2012年8月26日日曜日

【資料】国会事故調「学校再開問題」


国会事故調
東京電力福島原子力発電所
事故調査委員会
報告書
P.463-465
第4部 被害の状況と被害拡大の要因
4.4.4 学校再開問題
1)再開の可否から校庭利用制限の要否への論点の転換
 平成232011)年3月下旬から、福島県内の幼稚園、小学校、中学校及び特別支援学校(以下「学校」という)並びに保育所は随時春休みに入った。福島県は4月から予定される学校及び保育所の新学期に向けて、予定通り新学期を開始すべきか否かという問題(以下「学校再開問題」という)を検討していた。
 本事故後、原災本部では文科省が学校再開問題の判断基準の設定を担当すると決まった257。これを受けて文秤省は、平成232011)年46日、安全委員会に対して福島県内の小学校などの校庭の空間線量モニタリング結果を添付し、福島県内の小学校などの再開に当たっての安全性及び小学校等を再開してよいかについて助言を依頼した。同日、安全委員会は、①福島第一原発から20kmから30kmの範囲内の屋内退避区域については、学校を再開するとしても屋外で遊ばせることが好ましくないこと、②それ以外の地域についても空間線量率の値が低くない地域においては、学校を再開するかどうか十分検討するべきと回答した258。同日中に文科省は、安全委員会に対して、再度同内容の助言を依頼し、上記②の「空間線量率の値が低くない地域」の具体化を依頼したところ、安全委員会は、翌7日、文科省が自ら判断基準を示すべきであると示し、参考値として、公衆の被ばくに関する線量限度は1mSv/年であるとの助言を行った259。このような安全委員会からの助言があったものの、文科省は、さらに同日、安全委員会に対し、同様の学校再開の可否に関する助言を依頼したところ、前回の回答どおり、という回答を得た260
 その後、文科省は49日、検討すべき問題を学校再開の可否ではなく、学校の再開を前提とした学校の校舎・校庭等の利用判断基準の数値へと変更した。その上でICRP2007年勧告261の定める事故収束後の一般公衆の受ける線量の参考レベルの上限値を参考に被ばく線量20mSv/年を目安とすることを安全委員会に提案した262。これに対し、安全委員会は同日、①ICRP2007年勧告の参考レベルの上限直である20mv/年の基準は限定的に用いるべきこと、②仮にこの値を採用するにしても外部被ばくと内部被ばくを併せて上記の値に収めるべきであり、本件のように外部被ばくのみの受忍限度を定めるためには、内部被ばくの寄与を外部被ばくと同等程度に見積もり、この上限値を2分の1程度にしたうえで目安を決めるべきという趣旨のことを助言した263。また、安全委員会の委員は、413日、記者会見で内部被ばくを考慮すると10mSv/年くらいを目指すことが望ましいと述べた264
 しかし、その後文科省は、その過程で内部被ばくの寄与度が無視できるほど小さいと独自の計算を行ったうえで265、複数回の安全委員会とのやり取りを経て419日、被ばく線量120mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安と決定し、20mv/年という値にこだわった266。文科省はこの値に基づき、校庭・園庭で被ばく線量20mv/年に相当する267空間線量3.8μSv/h以上が計測された学校等についてのみ、児童・生徒の屋外活動の利用を制限することとした。 3.8μSv/h未満の学校等については、校舎・校庭等を平常通り利用して差し支えないことを安全委員会ととりまとめ268、その旨を原災本部が発表した。これを受けて文科省は同内容を福島県教育委員会に対して通知を発出したこれにより、3.8μSv/hを超える13校(419日時点)が、屋外活動を11時間以内に限定することや砂場の利用制限などの校庭利用や屋外活動の制限を課された269
 なお、福島県内の学校及び保育所は、概ね平成232011)年46日及び7日に新学期が開始しているが270、上述の文科省による検討論点の変更はこの時期と同じタイミングである。
 さらに、文科省は校舎・校庭等の利用判断基準を定めるにあたり、412日の安全委員会とのやり取りの時点で、校庭の利用制限を課さなければならない学校及び保育所の数を確認している。空間線量3.8μSv/hと、その2分の1の空間線量1.9μSv/hを利用判断基準として採用した場合に該当する学校数は、それぞれ福島県内で43校、414校(4月8日時点)だった271
 文科省の検討論点の変更及び20mv/年への執着は、現状を追認し、最低限の屋外活動の制限をするために行われたものであり、子どもの健康と安全への配慮という点では疑問が残る。
2)目安値の意味
 文科省が校庭利用制限の目安値として定めた空間線量3.8μSv/hという値は、ICRP 2007年勧告の非常事態収束後の一般公衆の受ける線量の参考レベル272として定められた120 mv/年の上限値を採用して算出されたものである。しかし、その数値は、ほぼ同時期の422日に設定された計画的避難区域の設定の前提である積算線量20mv/年と同等の値だったため、子どもの安全を図る目安値が避難を根拠づけるレベルと同等では高すぎるのではないかと、国民世論の強い反発を呼んだ。
 なお、チェルノブイリ原発事故から5年経過後のウクライナでは、居住することが禁止された強制退去区域の基準が、予測される実効線量で5.0mSv/年以上273であり、文科省の定めた校庭利用制限の目安値は、この基準と比しても高い線量となっている。
3)被ばく低減措置の対応
 文科省による福島県に対する校舎・校庭等の利用判断基準の通知の発出後、日本弁護士連合会274や日本医師会275は、校庭利用制限に対する慎重な対応を求める声明を発表した。さらに、高木義明文科大臣は、523日付で福島県の保護者70人から校庭使用の目安値20mSv/年の撤回の要請を受けた276
 これらを受けて、文科省は527日、福島県に対して「福島県内における児童生徒等が学校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」と題する通知を発出し、上記の120mSv/年という目安を維持しつつ、平成232011)年度に、学校において児童生徒等が受ける線量について、当面、1mv/年を目指すとしたうえで、福島県内の全ての学校と保育所に対して積算線量計を配布すること及び校庭等の空間線量率が1μSv/h以上の学校について、除染費用の財政支援を行うこととした。
 なお、文科省は、これ以前には福島県に対して教職員に線量計を着用させて被ばく状況を確認することを示したのみだった278。文科省は、空間線量3.8μSv/hを超えない学校について、校庭使用制限や開校延期など、合理的に実行可能な被ばく低減策を行っていない。放射線被ばくは、合理的に達成可能な限り低く抑えるべきであるというICRPの考え方を前提にすると、空間線量の目安値を超えない学校についても、何らかの被ばく低減措置を考慮しなかった文科省の態度については、問題があったと考えられる。
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257文科省ヒアリング
258安全委員会事務局資料
259安全委員会事務局資料
260安全委員会事務局資料
261社団法人日本アイソトープ協会『国際放射線防護委員会の2007年勧告』(Pubhcation 103)(丸善、平成212009〉年)
262安全委員会事務局資料
263安全委員会事務局資料
264安全委員会記者会見(平成232011〉年413日)
265日本原子力研究開発機構安全研究センター「福島県小学校等に関する線量評価」(平成232011〉年414日)
266原災本部「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」(平成232011〉年419日)
267児童生徒等の受ける線量を考慮する上で16時間の屋内(木造)、8時間の屋外活動の生活パターンを想定すると、20 mv/年に到達する空間線量は、屋外3.8μSv/h、屋内1.52μSv/hである。したがって、空間線量率がこれを下回る学校等では、児童生徒等が受ける線量は、平常どおりの活動によって20mS/年を超えることはないと考えられる。原災本部「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」(平成232011〉年419日)
268原災本部「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」(平成232011〉年119日)
269鈴木寛文部科学副大臣記者会見(平成232011〉年4月19日)
270ただし、郡山市や相馬市などでは地震や津波の影響によって、校舎に損傷か見られる例があるなどの理由で学校再開が遅れていた。福島県内市町村(福島市、郡山市、伊達市、二本松市、相馬市、本宮市、会津若松市など)教育委員会ヒアリング
271安全委員会事務局資料
272これを上回る被ばくの発生を許す計画の策定は不適切であると判断され、またそれゆえ、このレベルに対し防護対策が計画され最適化されるべき線量又はリスクのレベル。日本アイソトープ協会『国際放射網坊護委員会の207年勧告』(Pblication 103)(丸善、平成212009》年930日)
273セシウム同位体の土壌汚染濃度が15 Ci/Km2以上、又はストロンチウム3.0 Ci/Km2以上、またはプルトニウム0.1 Ci/Km2似上で植物の放射性核種移行係数その他の要素を加味した人間の予測実効線量当量が事故前水準より5.0mSv/年を上回る区域。
274日本弁護士連合会「『福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について』に関する会長声明」(平成232011〉年122日)
275日本医師会「文部科学省『福島県内の学校・校庭等の利用判析における暫定的な考え方』に対する日本医師会の見解」(平成232011〉年512日)
276高木義明文部科学大臣記者会見録(平成232011〉年524日)
277なお、文科省は、平成232011)年826日、除染費用の補助の結果除染が進んだことなどにより、3.8μSv/hを超える空間線量が測定される学校がなくなったことから、目安値を1mSⅴ/hと変更した。
278原災本部「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」(平成232O11〉年419日)

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