2012年8月17日金曜日

郡山市からの報告~見えてきた国際原子力ロビー


311原発震災から一年四か月
福島県郡山市からの報告
見えてきた国際原子力ロビー
井上利男
「ふくしま集団疎開裁判」の会
無防備なままに…
暑い夏。郡山市街地外れの住宅地、筆者の居住する県営住宅。屋外から聞こえる刈払い機の音。作業請負人が夏草刈りをしているのだろう。ほこりを舞い上げながら、マスクもつけない軽装で…
外に出てみると、子どもたちの姿。いかにもありふれた日常的な光景である。
だが、手元のウクライナ製・線量測定器RADEXの数値は、放射性管理区域基準〇・六を優に超える〇・八三マイクロシーベルト/時。
昨年、あの春を待つ三月十一日、東北沖大地震が勃発、東北地方沿岸部を大津波が襲って、東京電力福島第一原子力発電所が全電源を喪失し、放射性物質の大量放出をともなう未曾有の大事故にいたった日から一年四か月たった。
昨年六月二四日、郡山市内の小中学生たち十四人が郡山市を相手に「年一ミリシーベルト以下の安全な場所での教育の実施」を求める仮処分を福島地方裁判所郡山支部に申立ててからでも一年一か月経過している。
仮処分申立は、緊急処置が必要な場合になされるもののはずである。ところが、福島地裁の決定がなされたのは、ほぼ6か月後、奇しくも野田佳彦首相が福島第一原発事故の「収束」を宣言したのと同じ十二月十六日のことだった。清水裁判長の判断は、子どもたちの願いを「却下」。いわく、「年間一〇〇ミリシーベルト未満の低線量被曝による健康への影響は実証的に確認されていない」。御用学者たちの一方的な言い分をなぞった債務者(被告=郡山市)側の主張を追認しただけのことである。
もちろん、債権者は仙台高等裁判所に即時抗告を申立てたが、その後半年以上も経過した七月下旬の現在、いつ高裁判断がなされるのか、いまだにわからない始末。
その間、四月の新学年度から校庭などでの屋外活動の時間制限が解除され、夏の到来とともに、昨年は見送られていた学校屋内プールの水泳授業が再開された。夏の高校野球・福島県大会が「例年通り」に県内各地の球場で挙行された。
低線量といえども、放射線健康障害防止法を無視したまま、子どもたちの被曝状況は放置され、形だけは通常通りの生活を行政などの公的機関が演出している。
エートス・プロジェクト
NHK:7月11日いわき市でICRPメンバーが車座集会
エートスということばをご存知だろうか?古代ギリシャ語“ETHOS”に由来し、「心的態度」「徳目」などを意味するらしい。チェルノブイリ事故後に「復興」を旗印にベラルーシに入った国際放射線防護委員会(ICRP)要員、ジャック・ロシャール氏らがこのことばに「共有知」、すなわち「行政・専門家・住民に共有される情報・知識・技術」の意を重ねたのである。
国際原子力ロビーの意向を受けたロシャール氏らが「住民主体」「人間性」など美しいことばで装って、ベラルーシでやったこと…それはICRPの「コスト・ベニフィット(費用対効果)論」に立って、放射線による現実の健康リスクを隠蔽しつつ、あたかも住民たちが自主的にみずからの生活再建に努力し、その成果があがっているように信じる方向に彼らを組織化したのだ。
主目的はふたつ、住民避難などの事故対策費用を低減すること、そしてチェルノブイリ事故によって世界の原子力産業が受ける打撃を抑制することだった。エートスの策謀のもと、健康被害の実態は隠蔽され、プロジェクトの危険性を訴えるミシェル・フェルネックス教授(WHOの沈黙を告発するスイス人の熱帯医学者)は、これを「医学的惨事」であるといい、「福島で繰り返してはならない」と警鐘を鳴らす。(参照映像
エートス・プロジェクトの主導者、ジャック・ロシャール氏が、いま政府と行政を巻きこんで福島に入り込もうとしている。昨年十一月、ロシャール氏は内閣官房「低線量被ばくの健康リスクに関するワーキンググループWG)」第五回会合に招かれ、細野豪志原発大臣らを前にベラルーシにおけるプロジェクトの「成果」を誇らしげに語った。つい最近の七月にも再来日し、福島県伊達市で開かれた第三回「ICRP福島原発事故による長期影響地域の生活回復のためのダイアログセミナー」に出席した(参照映像26:15~)。
そして、いわき市の市民グループ「ETHOS IN FUKUSHIMA」は、ジャック・ロシャール氏の「人間味」を敬愛している。
原子力規制委員長人事
田中俊一氏プレゼンテーション:第2回ICRP伊達市ダイアローグ
信用を失墜した原子力安全委員会と原子力安全・保安院に替えて新設される「原子力規制委員会」の委員長に、NPO「放射線安全フォーラム」副理事長・田中俊一氏の起用が内定した。
田中氏は伊達市における放射能除染活動の主導者であるが、放射線被曝限度や食品線量基準の引き下げに一貫して異を唱えることで知られ、原子力ムラの一員であることが明確な人物である。田中氏も上記WGに出席したのだが、その発表概要を読めば、放射線による健康リスクには一言も触れず、「不安」「ストレス」といったことばが頻出し、あたかも被曝不安の克服や解消のみが課題であるかのようだ。
関西電力大飯原発再稼働の強行や政府・行政が一体となった放射線安全キャンペーンとあわせて、この人事を考えると、政府の政策目標が、住民避難などの事故対策費用の低減、そして福島事故によってわが国の原子力産業が受ける打撃の抑制にあることが明白であり、これはICRPが代弁する国際原子力ロビーの意向とピタリ一致する。
どうやら原発事故被災地の被害と健康リスクの実相を隠蔽しようとする勢力は、わが国の境界を超えて、グローバルに展開しているようだ。だが、わたしたちはひるむわけにはいかない。闇の勢力の実態の全体像を暴き、これを地球市民として告発しつづけることにつきるだろう。
時の流れのなかで…
先日、遠来の友人たちの希望により、311大津波被災地・いわき市久之浜、そして福島第一原発事故収束作業の前進拠点・広野町Jヴィレッジに向かった。
久之浜では、夏草の生い茂る住宅跡地の光景が広がるなか、傷んだ護岸堤防のうえに穏やかな太平洋を背にして子どもたちの霊を慰める祭壇が設けてあった。プランターに花が咲き乱れ、その前に小さな陶製の幼児人形が並んでいた。そして、捧げられたお菓子やおもちゃ…
線香を手向けながら、思った…いつの日か、やがて、このような慰霊の祭壇を原発被災地のあちこちで見ることになるのだろうか…あるいは、あくまでも隠蔽されつくすのだろうか?
諦めるわけにはいかない。
「原発いらない!」の声が、東京の官邸街に、全国津々浦々にこだまするいま、マーガレット・ミードのことばを再度かみしめたい…
「疑ってはいけない。思慮深く、献身的な市民たちのグループが世界を変えられるということを。かつて世界を変えたものは、実際これしかなかったのだから」
(参照ブログ検索キーワード「ふくしま集団疎開裁判」「原子力発電_原爆の子」)
救援連絡センター編集・発行
『救援』第520号 
(2012年8月10日発行) 掲載原稿

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