2014年8月21日木曜日

【STARS and STRIPES】辺野古の闘い~海兵隊滑走路の建設工事、ついに着工


Stars and Stripes
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10年間にわたり毎日、辺野古の抗議テントに人びとが常駐し、大浦湾の埋め立てと海兵隊の普天間飛行場における飛行作戦のための代替施設になる滑走路の建設を阻止しようとしている。

MATTHEW M. BURKE/STARS AND STRIPES



【沖縄キャンプ・フォスター】作業員らが火曜日、キャンプ・シュワブ沖合の海域にブイや浮きを設置しはじめ、太平洋再配置の一環として数千人規模の米海兵隊のグアム移駐と合わせて、将来に普天間海兵隊飛行場を島の北部に移す計画を促進することになる工事がこれをもってスタートを切った。
作業員らが大浦湾の埋め立て計画水域に境界を設定するさい、海兵隊基地の前と近くの辺野古漁港で小規模な抗議行動がはじまった。
実地調査はプロジェクトの第1段階であり、やがて湾内に伸びることになるV字型滑走路の築造につながることになり、現在、普天間に配属されている米軍用機の離着陸ができるようになる。
滑走路のための埋め立ては、湾内の多様性に満ちた海洋生態系の破壊を恐れる地元住民にとって心が痛む点であってきた。
日本側の当局者らは調査の開始時期について明言を避けてきたが、日本のメディアは月曜日にもはじまると報道した。
名護市の稲嶺進市長は、軍事プロジェクトの推進について日本政府を非難した。
「住民の意思に反した埋め立て工事調査の実施強行は、人権と地域の生態系多様性を共に侵害する」と、稲嶺市長は声明で述べた。「わたしは、陸上であっても、海上であっても、新たな軍事基地を決して容認しないという信念を揺るがせるようなことをしない。わたしは、政府方針に対して戦いぬく覚悟である」
沖縄県の仲井眞弘多知事の事務所はコメントを辞退した。
午前730ごろにブイの設置作業がはじまると、海上自衛隊と海上保安庁の船舶が大挙して出動した。同時に、抗議する人たちはプラカードを掲げ、キャンプ・シュワブ前の歩道に張った青い日除けシートの下で仮借ない陽光を避けた。
辺野古で長期にわたって(政府の)動きに反対してきた活動家たちは控え目であり、この特定の闘いでは負け戦になるかもしれないという事実を受け入れながらも、闘いをつづけると誓っている。
「わたしたちは埋め立て工事を阻止できないかもしれませんが、負けているのはヤマトであり、その政府です」と、18年間、抗議行動に参加してきた沖縄生まれの牧師、平良修さん(82)はいう。「沖縄における新たな基地の建設は、日本から沖縄が離れる端緒になるでしょう。独立が選択肢になるでしょう」。
抗議する人たちは、沖縄が不釣り合いな規模の米軍を受け入れているという重荷を課せられてるとして東京の政府を批判している。約50,000人の駐日米軍のうち、約30,000人が、日本で一番貧しくもある、この小さな島嶼県に配置されている。彼らは、滑走路と海兵隊航空機の自分たちの地域への配置換えは、民主主義に反しているという。
海兵隊当局者らは、会見時間にコメントを求められたが、反応しなかった。
沖縄における抗議運動の背後にある問題は、沖縄の歴史に深く根づいている。
島はかつて独立王国だったが、中国、日本、米国に占領された。第二次世界大戦の数多くの民間人死傷者を出し、1945年に米軍が島で決定的な勝利を収めたあと、日本は島を放棄して本土を要塞化したのであり、いまでも恨みを抱いている人は多い。
人口が密集する島の中心部からの海兵隊の再配置は、航空機墜落の恐れを理由に、1990年代末に提唱された。しかし、2004年にCH53Dシースタリオンが沖縄国際大学に墜落したあと、この動きは勢いをえた。
いまでも抗議する人たちは、沖縄県民の大多数が沖縄に海兵隊の航空部隊を維持することに反対していると主張している。
「新基地の建設は、反対する沖縄の人達の声を無視してはじめられようとしています」と、岐阜県から沖縄に移住してきた抗議行動世話人、篠原孝子さん(50)はいう。「わたしたちはこの建設をやめさせられないかもしれませんが、沖縄の声は間違いなく世界中に届くでしょう」。
抗議する人たちは、11月の知事選挙には建設事業の是非を問う住民投票の代わりになり、彼らの声を世界が知る機会になるといった。仲井真は、那覇市の翁長孝市長、および民主党政権期の国務大臣、下地幹郎に選挙で対抗している。
仲井眞は、12月に埋め立て事業を受け入れたことで、最近、非難を集めている。
尾長は埋め立てに断固反対しており、下地は県民投票を要求している。
また、米国の連邦裁判所で、大浦湾を餌場にしている大型の海棲哺乳類、ジュゴンに対する滑走路の影響を巡って、訴訟が継続中である。

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