グル二プのうち、最も大きな割合を占めたグループは、中枢神経系の異常であったこともわかった。このほかにも、胎盤は胎児そのものよりはるかに大量に放射性核種を濃縮することがわかった。特に、中枢神経系の先天性形成異常の場合は、胎盤の放射性核種の含有量が、他の先天性出生時形成異常の場合よりもきわめて多かった。胎児の放射性核種の蓄積はおそらく、子宮胎盤間障壁の破壊と何らかの関係があるとの結論に至った(注1011)。
ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所では、幼少期のさまざまな年齢時に・受けた甲状腺の照射が同患者の妊娠に及ぼされる影響に関して、きわめて関心が高く有益な研究調査が実施された。
この研究調査の結果から、幼少時に甲状腺に放射線曝露を受けた女性の方が、妊娠の過程において多くの合併症が発症したことがわかった。これは特に、胎児が女の子の場合に顕著であった。また、これらの妊娠患者の方が、比較的汚染の少ない区域の居住者より、胎児の発育が遅延する頻度が高かった。男の子の場合は、肥満の状態で出生することが多かった。
また、妊娠中にカルシウム欠乏の非特異的指標を示す頻度がきわめて高く、高リスクの女性の3分の1が、第1期および第2期の乳汁分泌過少症を発症し、授乳に必要な母乳が十分に出なかった。
女性が幼少時に受けた照射は、高齢になってから生殖にかかわる健康に悪影響が及ぼされた。これらの女性が生理的に妊娠する可能性はきわめて低く、わずか25.8%であった。病変が現れる頻度は、幼少期にこの女性の生体が受けた放射線負荷線量によって異なる。この事実が、女性の生殖系の感受性が、幼少期および青年期の照射に対してきわめて高いという裏付けとなっているもののひとつである。さらに、比較的汚染の少ない区域の居住者とは対照的に、放射線量が高い区域の居住グループでは、体重がけた外れに大きく生まれた子供が多かったほか、異常に低い体重で生まれた子供も多かった。これは、子宮内での発育中にホルモンのバランスが崩れていたことを示す兆候であった。出生時の身体の発育速度が速まると、高齢時の発育過程が緩徐となるか減速することがほとんどである。
Dennis Henshaw博士の監督下で、ブリストル大学(英国)のα線飛跡分析研究所と共同で実施したウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所の病理検査室の研究から、ウクライナの妊娠女性の胎盤と、その子供の臓器(管状骨や歯胚など)には、特にa放射性核種などの放射性粒子が包含または含有されていることが明らかにされた。母親が高度の放射線管理下の集落に居住する死産の子供の骨組織にみるα放射性核種の含有量が、最近になって増大しつつあるということが特に問題となっている。
明らかとなった放射性核種の取り込み線量は、一見少ないように思われるが、発育中の胎児が小さい場合は、その線量は大きくなる。さらに、急速な発育の過程を経ている幼若細胞の方が、成熟細胞よりも放射線の影響に対する感受性が高いということは、よく知られていることである。これは、多数の組織学的調査研究でもはっきりと裏付けられている。
とりわけ、死産の胎児の骨に関する形態学的研究では、特に椎骨や、頻度は少ないが、肋骨や管状骨の骨組織の血液供給に目覚ましい変化が起こっていることがわかった。浅部の動脈血管壁に、栄養障害的変化がみられた。また、さまざまな大きさの骨芽細胞の量が少なくなっているように思われた。このほか、骨基質や類骨組織の減少もみられた。骨芽細胞および破骨細胞は不均一に分布しており、これが骨組織の異形成過程の特徴を示すものとなっている。骨芽細胞と破骨細胞との関係にみる明らかなアンバランスが、形成や成長の過程にある骨の破壊的病変の発生機序を誘発することがある。これにより、チェルノブイリ事故後に生まれた子供の骨組織の構造的変化と機能的変化が、子宮内にいる間または出生前の発育期から生じ始めていることを合理的に仮定することが可能となる(顕微鏡写真1)。
顕微鏡写真1.胚発生から第27週の胎児の脊椎の骨組織(胎盤内のセシウム137の取り込み量は3.25 Bq/kg)。軟骨細胞の栄養障審および壊死がみられる部位。破壊による空洞がみられる。200倍のワンギーソン法での染色後のピクロフクシン塗布

特に問題なのは、胎児の視床下部一下垂体軸(視床下部、下垂体、甲状腺、副腎および生殖腺)にみる構造的および機能的変化と形成異常である。子宮内での発育中にホルモンの相互作用が崩壊し、制御されなくなることにより、胎児の身体的発達に変化が生じ、内分泌を司る内分泌腺の疲労を来すことがある。このことは、子供の成長や発育の過程にも反映する腫瘍形成後期に影響を及ぼすおそれがある。
ウクライナの小児科学、産科学、婦人科会研究所によると、幼少時や青年期に放射線に曝露した女性から生まれた子供の第1世代は、生理学的に発育不全の状態で生まれていることが明らかにされている。このような子供は、生後1年の間に病気にかかることが多く、若年時には多様な身体的病変が現れる。生後2年が経過すると、虫歯や窩洞ができ始め、そのうち目立つようになってくる。生後5年が経過すると、甲状腺の過形成が現れる。高リスク・グループの子供には、健康と考えられる子供が存在していない。
放射線に汚染された地域の子供にみるさまざまな臓器の先天性出生異常の発症頻度は、比較的汚染の少ない区域の新生児の2倍であると思われる。(出生異常が2倍になるというこのようなパターンは最初、1994年にベラルーシの新生児および死産の胎児に関する日本人(サトウら)による研究で明らかにされたが、周囲からの注目はほとんど得られなかった。その後、1998年にPetrovaらによりStem Cell Magazine で発表された小児科学、産科学および婦人科学学会での研究結果と、ベラルーシの論文審査を受けた平行研究の結果により、このパターンが裏付けられている)。
小児科学、産科学および婦人科学学会による研究では、チェルノブイリの乳幼児にみる致命的な心欠陥、僧帽弁逸脱の発症頻度が高くなったことが明らかとなっており、この頻度が高くなるということは、結合組織の形成異常または奇形の兆候であると考えられている。このことはさらに、キエフのアモソフ国立心臓外科研究所(AmoSov National lnstitute of Cardiac Surgery)の外科医によっても裏付けられた。
ハルキウ医療センターの科学者による研究調査では、チェルノブイリの撤去作業者(事故処理作業者)から生まれた子供の、臓器異常を伴った発育障害(SADと呼ばれる小さな発育異常)の発症頻度が高くなっていることが明らかにされた。明確で情報量の高いSADの「マーカー」には、脊柱側鸞、側青支持、胸部奇形、歯の異常(状態および位置)、早期の複数に及ぶ虫歯、歯のエナメル質の形成不全、皮膚の異常(乾燥皮膚および肌荒れ)、発毛異常、薄毛または斑状育毛などが挙げられる↓(化学療法を受けている子供以外のチェルノブイリの子供にみられる育毛不良については、幅広いデータや写真が得られているが、起こり得るさらに重大な健康問題の指標として明らかに問題となっているのにかかわらず、西欧の放射線に関する保健衛生機関と提携している施設の研究者らによる関心は低かった)。
身体的病変の発症リスクの最も高いグループを構成しているのは、照射を受けた両親から生まれた複数(7ヵ所以上)のSAD異常の指標がみられる子供である。このような子供には直ちに、心臓や腎臓などの重要臓器における最も危険な病変を検知するために、超音波スクリーニングを実施する必要がある。(ウクライナのほとんどの産科小児科病院では、効果的な妊婦健診や、高解像度の超音波スクリーニングが実施されていないため、毎年2000人を超える新生児が、未診断または治療不可能な心異常または胸部異常によって死亡しており、心疾患を来した新生児が数千人以上にも及んだ。キエフのアモソフ心臓外科研究所によると、心欠陥を来している新生児の人数は増大しているが、この明白な増大が、診断環境が良くなったためであるのか、集団において先天性の欠陥が実際に増大したためであるのかは明らかではない。少なくとも、このような異常には、きわめて綿密な研究を行い、さらに徹底したスクリーニングを実施することが必要である。
ウクライナの新生児センターでは、多発性出生異常やまれにみる異常の発症頻度が、チェルノブイリ災害前より有意に高くなっていることが医師により報告されている。この異常には特に、多指症(手や足の指が多い)、臓器奇形、四肢の欠損または変形、発育不全および関節拘縮症などが含まれる。
数千人の女性が放射線汚染区域(最も広範囲に広まった放射性核種であるセシウム137の半減期は30年)に居住し続けていることを考慮した場合、この地域に居住し、授乳する母親が、長期間続く内部照射の根源となることから、授乳育児の問題を検討することが不可欠となってくる。ベラルーシの科学者が実施した研究から、汚染された区域に居住し、授乳で育てられた子供は、粉ミルクで育てられた子供よりも、体内の放射性セシウム含有量がはるかに高いことがわかった(注11)。
このリスクは、程度は低いが、チェルノブイリの主な放射性物質降下地域からずっと離れたところに居住している乳幼児にも存在している。たとえば、イタリアの国立衛生研究所は、19971998年にかけて、母親や乳母の母乳中に含有するセシウム137を測定する研究を実施した。この研究から、含有量は比較的低かったが、チェルノブイリ事故から10年以上経過してもなお上昇していたことがわかった。
(編集者注:放射線測定値の上昇が、半減期の長いチェルノブイリの放射線降下物質によるものであったことを受けて、アイルランドの保健機関は1998年にようやく、日常の制限を解除した。また、フランスの機関は、1998年になってようやく、チェルノブイリによって堆積した放射性セシウムによるリスクが増大していることについて、ピレネーの羊飼いに注意を呼びかけた)。
公衆衛生の観点からみると、この問題には、きわめて広範囲に及ぶ研究と、各代替手段のリスクおよび便益とを慎重に釣り合わせることが必要である。
科学的研究および臨床的研究で蓄積したデータは、最も基本的なライフサイクル(母親-胎児-子供)と密接にかかわっている患者や、放射性物質の破壊的影響に特に損傷を受けやすい患者の保護、スクリーニング、治療およびリハビリテーションに対する適切な措置を開発するために、生殖系と妊婦の健康状態に関して総合的に解析することが必要である。時宜を得たスクリーニングや、手間をかけた動的監視による十分な予防措置を行えば、医師は子供のさまざまな病変の発生率を大幅に抑えることができることを示唆している証拠があることから、データの解析はきわめて重要である(注12)。



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(資料)
『チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害』<研究結果の要約:2006年最新版>

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