nature research journal
福島第一原子力発電所☢惨事後、野生ニホンザル胎児の頭囲の矮化と体重増加の遅延
Shin-ichi Hayama, Moe Tsuchiya, Kazuhiko Ochiai, Sachie Nakiri, Setsuko Nakanishi, Naomi Ishii, Takuya Kato, Aki Tanaka, Fumiharu Konno, Yoshi Kawamoto & Toshinori Omi
概要
福島第一原子力発電所の核惨事による生物学的影響を評価するために、当該発電所から約70 kmの距離に位置する福島市に生息する野生のニホンザル(Macaca fuscata)について、2006年から2016年までの間に収集された胎児の外形測定を実施することによって、2011年の災害の前後における成長の相対的差異を比較した。災害より前に受胎した胎児31体とそれより後に受胎した胎児31体について、体重および頭部サイズ(頭骨前後の直径と頭骨両側の直径の積)の頭臀長[頭から臀部までの長さ]に対する比率を比較すると、災害から後に受胎した胎児の体重成長率は有意に低く、相対的頭部サイズは有意に矮化していた。胎児の母体の栄養指標に有意な差異は認められなかった。それゆえ、放射線被曝が本研究で認められた成長遅延に寄与した一要因である可能性がある。
.
序論
2011年3月に勃発した福島第一原子力発電所(原発)核惨事は、多数の人間と野生動物を放射性物質に被曝させた。アブラムシ類(Tetraneura sorini, T. nigriabdominalis)1 やヤマトシジミ(蝶:Zizeeria maha)2の形態異常、コイ(鯉:Cyprinus carpio)の血液学的異常3、野ネズミ類(Apodemus
argenteus, Mus
musculus)の染色体異常4など、福島の野生動物に関する数件の研究が核惨事の健康に対する影響を検分した。しかしながら、今日にいたるまで、典型的に長寿命である哺乳動物に対する長期にわたる放射線被曝を調査した研究は存在しない。本論文は、福島におけるヒト以外の霊長類に対する原発災害の前後に渡る長期的な生物学的影響を観察したものとして最初の報告である。
われわれは以前に、福島第一原発から約70 kmの距離にあるニホンザル(Macaca fuscata)の放射線被曝とその健康に対する作用を研究した5, 6。原発災害後の福島市の放射性セシウム土壌蓄積量は10,000~300,000 Bq/m2であった。羽山ら5は2011年4月から2012年6月にかけて、福島市に生息するサルの筋肉の放射性セシウム蓄積量を検証した。10,000~300,000 Bq/m2の地点で捕獲されたサルの筋肉のセシウム蓄積量は、2011年4月では6000~25,000 Bq/kgであり、その3か月後には約1000 Bq/kgにまで減少していた。しかしながら、一部の個体の蓄積量は2011年12月以降、2000~3000 Bq/kgに再び増加し、2012年4月になって、1000 Bq/kgに戻り、その後は一定していた。
福島のサルは、白血球、赤血球、ヘモグロビンの計数値、およびヘマトクリット値*が有意に低く、未成熟なサルの場合、白血球の係数値が筋肉中セシウム蓄積量と有意な逆比例関係を示した6。これらの結果は、なんらかの形態の放射性物質による被曝の結果、福島のサルに血液学的な変化がもたらされたことを示唆している。
* [訳注]血液中に占める赤血球の体積の割合を示す数値。
長期にわたる低染料放射線被曝が胎児におよぼす影響は、健康にまつわる数多くの懸念事項に含まれる。ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆者から生まれた子どもたちは、低出生体重、小頭症の高率化7、頭脳発達の異常に起因する知能低下8を示していた。妊娠したマウスまたはラットに放射線暴露させる実験の結果、低出生体重9, 10、小頭症11,12,13、またはその両方14, 15を引き起こしたと報告されている。われわれは野生動物に関しても同様な研究16を確認しており、その論文は、チェルノブイリ原発の近傍で捕獲された鳥類の頭脳の重量測定値は他所で捕獲された鳥類に比べて低かったと報告していた。
福島市に生息するニホンザルの個体数は2008年以来、農産物被害を軽減するための法律にもとづく福島県の規制に従って、組織的に管理されている。われわれの研究グループは、福島市によって捕獲され、安楽死処置された個体の解剖を実施して、ニホンザル個体群の生殖・栄養状態を調査した17。これらのニホンザルは、核惨事の結果、放射線に被曝した最初の野生霊長類個体群である。しかしながら、チェルノブイリと福島のどちらの場合にも同類の野生動物個体群に関して、長期にわたって胎児の発達を追跡したり、長期放射線被曝の前後の胎児の発達を比較したりする研究は他になかった。
本研究の目的は、福島市に生息するニホンザルの胎児の発達について、原発災害前後における変化を比較することだった。
結果
原発災害後に妊娠した母体の筋肉に放射性セシウムが検出された(表1)。2011年に交尾し、2012年に出産した母体の平均筋肉中放射性セシウム蓄積値は1059 Bq/kg(n = 14)だったが、その蓄積値は年ごとに次第に低下し、2016年に出産した母体の場合、22 Bq/kg(n = 3)にまで下がった。原発災害に先立つ時期の筋肉組織は入手できなかったので、災害の前に捕獲された個体の筋肉中放射性セシウム蓄積値を測定することはできなかった。しかしながら、やはり東北地方に含まれ、原発から400 km北方に位置する青森県で2012年に捕獲された野生のニホンザルの場合、筋肉中放射性セシウム蓄積値は検出限界以下だった2ので、われわれは、災害前の福島市に生息していたニホンザルの筋肉中放射性セシウム蓄積値もやはり検出限界以下だったとみなした。
表1.妊娠中のニホンザルの年別・筋肉中放射性セシウム蓄積値
誕生年
|
妊娠したサルの筋肉中放射性セシウム蓄積値(Bq/kg)
|
||||
試料数
|
平均値
|
標準偏差
|
最小値
|
最大値
|
|
2012
|
14
|
1059
|
478
|
119
|
1959
|
2013
|
8
|
310
|
206
|
41
|
642
|
2014
|
4
|
331
|
154
|
102
|
431
|
2015
|
2
|
181
|
—
|
35
|
327
|
2016
|
3
|
22
|
19
|
15
|
32
|
ニホンザルが生息する福島市域における空間線量でも同じように、2011年4月では1.1ないし1.2 µSv/hであったが、減衰して、2016年5月には0.10ないし0.13 µSv/hになった(表2)。これらの測定値にもとづき、この市域のサルは、原発災害以来の5年間で少なくとも12 mSvの蓄積空間線量を受けたと推測される。
表2.研究地域近辺で福島県が管理するモニタリング地点で測定された空間線量(μSv/h)
測定時期
|
測定値 (μSv/h)
|
期間(日)
|
平均蓄積線量
(μSv)
|
|
飯坂トンネル
|
大笹生
|
|||
2011年4月
|
1.1
|
1.2
|
30
|
828
|
2011年8月
|
0.54
|
0.50
|
120
|
1498
|
2012年2月
|
0.5
|
0.46
|
180
|
2074
|
2012年5月
|
0.51
|
0.35
|
90
|
1048
|
2012年10月
|
0.44
|
0.34
|
150
|
1404
|
2013年5月
|
0.28
|
0.25
|
210
|
1336
|
2014年5月
|
0.18
|
0.22
|
365
|
1752
|
2015年5月
|
0.16
|
0.16
|
365
|
1402
|
2016年5月
|
0.10
|
0.13
|
365
|
1007
|
合計
|
12349
|
福島に生息するニホンザルの胎児に関する記述統計値は、表3に示す。平均体重(g)と平均体重増加率(g/mm)は、災害以前の集団と以後の集団とで有意に違っていた(それぞれp = 0.032、0.0083)。大横径[両側頭頂骨間の径](mm)、児頭前後径(mm)、頭部サイズ(mm2)、比例頭部サイズ(mm)災害以前の集団と以後の集団とで有意に違っていた(それぞれp = 0.046、0.018、0.014、0.0002)。頭殿長[とうでんちょう=頭骨のてっぺんからお尻の突出部の中点までの長さ]は両集団間で有意な違いがなかった。災害前後の両集団それぞれの体重と頭殿長の関係を表す回帰直線[
2組のデータの、中心的な分布傾向を表す直線]を図1に示す。災害後の回帰曲線データは災害前のそれより有意に低かった(p < 0.0001)(表4)。災害前後の両集団それぞれの頭部サイズと頭殿長の関連を表す回帰直線を図2に示す。災害後の回帰直線データは災害前のそれより有意に低かった(p < 0.0001)(表5)。
表3.福島における災害前後のサル胎児それぞれの記述統計値(n = 62)
変数
|
災害前(n = 31)
|
災害後(n = 31)
|
P(確率)値
|
体重 g:
中央値(範囲)
|
256.6 (66.5–622.5)
|
205.4 (64.3–675.5)
|
0.032
|
頭殿長 mm
平均値 ± 標準偏差
|
143.4 ± 27.0
|
140.2 ± 30.0
|
0.66
|
児頭前後径 mm
平均値 ± 標準偏差
|
55.9 ± 11.2
|
50.0 ± 12.2
|
0.046
|
大横径 mm
平均値 ± 標準偏差
|
46.0 ± 9.4
|
40.2 ± 9.2
|
0.018
|
頭部サイズ mm2
平均値 ± 標準偏差
|
2668.94 ± 1025.5
|
2051.6 ± 885.3
|
0.014
|
体重成長率g/mm
中央値(範囲)
|
1.9 (0.7–3.7)
|
1.5 (0.6–3.6)
|
0.0083
|
比例頭部サイズ mm
平均値 ± 標準偏差
|
18.0 ± 4.2
|
14.1 ± 3.6
|
0.0002
|
図1.
原発災害前後のニホンザル胎児における頭殿長(mm)の関数としての体重(試料数n = 62)。このグラフは、体重と頭殿長に関し、災害前集団と災害後集団のあいだの退縮を示す。青色の三角は災害前のサル胎児データを示し、青色の直線は近似値(n = 31); R2 = 0.86を表す。赤色の丸は災害後のサル胎児データを示し、赤色の直線は近似値(n = 31); R2 = 0.82を表す。
表4.福島のニホンザル胎児(n = 62)における体重の多重線形回帰
係数
|
95%信頼区画
(低方, 高方)
|
P(確率)値
|
||
推測値
|
標準誤差
|
|||
頭殿長
|
5.0
|
0.40
|
4.61, 6.41
|
<0.0001
|
災害前
|
1
|
|
|
|
災害後
|
10.5
|
87.08
|
−163.81, 184.82
|
0.904
|
災害前/災害後*頭殿長
|
−0.5
|
0.60
|
−1.72, 0.69
|
0.393
|
切片
|
−471.2
|
65.2
|
−601.78, −340.59
|
<0.0001
|
1.
R2 = 0.85; 補正R2 = 0.84.
|
図2.
原発災害前後のニホンザル胎児(試料数n = 62)の頭殿長(mm)の関数としての頭部サイズ(mm2)。このグラフは、体重と頭部サイズに関し、災害前集団と災害後集団のあいだの退縮を示す。青色の三角は災害前のサル胎児データを示し、青色の直線は近似値(n = 31); R2 = 0.85を表す。赤色の丸は災害後のサル胎児データを示し、赤色の直線は近似値(n = 31); R2 = 0.84を表す。
表5.福島のニホンザル胎児(n = 62)の頭部サイズの多重線形回帰
変数項目
|
係数
|
95%信頼区画
(低方, 高方)
|
P(確率)値
|
|
推測値
|
標準誤差
|
|||
頭部サイズ
|
34.8
|
2.6
|
29.52, 40.0
|
<0.0001
|
災害前
|
1
|
|||
災害後
|
566.4
|
506.2
|
−446.88, 1579.63
|
0.27
|
災害前/災害後*頭部サイズ
|
−7.66
|
3.5
|
−14.66, −0.65
|
0.033
|
切片
|
−2318.9
|
379.2
|
−3077.96, −1559.76
|
<0.0001
|
2.
R2 = 0.86; 補正R2 = 0.85.
|
これら胎児の母ザルの体脂肪指数は原発災害の前後で有意な差が認められなかった(Z = 1.213; P = 0.219)。
考察
原発災害後に妊娠した胎児の頭殿長と比較した体重と頭部サイズは、災害前に妊娠した胎児に比べて測定値が低かった。福島市のニホンザルは5歳になった秋に初めて妊娠し、6歳になった春に出産する17。したがって、われわれは、われわれが調査した原発災害後に受胎した母ザルの全頭が2011年の災害勃発時以降に絶え間なく放射線に被曝していたと推察した。
胎児の成長遅延は、母ザルの栄養状態の劣化が原因であるとも考えられる。しかしながら、われわれの研究では、母ザルの体脂肪指数は原発災害の前後で違いが認められなかった。したがって、胎児の成長遅延が母ザルの栄養状態と関連しているとは考えられなかった。気候の変化、食餌の栄養成分など、他の要因が胎児の成長に影響したのかもしれなかった。本研究の限界は、われわれが胎児の成長遅延の原因に寄与していたかもしれない組織学的変化を調査するための試料を入手できなかったこと、そして資料収集の性質のせいで試料数が比較的に少なかったことである。避難指示区域のサルを福島の非汚染区域のサルと比較すれば、理想的だったかもしれない。しかしながら、本研究が対象としたような、数百頭のサルを捕捉することを目的とした大規模な組織的捕獲事業を除いて、他にはなかった。そのうえ、避難指示区域には入域制限がかけられていた。こうした理由により、現時点において、他の地域で同様な研究を実施するのは不可能である。
マウスやラットを用いた実験では、放射線被曝が胎児に体重の減少、小頭症、脳の質量の減少を引き起こすことが報告されている9,10,11,12,13,14,15。しかしながら、これらの実験の大半では、脳が発達している時期に当たる胎齢10日以降の母ザルに一回限りの曝露を施したものである。そのような曝露では、原発災害以降の長期にわたる低線量曝露と質的に違っているかもしれない。これらの実験の放射線量は大いにばらついていた。ハンデら9 は、胎齢3.5日、6.5日、11.5日のマウスに最大70 kilo-VoltのX線9 mGyを照射し、すべての事例において、出生時体重が対照群マウスに比べて減少しているのを認めた。ウマ・デヴィら15は、胎齢11.5日のマウスに0.25 Gy照射し、出生時の脳サイズの減少を観測した。デヴィらはさらに、0.05ないし0.15 Gyの照射を受けた胎児において、放射線量と頭部サイズの逆比例関係を認めた。
チェルノブイリ原発災害後、ベラルーシのいくつかの高レベルに汚染された地域の住民たちに誕生した低体重新生児の数は1982年に比べて1990年の方が増えていた18。フジュエルら19は、歯の治療の際に放射線で被曝し、その後、出産した女性たちを対象に長期的な調査を実施した。彼らは、0.4 mGy以上の被爆をした女性の場合、2500 g以下の新生児を出産するリスクが高まっていた(オッズ比=2.27)と報告した。ゴールドバーグら20は、受胎に先立つ医学検査の結果としてこうむった放射線被曝のレベルと出産時体重の関係を解明して、被曝線量単位cGy毎に37.6 グラムづつ出産時体重が減少することを認めた。そのような医療被曝は、胎児そのものよりもむしろ母体の生殖腺と内分秘腺に影響を与えると信じられている。われわれが観測した成長の遅れが放射線被曝の直接的な影響なのかを決めるにしても、いまだに不確実である。
オタケとシュル8は、広島と長崎の原子爆弾による放射線に被曝した母親たちの経時間変化研究を実施した。彼らは、胎齢0ないし8週間で被曝した新生児に影響をなんら認めなかったが、胎齢8ないし15週間で被曝した新生児の場合、小頭症、その他の脳障害が最高比率で発生していた。後者の胎齢期間の場合、ヒトの脳は急速に発達しており、この時期における放射線被曝による被害が胎児に深刻な影響をおよぼすのかもしれない。
先行する研究は、原発災害後に受胎した胎児に認められた低誕生時体重値と小頭部サイズが放射線被爆の影響であることを示唆していた。しかしながら、われわれは個別の野生動物の内部および外部の放射線量を数値で定めることができなかった。原発災害後に捕獲された全個体の筋肉中に放射性セシウムが検出されたものの、サルの体内の放射性セシウムの生物学的半減期は3週間程度なので5、蓄積被曝線量は不明だった。さらにまた、試料規模が小さかったので、被曝線量と胎児に対する影響の因果関係を究明するのは困難だった。
われわれは原発災害後における胎児の比例頭部サイズの縮小を示したものの、脳の成長が遅れた部位を解剖学的に特定することができなかった。ホセインら12は、胎齢14日の時期にコバルト60に暴露された月齢6か月ないし12か月のマウスの脳を研究した。曝露線量率が0.5ないし1.5 Gyの場合、脳の重量は減少し、海馬CA3領域にある視床下部のニューロンの数は有意に減少していた。われわれは将来の研究に備えて、発達が遅れた脳の領域、並びに出産後の発達の成長遅延の影響を特定するために、原発災害後に受胎したサルの胎児および幼体の脳の組織学的検査を実施しはじめた。
方法
動物と倫理
サルの遺骸は福島市に提供していただいた。そのサルは、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」にもとづいて策定された「福島県ニホンザル管理計画」のもとで福島県当局の許可を得た農作物被害対策として駆除されたものである。サルは福島市の要請により、ボックストラップ(箱罠)で生け捕りにされ、免許を保持するハンターの銃で殺された。捕獲・屠殺方法は上記の管理計画のガイドラインに準拠しており、生命倫理の問題とされるべきものではない。この屠殺方法は、京都大学霊長類研究所が公表するガイドラインにも沿っていた21。本研究が対象とした地域に生息するニホンザルは、環境省が2012年に改訂した日本版レッドリスト「絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト」の絶滅危惧種に指定されていない22。
胎児と筋肉試料
胎児は2008年から2016年にかけて妊娠中のニホンザルから採集された。遺骸はわれわれの研究室宛てに冷蔵輸送され、解剖に付された。サルの各個体の体重はグラム単位で測定された。原発災害後の解剖のさい、放射性セシウムの含有量を測定するために、後肢から500ないし1000 gの筋肉組織が採集された。放射性セシウム蓄積量を測定するために500 g以上の臓器が必要だったので、骨格筋が使われた。筋肉組織は、放射能測定で使うまで、-30℃の温度で冷凍保管された。
解剖のさい、子宮から胎児を取り出して、その体重を直近グラム単位で測定し、頭殿長(CRL)、すなわち頭部の頂点から胴の最下部までの長さもまた直近ミリメートル単位で測った。CRLは、身体および神経の検査で齢の評価のための身体測定として最も一般的に使われていた23。
胎児は中性緩衝ホルマリンのの10%溶液に漬けて、漬けで保存された。分析した胎児は頭殿長が90 mm以上(胎齢が約3か月以上)、頭蓋が骨化しているので、外部の測定が可能な検体を含んでいた。胎児の頭部サイズは両側頭骨頂の直径x頭前後の直径の積として求められた。両側頭頂骨の直径は、胎児のサイズ、頭部の最大幅を見積もるために使われ、基本的な生物測定媒介変数のひとつである。後頭正面直径は額部と後頭域とあいだの最大幅を測るべきである。すべての検体は、同一人物によって、キャリパスを用いて測定された。
福島市のニホンザルは四季に応じて繁殖しており、3月と4月に出産する17。したがって、2011年に収集された胎児は、原発災害の勃発時にはほぼ完全に発達していた。それゆえ、その年の胎児は、2011年の前(災害前)に受胎した集団と2011年以後(災害後)に受胎した集団に分けられた。試料は、災害前の受胎した胎児31検体と災害前に受胎した胎児31検体で構成されている。
脂肪指標
解剖のさい、脂肪指標を計算して、サルの栄養状態を評価した。以前の研究24では、体重に対する腸間膜脂肪の重量の比率は、ニホンザルの体脂肪の100分率に相応していた。脂肪指標は、腸間膜脂肪の重量(g)÷ 体重(g)✕ 1000の計算式で求めた。
放射能測定
災害後に妊娠した母ザル31体について、筋肉の放射性セシウム蓄積量を測定した。筋肉試料に含まれる放射性セシウムの放射能は、ゲルマニウム半導体スペクトロメーター(GC2020-7500SL-2002 CSL, Canberra,
Meriden, CT)とNaI (T1) シンチレーション検出器(AT1320A, Atometex, Minsk, Belarus)で分析した。データは必要に応じて、測定環境のバックグラウンド放射線量に対応して補正した。セシウム134は604.70、795.85 keV[キロ電子ボルト]を用いて検出され、セシウム137は661.6 keVガンマ線を用いて検出された。放射性セシウムの放射能は物理学的半減期にもとづき、捕獲当日の値に補正された。検出限界値は10 Bq/kgだった。筋肉のセシウム蓄積量は、セシウム134蓄積量とセシウム137蓄積量を合算した生筋肉1 kgあたり蓄積量として計算した。
われわれはサルの外部被曝線量を見積もるために、福島市内のサル生息地に近く、福島県が管理する空中線量モニタリング地点2か所、飯塚(N37°49′33.7″,
E140°26′52.8″)および大笹生(おおざそう:N37°47′11.6″, E140°24′10.8″)における地上1 m高さの測定値を用いた。原発災害の直後、2011年4月から2016年5月にかけて、福島県はこれら2か所のモニタリング地点で9回の線量測定を実施していた25。平均累積外部被曝線量は、2か所のモニタリング地点の空中線量の平均値に、連続した測定日のあいだの日数を掛け算した値として見積もられた。
統計
この被曝の判断基準には誤判別はありえなかったので、災害前に胎児成長の途上にあったサルの全頭は(災害前の)「非被爆」集団に分類され、災害後に胎児成長の途上にあったサルの全頭は(災害後の)「被曝」集団に分類された。シャピロ・ウイルク検定を使って、それぞれの変数の正常性を確認した。スチューデントのt検定を使って、頭殿長、大横径、児頭前後径、頭部サイズを比較して、災害前後の両集団になんらかの違いがないかを検分し、ウィルコクソン・マン・ホイットニー検定を使って、両集団の体重を比較した。体重の成長率は体重を頭殿長で割り算して決定され、比例頭部サイズは頭部サイズを頭殿長で割り算して決定された。災害前後の両集団の体重の成長率は、スチューデントのt検定を実施して比較され、比例頭部サイズはウィルコクソン・マン・ホイットニー検定を実施して比較された。体重と頭殿長、および頭部サイズと頭殿長の関連を表すために回帰直線を作成した。相互作用期間(災害前/後*頭殿長)について、独立変数(体重と頭部サイズ)と説明変数(頭殿長と災害前/後)に関して、複数の線形回帰を実施した。回帰ごとについてモデルを適合させ、相互作用の有無にかかわらず尤度比試験を用いて試験した。
すべての解析に統計解析ソフトStata/IC 13.1(米国テキサス州カレッジ・ステーション、Stata Corp LP)を使った。統計的推定および推論のために、5%有意水準の両面仮説検定を用いた。
脂肪指数の有意差は、ウィルコクソン順位和検定によって評価した。
補足情報
出版社による注釈:シュプリンガー・ネイチャーは、公開地図および制度化された提携の管轄権に関して中立の立場である。
参照文献
|
謝辞
今回の研究は、福島市にご協力いただいて可能になった。著者らは、本研究にご関与いただいた皆さまに感謝を申しあげる。われわれは日本獣医生命科学大学の皆さまにご支援をいただき、謝意を表明する。本研究は、次の資金提供者・機関にご支援いただいた――京都大学霊長類研究所共同利用・共同研究事業のMr. Junichiro Taketani, 日本私立学校振興・共済事業団、住友財団、日本学術振興会・科学研究費助成事業認可番号25517008および16K08087。
著者情報
所属先
1.
|
日本獣医生命科学大学、東京
Shin-ichi Hayama, Moe
Tsuchiya, Kazuhiko Ochiai, Sachie Nakiri, Naomi
Ishii, Takuya Kato, Aki Tanaka & Toshinori Omi
|
2.
|
NPO法人どうぶつたちの病院、東京
Setsuko
Nakanishi
|
3.
|
JAふくしま未来、福島
Fumiharu Konno
|
4.
|
京都大学霊長類研究所、愛知
Yoshi Kawamoto
|
貢献
M.T., S.N., Se.N., N.I., and F.K. :試料収集
Y.K., K.O., and T.O. :研究計画策定
T.K. and A.T.:データ解析
S.H.:論文執筆
利益相反
著者らは利益相反の不存在を宣言する。
Corresponding
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公開履歴
受付 2017年2月20日
受理 2017年5月8日
公開 2017年6月14日
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【クレジット】
Scientific Reports, “Small
head size and delayed body weight growth in wild Japanese monkey fetuses after
the Fukushima Daiichi nuclear disaster,” by Shin-ichi Hayama et al, published
on 14 June, 2017 at https://www.nature.com/articles/s41598-017-03866-8.
【関連論文】
2014年7月31日木曜日
われわれは2012年4月、福島市の森林地に生息する野生のニホンザルに対する1年間の血液学的研究を実施した。この地域は、2011年東日本大震災のあと、大量の放射性物質を環境中に放出した福島第一原子力発電所(以後、原発と表記)から70 kmの距離に位置している。比較のために、原発から約400 kmの距離にある青森県の下北半島に生息しているサルも検査した。福島のサルの場合、総筋肉セシウム濃度は78~1778ベクレル/㎏の範囲内にあったが、それに対して、下北のサルの場合、セシウム濃度レベル値はすべて検出限界を下回っていた。福島のサルは下北のサルに比べ、赤血球および白血球細胞の計測数値、ヘモグロビン値およびヘマトクリット(赤血球容積率)が有意に低く、幼体サル白血球細胞の計測数値は筋肉セシウム濃度と逆相関関係にあった。これらの結果、なんらかの形態の放射性物質による被曝のために、福島のサルに血液学的な変異が起こったと考えられる。
2017年12月15日金曜日
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国家権力による弾圧に対しては、 犠牲者の思想的信条、 政治的見解の如何を問わず、 これを救援する。
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世界屈指のビジネス誌フォーブスは十月三〇日付け寄稿記事「福島市のニホンザルに異変」を掲載した――羽山伸一博士は二〇〇八年からこのかた、農産物を守るために猿の生息数を抑制する福島市の事業で殺された猿の遺骸を調査してきた。「福島の猿には血液成分の明白な減少が認められます…白血球細胞の計数値と筋肉中の放射性セシウム濃度の相関関係が見てとれます」
2017年11月13日月曜日
日本獣医生命科学大学の羽山伸一教授は、いくつかのエピソードに登場する専門家です。彼が長年つづけたニホンザル研究、とりわけ人間の居住地に近接した生息域に関連した研究によって、この種族がこうむった放射線被曝の影響を研究する準備が思いがけなくも整っていました。岩崎監督がこの映画シリーズのタイトルを決めるにあたって、黒澤明の1955年作品『生きものの記録』に着想を得ており、この映画では、驚くほど若かった三船敏郎が、ヒロシマとナガサキの原爆投下のたかだか10年後のできごと、太平洋の核実験を恐れるあまり、嫌がる家族をブラジルに移住させようとする横暴な家長の役を演じていました。日本社会が東京2020年オリンピック大会に向けて突進するいま、この映画は65年の歳月を超えて、なにが狂気なのか、なにが正気なのか、問いかけているようです。
2017年11月2日木曜日
今年になって、福島県の避難住民は自宅に戻りはじめ、暮らしを再開している*が、そこにずっと生きてきた猿たちはその人たちに――医療記録の形の――警告を提示している。
* The Japan Times: Evacuationorders lifted for three
more Fukushima areas but residents slow to return
2008年以来、ニホンザル個体群を調査してきた野生動物の獣医学専門家によれば、ニホンザル――とりわけ福島第一原子力発電所の2011年3月メルトダウン事故以降に誕生した若年個体――が放射線被曝に伴う影響を示している。
2014年7月27日日曜日
この河川栄誉賞は、サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports )サイトに1年間かけた研究が掲載され、荒川流域に生息する野生ニホンザル(Macaca fuscata)は、福島第一原発の北方400キロ、本州北部の下北半島のサル個体群に比べて、白血球・赤血球細胞の計数値が「有意に低く」、筋肉中のセシウム濃度が高いことが示されることになった時点のほんの2日前にもたらされた。
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