2015年5月24日日曜日

スミソニアン誌「フクシマ核惨事から4年、鳥たちの苦境」


Smithsonian.com 総合雑誌スミソニアン

フクシマ核惨事から4年、鳥たちの苦境

まるで鉱山のカナリアのように、鳥の多寡が野生生物に対する核惨事の影響の悲惨な全体像を反映しているのかもしれない

スズメはフクシマ周辺で生息数が減っている鳥類30種のひとつである。(Takao Onozato/Corbis

ベン・ミリン Ben Mirin
スミソニアン誌 SMITHSONIAN.COM 
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ティム・ムソー(Timothy A. Mousseau)が初めて鳥類の生息数を数えに福島へ赴いたとき、彼が訪れた各地の放射能レベルは通常のバックグラウンド値に比べて1,000倍に達するほど高かった。それは20117月、東北地震とそれが引き起こした福島第一原子力発電所の部分的メルトダウン事故*4か月後のことであり、日本は社会基盤の甚大な被害からの回復途上にあった。ムソーの彼の共同研究者が車をレンタルし、東京から北上したさい、いまだにちょっとした路上の難所に行き当たるありさまだった。

「だれもほんとうに予想しないような(放射能汚染の)初期の影響を把握できるように、わたしたちは現地に赴かなければならないとわかっていました」と、ムソーはフクシマ惨事のニュースを見て考えたことを振り返った。「わたしたちは結局、あの最初の年にできる最善の方法は単純に鳥を数えることだと納得しました」。

4年間かけて福島第一原発の周辺400か所で鳥類の個体群を調査したいま、ムソーと彼の研究仲間たちは鳥類個体群を指標システムに使って、地域野生生物に対する惨事の影響に関する険悪な姿をまとめあげた*。放射能が県土全域で減少してはいても、鳥類種の数と個体生息数が急激に減っており、状況が年ごとに悪化していることを研究チームのデータが示している。

「最初、ほんの数種に放射線の影響の有意な兆候が認められていました。今では、(安全地帯から)もっと、もっと線量レベルの高い、そうですね、曲がり角あたりまで5キロか10キロも深入りすると、死のような静けさです。運がよければ、1羽か2羽、目にすることでしょう」と、ムソーはいう。

ムソーの研究チームは鳥の個体計数調査を総計2,400回実施し、鳥類57種のデータを収集しており、それぞれの種がバックグラウンド放射能に対する特定の感受性を示していた。彼らは鳥類学ジャーナル3月号で公開した論文で、鳥類のうちの30種で調査期間中に個体数の減少が認められたと報告した。そのなかでも、ハシボソガラスやスズメなどの留鳥は、3月上半期の部分メルトダウンから数週間後まで県土に到来しなかった渡り鳥に比べて、感受性が高いことが認められた。

人類史上で核事故は稀であり、野生生物に対する放射能の直接的な影響に関するデータの持ち合わせは非常に少ない。ムソーはこれまで15年間かけて、核事象ごとの比較研究を実施しており、わたしたちの知識基盤を構築し、隙間を埋めるために貢献してくれている。たとえば、チェルノブイリ惨事が野生生物におよぼした初期の影響に関する公式発表記録は存在しないものの、近年になって、地域の鳥類から森林の菌類*まで、事故後におけるチェルノブイリの生態系を評価するための研究が数多く実施されている。

ムソーは2012年にフクシマを再訪問したとき、放射線被曝地帯で白脱色した羽毛の斑点を有する鳥を捕獲しはじめた。これは馴染みのある兆候だった――「わたしが2000年に初めてチェルノブイリに赴き、鳥類を収集したさい、ある格別に汚染された農場の(捕獲した)鳥の20パーセントに、[体表の]あちこち――サイズが大小さまざま、文様が規則的だったり不規則だったりする――白色羽毛の小斑点が認められました」

ムソーの研究チームは、これらの白斑は放射線被曝に起因する酸化ストレスの結果であり、そのために鳥の羽毛やその他の体部位の配色を制御する鳥の抗酸化物質保有量が減衰したのだと考えている。チェルノブイリでは、白斑は、白内障、腫瘍、非対称体型、発育異常*、繁殖率低下、頭脳サイズの縮小など、放射線被曝による他の既知の症状と効率で一致している。

* Even Tiny Amounts of Radioactive Food Made Caterpillars Become Abnormal Butterflies


2013年になると、フクシマでムソーが計数していた鳥に、双眼鏡で見ることができるほど大きな白斑があった。

ムソーは兆候を総合して、チェルノブイリとフクシマのデータセットが、核惨事後のさまざまな段階における放射線の長期にわたる野生生物に対する蓄積的影響*の有意な証拠を提示していると考えている。だが他にも、入手可能な情報をまったく異なった形で解釈する専門家もいる。

「わたしは酸化ストレス仮説を無条件に信頼できない」と、“Chernobyl: Catastrophe and Consequences”[『チェルノブイリ~破局と帰結』]の編集・主著者にして地上・海洋生態系の専門家、ジム・スミスはいう。「フクシマでも、チェルノブイリでも、最近の放射線レベルは低線量であり、細胞の抗酸化能力は、このレベルの放射線の酸化作用に比べて、一回りも二回りも大きいのです」と、彼はいう。この説によれば、羽毛の白斑は――それに、たぶん鳥の衰退全体は――放射線以外のなにかに引き起こされたことになる。

鳥の羽毛は、わたしたちの髪色が年配になると変わるのとよく似た老化の副作用として、色が変わることが多い。羽毛はまた年に数回の換羽サイクルごとに生え変わり、そのたびに色素形成のために新たなメラニンの補給が必要になる。エール大学の鳥類学者、リチャード・プラム(Richard Prum)によれば、このことから――鳥の放射能汚染地帯における生息や通過の有無にかかわりなく――色素変異が極めて定期的に起こる可能性が浮上する。

プラムは鳥類の羽毛配色進化を研究しており、「これは車の修繕に少し似ています。問題は明瞭なのですが、可動部品が多いのです。白色羽毛など――メラニン関連のストレスは、多様な環境のもとで、これと同じように発現し、その背後にある原因は非常に多様なのかもしれません。この冬にも、わたしの自宅の給餌器に異常な白い色素沈着のある4種の鳥が来たのを見ましたが、わたしはニューヘブン*の放射線レベルをさほど心配しておりません」と語った。
  * [エール大学所在地。コネチカット州南部の港町]



イノシシはチェルノブイリ立入禁止区域に勢力を誇っていると見受けられ、隅に置けない。(VASILY FEDOSENKO/Reuters/Corbis

プラムはチェルノブイリの生態系はすこぶる好調であると聞いていると述べており、これはムソー批判派が擁護する見解である。スミスはかつて英国のポーツマス大学で、主として水生無脊椎動物を研究し、チェルノブイリ事故のあと、いくつかの最も汚染された湖で生物多様性レベルが上昇したのをじっさいに観察した。

「たくさんの文献を読みこんでも、事故後短期間の高線量による早期の影響ともっと低い残存線量による晩期の影響を区別することは困難です。しかも、文献の一部は人間の退場が生態系にもたらす影響を適切に説明していません」と、スミスは語る。

かつて2000年、テキサス工科大学のロバート・ベイカーとロン・チェサー(Ron Chesser)は、チェルノブイリを事故以来の人間不在*のおかげで成立した野生生物保護区とみなす論文を発表した。彼ら科学者の両氏とも、チェルノブイリとフクシマにおける生物多様性と種個体群の豊かさは、長期的に見れば、放射線の悪影響を受けないと断言した。

* How The Fukushima Exclusion Zone Shows Us What Comes After The Anthropocene


チェサーは、「最善の努力を尽くしても、事故後の野外研究は明確な全体像を提示できるほどにはじゅうぶんではありません。事故前のデータを扱って研究しているのではありませんので、良質のコントロール群(比較対照区)を提示できないのです」という。チェサーは、ムソーが観察した類いの生理異常を慢性的な放射線被曝の最終的な結果ではないのではとほのめかす。それよりむしろ、それらの異常は、生殖、感染や疾患の免疫反応、渡りのような激しい身体運動など、他の酸化ストレス原因を反映している。

「わたしが親しみながら成長し、これまでの60年間も読みこんできた、すべての[文献]証拠が、(ムソーの知見は)たぶん間違っているとわたしに告げています」と、チェサーは日本における鳥の減少の背後にある原因を放射能とする説に反論する理由を説明していう。「わたしには他人さまを中傷するつもりはないですが、証拠がほんとうに標準から外れていれば、それを裏付けするなにか異常なデータを掴んでいるはずです」

ムソーは、自分の研究手法が、動物個体のガイガー計数器読み取り値にもとづく放射線反応測定を典型的な生業としてきた「守旧学派・放射線生物学者たち」のそれからは逸脱していることを承知している。ムソーが自分は気にしないというように、厳密な放射線レベルに無頓着であれば、だれかの逆鱗を収めさせることはよくわかる。

「わたしたちは生態学的および進化論的反応の計測に厳密に動機づけられています。わたしたちの常軌を逸した証拠は、こうした個体数調査、景観規模全域にわたり、両側地点[研究対象区と比較対照区]を含んで大規模に複製した生体目録を反映しており、この手法は彼ら他の研究団体のどれも、いかなる厳密な形であれ、実行したことのないものです」と、ムソーはいう。

「データは無作為抽出したものではなく、現実的であり、厳密です。それは空間と時間を写しとったものです。データをどのように解釈するかは把握力にかかっており、このような減少にともなうメカニズムをさらに適正に評価するためには、もっと多くの実験を実施する必要があります」と、彼はつづけていう。ムソーの研究チームの側としては、次の目標として、彼らのデータにある異なった鳥類種がさまざまなレベルの放射線感受性を示すように見受ける理由を解明したいと願っている。彼らは来週、チェルノブイリに向かい、7月にフクシマに戻る。


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(末尾にT・ムソー関連記事と【論文】日本語訳稿のリンク集)

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