核の神話を剥ぐ:チェルノブイリの忘れられた人びと~原子メルトダウンの犠牲者
2016年4月26日
キッチンで搾りたての牛乳のビンを示すヴィクトリア・ヴェトロフさん。
Photo Credit: Associated Press
キャロライン・フィリップス(日程管理担当)
Caroline Phillips, Program Administrator
ウクライナのチェルノブイリ核発電所の原子メルトダウンから30年たった今も、世界の諸国政府機関は、これほどの規模の放射能放出にどのように対処すればいいのか、あるいは公僕の奉仕対象である国民を防護する方策について理解することにおいて、70年前に広島と長崎に原爆が投下された時代に比べて進歩していない。わたしたちは毎日のように、東京電力が日本政府の指示に乗っかって、現在も進行している福島第一核発電所災害を封じ込めるために、(凍結壁を建造するなど…本当に?)無駄な企てを実行するといった暗黒コメディを見せられて、この進歩のなさを思い知らされている。それなのに、日本政府は安倍晋三首相の主導のもと、少なくとも160,000人の人びとに自宅退去を余儀なくさせた三重炉心メルトダウン以来、停止していた原子炉すべての再稼働をねらって、執拗に働きかけてもいる。安倍政権は、世界中の政府が原子力の惨禍とその結果である放射能フォールアウトから国民を守りそこねているありさまを例証している。
福島第一の原子力破局的惨事はチェルノブイリで起こった事態より遥かに悪質であるという妥当な見解が論じられている。フェアーウィンズの主任工学者、アーニー・ガンダーセンは周知のとおり、フクシマを“Chernobylon steroids”(チェルノブイリのステロイド増強版)と表現した。それでもなお、わたしたちが福島県内で展開している悪夢を直に目撃している今、世界が今後30年間に予測できる事態とそれに対処する準備について、チェルノブイリは直近の実例になっている。
主流メディアは、チェルノブイリ立入禁止地帯を、エルク、オオカミ、クマ、オオヤマネコが栄える「ヒトのいない」野生オアシスと描写することを新しいトレンドにしている。この牧歌的な生物多様性ファンタジーが、PBS’ “RadioactiveWolves” (全米ネット公共放送『放射能オオカミ』)やThe
History Channel’s “Life AfterPeople”(歴史チャンネル『人類絶滅後の生命界』)などのドキュメンタリー番組で延々と繰り返されている。こうした描写は、人間の影響がなければ、より急速に自然界が栄えるという点では間違っていないが、放射線が生物種それぞれの長期的な発展と多様性にもたらす現実の影響を途方もなく過小評価している。
写真出処:ティム・ムソー博士提供
コロンビア市はサウスカロライナ大学生物学部、ティム・ムソー教授は、チェルノブイリ、そして今では福島第一の周辺地域における生物多様性に関する長期間調査を実施する研究チームを主導している。ムソー博士は、狼、野生馬など、チェルノブイリで繁栄する大型動物に大袈裟に陶酔し、挙句の果てに賛美する風潮(例:PHYS.org,
Chernobylzone turns into testbed for Nature's rebound:「チェルノブイリ・ゾーンが自然再生の試験区に」)について、次のように説明する――
「一帯を柵で囲めば、明らかに一部の動物種が勢力を拡大するが、そのように見えているだけであり、生息数が本来のそれと同様に増えているわけでも、正常の場合と同様に生物多様性が保たれているわけでもない」
ムソー博士はさらに、学界と研究者たちのニュースと見解を公開する場を提供する独立メディア、The
Conversationサイトに掲載された最近の記事(AtChernobyl and Fukushima, radioactivity has seriously harmed wildlife:「チェルノブイリとフクシマで、放射能が野生生物の深刻な害に」)で、彼の野外研究チームの「野生生物に対する放射線の作用」に関する仮説と最近の知見について、次のように説明している――
「われわれの仮説によれば、DNA修復能力は種ごとに異なっており、この違いがDNA置換率およびチェルノブイリ由来の放射能に対する感受性に影響している……チェルノブイリにおいて、われわれが調査した主要動物集団の個体数は、地域の放射能レベルが高くなるほど、少なくなっている。このことは、鳥類、蝶類、トンボ類、ハエ類、ハチ類、バッタ類、クモ類、そして大小の哺乳動物で言えている」
科学誌に掲載され、研究の行き届いた査読済み論文や、それぞれの分野で指導的な科学者たちが執筆した報告を深く掘り下げ、徹底的に調べると、慢性放射線被曝が生物種と生態にもたらす作用について、重要な証拠を見つけることができる。悲しいかな、このレベルの専門性と科学的権威は、一般的なメディアが引用する夥しい数の論文の標準になっていない。チェルノブイリにおける放射性物質の大気中放出量は1945年に広島に投下された原爆の400倍に達すると見積もる、核推進派の国際原子力機関の報告(28058918.pdf)すら、なかなか報道されない。
チェルノブイリとその周辺地域は、ウクライナの首都、キエフから約100キロ、ウクライナとベラルーシの国境から、ほんの20キロのところに位置しており、核の放射能によって完膚なきまでに汚染される前は、ざっと120,000人の人びとの居住地だった。原子のメルトダウンのあと、最も酷く被災した地域は4つのゾーンに線引きされた。ゾーン1ないし3は、避難命令区域や希望者の移住が許可される区域に指定された。破壊された反応炉から50キロしか離れていないザリシャニーの村など、ゾーン4は、移住するほど汚染されているとは考えられていないが、住民に医療助成資格が認められる区域である。
AP通信の記事"Peopleare still eating food contaminated by Chernobyl"(住民は今でもチェルノブイリ事故で汚染された食品を食べている)は勇敢にも、狼の群の繁栄といった一般受けするチェルノブイリ話から離れて、余人のあまり踏みこまない道を選び、ザリシャニーの子どもたちと母親たちが日ごとに向き合っている、心痛む環境に焦点を絞っている。絶望的な経済の落ち込みに苦しむウクライナの現況を背景に、ゾーン4の住民に政府が約束した不可欠な医療助成金は打ち切られてしまった。AP通信の報道によれば、ウクライナ政府はゾーン4に住む子どもたちに学校給食を提供しなくなった。教師のナタリア・ステパンチュクさんは、次のように語った――
「子どもたちにとっと、放射線検査を受けた温かい給食だけがクリーンな食品なのです。子どもたちは今、まったく統制されていない地場産の食品に頼っています」
4人いるヴェトロワさんの子どもたちのうちの2人。Photo Credit: AP
ウクライナの農業放射線学研究所によれば、ゾーン4における最近の検査の結果、ナッツ類、ベリー類、キノコ類など、野生食品のほうしゃのうレベルが、安全とされる基準の2倍から5倍の高さであると判明している。だからといって、ザリシャニーのお腹をすかした子どもたちが食べるのを思いとどまるものではない。
AP通信は、次のように伝える――
「9歳の女の子、オレーシャ・ペトロワさんの母親は癌を患っており、働くことができない。オレーシャはお腹をすかして、森に分け入って、ベリー、その他の美味いものを探すことのできる温暖な天候の到来を持ち望んでいる」
悲しいことに、幼いオリーシャちゃんの物語は珍しいものではない。4児の母親、ヴィクトリア・ヴェトロワさんは、周辺の汚染された野原で草を食んでいる一家の牛のミルクを子どもたちに飲ませている。ヴェトロワさんは、台所でミルクをグラスに注いでから、次のようにいった――
「わたしたちは危険に気づいていますが、どうすればよいのでしょう? 生きるために、他に方法はないのです」
ヴェトロワさんの8歳になる息子さんは甲状腺が肥大しており、これは人工放射能に直接関連した病態である。
年に一回の放射性元素検査を受ける10歳のオクサナさん。Photo Credit: AP
飢えと甲状腺の病気だけが、ゾーン4の子どもたちを脅かしているのではない。ユーリ・バンダジェフスキー博士はベラルーシの著名な小児科医であり、小線量放射線が人体におよぼす作用に関する博士の研究は広く諸外国で引用されている。バンダジェフスキー博士は、心臓血管系の不具合や癌の原因になりかねない「非常に深刻な病理過程がある」という。バンダジェフスキー博士は、APに求められたコメントで、「わたしは遺憾ながら、これについて、だれも気にかけておらず、このお腹をすかせた子どもたちは、当局者たちがこうした領域で被災している住民を処遇している実態のさらなる証明になる」と思いを打ち明けた。バンダジェフスキー博士は、その研究のせいで、ベラルーシで4年間の勾留をこうむった。彼はいま、ウクライナに住んでいる。
各国政府機関は、国民の安全衛生防護を仕事にしているはずだが、核兵器撤廃の問題となれば、合意にいたっていない。ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、米ロ両国の核兵器プログラムで発生した、それぞれ34トンの余剰プルトニウムを処分する合意に関して、米国のバラク・オバマ大統領に同意しなかった(Bad science:Russian objections to US plutonium proposal not a reason to keep MOX:「悪質な科学~米国のプルトニウム提案にロシアが反対しても、MOX維持の理由にならない」)。オバマ大統領は、希釈処理を施したうえ、地層保管場に埋設する案を推していた(適地はまだ見つかっていない…だが、この話は別の当欄記事に譲る)。プーチン大統領はこの提案に反対した。ロシアの広報官は、「唯一の方策は、アイソトープ構成を変えることによって、プルトニウムを核兵器に使えない物質に不可逆的に転換することである。いかなる化学的手法も可逆的である」と主張して、プーチン大統領の姿勢を明確にした。サウスカロライナ州選出、リンゼー・グラム、ティム・スコット両上院議員は、ロシアの提案が、核兵器解体の残り物を安全に使うことができると言われている発電方式であるMOX反応炉を後押しするものだと解釈して、ロシアのプルトニウム処分法に喝采の声をあげた。
憂慮する科学者同盟の加盟員、エドウィン・ライマン博士と、プリンストン大学ウッドロウ・ウィルソン記念公共・国際状況学部教授団の一員であり、同大学のエネルギー・環境研究センターと提携しているフランク・フォン=ヒッペル博士は、プルトニウム「処分」に向けたロシアの手法と、リンゼー・グラム、ティム・スコット両上院議員がロシアの主張をMOX反応炉の理由付けに使おうとする熱心な動きを拒否して、この覚え書きで、次のように述べている――
「ロシアの処分手法、同国のBN800プルトニウム増殖反応炉における放射線照射によって生成されるプルトニウムは、兵器品質の製品ではないかもしれないが、兵器使用が可能であるので、この立場には、技術的利点がほとんどない。さらにまた、ロシアは米国と違って、放射線照射されたBN800燃料のプルトニウムと、BN800炉心の周りのプルトニウム増殖ブランケットで生成される兵器品質プルトニウムを分離する意向なので、ここでもまた非国家集団による流用の余地が生じることになる」
忘れてはいけないが、チェルノブイリでメルトダウンが起こった1986年、ウクライナはソ連の一部だった。そして、米国が初の商業用原子炉のメルトダウンにみまわれ、スリーマイル・アイランドの間違いなく最大規模の原子炉メルトダウンを被ったのは、チェルノブイリのメルトダウンに先立つこと、ほんの7年前のことだった。余剰プルトニウムを処分する企ては世界屈指に強力な二国の指導者たちの口論の種になったが、米国とロシアの両国が原子力の混迷の可能性に密接に慣れ親しんでいる様相と、これら両国が国民を大量放射線被曝から守るべきときに、国民を裏切った実態を忘れないでいることが、わたしたち全員にとって、知恵というものである。
フェアーウィンズのわたしたちはムソー博士のおかげで、放射線が野生生物と生物多様性の健全性におよぼす影響に関して、(ムソー博士を含む)専門家たちによる科学論文のリンク集をここに提示する――
白内障
チェルノブイリの鳥類における白内障頻度の上昇
チェルノブイリの野生哺乳類個体群における白内障頻度上昇の適応コストと蓄積放射線量
主要と生育異常
チェルノブイリ周辺の野生鳥類における高頻度の色素欠乏症と腫瘍
チェルノブイリのツバメにおける色素欠乏症と表現形
チェルノブイリのツバメにおける異常頻度上昇
脳のサイズ
チェルノブイリの鳥類は脳が小さくなっている
生殖能力に対する影響
チェルノブイリの鳥類における無精子症、精子の質と放射線
ツバメにおける血漿の酸化状態による精子の遊泳行動に対する放射線の作用
ツバメにおける精子の遊泳行動障害と形態
【クレジット】
Fairewinds
Energy education, “Demystifying Nuclear Power: Chernobyl's Forgotten
People/Casualties of Atomic Meltdown,” by Caroline Phillips, posted on April
26, 2016 at http://www.fairewinds.org/nuclear-energy-education//s3g1bv97a8shwbzifm03cwf1bcevvx.
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