2015年4月3日金曜日

#Nature 誌サイエンティフィック・リポーツ「オオタカの繁殖に対する福島第一原発事故の影響」




 凡例:(原注)、〔訳注〕、[強調]
オオタカの繁殖に対する福島第一原発事故の影響
Effects of the Fukushima Daiichi nuclear accident on goshawk reproduction
Scientific Reports 5, Article number: 9405 doi:10.1038/srep09405
20141121日受付  201533日受諾  2015324日公開
頂天捕食者に対する核事故の影響は研究されていないが、人間も頂天捕食者なので、そのような事故の影響を確認することは重要である。われわれは、2011年に起こった福島第一原子力発電所の事故の前後22年間にわたり、日本の北関東における頂天捕食鳥類、オオタカ(Accipiter gentilis fujiyamae)の野外観察を実施し、繁殖成功率を分析した。繁殖成功率は事故前の各年に比べて顕著に低下し、事故後研究期間の3年間にわたり着実に減退した。これらの減退は、他の要因というより、巣の下で測定した核事故による放射性汚染物質の空間線量率の上昇が第一の原因であることが示唆された。われわれは繁殖成功率の変化の傾向について考察し、外部被曝と同じく、内部被曝がオオタカの繁殖成功率に重要な寄与をしている可能性を提案する。
序論
オオタカ(Accipiter gentilis)は猛禽であり、鳥類と哺乳類を捕食する頂天捕食者である12。チェルノブイリ原子力発電所事故後における小型鳥類の繁殖成功率に関する論文はいくつかあるが3456、オオタカのような猛禽の詳細な研究は実施されていない。肉食性猛禽の繁殖成功率に対する核事故の影響を理解することは、人間と他の頂天捕食者にとって意味深いことになるであろう。肉食性猛禽は、頂天捕食者に対する核事故由来の放射能の作用を推測するのに最適な動物種であり、それはそのような動物種の場合、人間の場合には物議をかもすことの多い経済的・心理的問題をこうむっているからであると言われることはありえないからである78
先行した研究は、放射能汚染の程度がさまざまに異なった地域における鳥類の特性を比較していた45910。しかし、同一営巣地における同一種の原子力発電所事故の前後における繁殖成功率を詳細に比較する研究はなかった。われわれは、2011年の東北大震災と福島第一原子力発電所における事故の前、1992年以来、日本のオオタカ(Accipiter gentilis fujiyamae)の繁殖成功率を研究してきた。われわれは野外調査の一環として繁殖地図を作成し、本研究において、事故以前19年間の繁殖成功率を事故以後3年間のそれと比較した。したがって、本研究は核事故の影響を論じるための関連生態学データを提示するであろう。
野生鳥類に対する核事故の影響を調べた先行研究は体の形態と繁殖成功率の異常を報告したが、原因は明確に特定されなかった。さらに、負の作用が認められると、原因が核事故に由来しない可能性があった。繁殖地の周辺環境(たとえば、餌の不足)など、他の要因が、繁殖成功率に悪影響をもたらすことがある。われわれは本研究において、巣の下で放射能汚染の空間線量率を測定値、環境要因を統計モデルに組み込んだベイズ法で巣の成功率を分析した11
われわれは本論文において、3つの結果を示す。その1は、核事故がオオタカの繁殖成功率に影響をおよぼしはじめた時期と影響を受けた繁殖ステージ。その2は、巣の下の空間線量率とオオタカの繁殖成功率の関係。その3は、繁殖成功率に対する空間線量率と他の要因(たとえば、林冠閉鎖、被食動物種の多寡または捕食可能性、人間による妨害11)の影響の比較である。
結果
研究対象地域および観察
われわれの研究対象地域を1に示す。オオタカは日本で保護対象になっている鳥類種である(「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」第4次レッド・リスト、準絶滅危惧種)。違法捕獲を防止するため、繁殖地は示されていない。1992年~2010年(震災前の期間)および2011年~2013年(震災後の期間)の繁殖地におけるオオタカの繁殖成功率が12に示されている。巣の下の空間線量率は20126月に測定された。13か所の繁殖地は無作為に選ばれた。これら13か所の繁殖地について、線量率とオオタカの繁殖成功率が3に示されている。
1.研究対象地域

本研究の対象地域は北関東に位置している。オオタカ保護の観点からおおまかに白丸で該当地域を示す。福島第一原子力発電所は、この地域から100ないし120 kmの範囲内にある。2012531日時点の空間線量率(μSv/h)が示されている。出所「放射線量等分布マップ」拡大サイト/電子国土版(日本語EnglishFull size image (273 KB)
11992年~2010年(震災前の期間)におけるオオタカの繁殖成功率
総数
造巣
抱卵
孵化
巣立
1992
20
19
19
16
13
1993
26
24
23
19
18
1994
30
29
21
18
16
1995
31
28
26
23
22
1996
28
26
22
20
19
1997
33
19
19
16
14
1998
35
28
19
19
18
1999
34
24
24
21
18
2000
39
25
21
18
16
2001
37
28
25
21
20
2002
36
27
26
23
21
2003
37
30
29
25
21
2004
40
29
25
23
18
2005
44
31
26
22
19
2006
40
24
22
21
19
2007
41
28
25
22
18
2008
46
28
24
21
19
2009
43
25
21
19
17
2010
44
23
22
19
16
合計
684
495
439
386
342
22011年~2013年(震災後の期間)におけるオオタカの繁殖成功率
総数
造巣
抱卵
孵化
巣立
2011
45
22
20
18
15
2012
40
25
20
17
11
2013
37
22
18
12
9
合計
122
69
58
47
35
3.震災前・後の繁殖地13か所における最近10年間のオオタカ繁殖成長率および震災後の空間線量率。空間線量率の測定日:2012628
2004年~2010
2011年~2013
繁殖地No.
観察総数
造巣
抱卵
孵化
巣立
観察総数
造巣
抱卵
孵化
巣立
空間線量率(uSv/h)
1
7
7
7
7
5
3
2
1
0
0
0.85
2
1
1
1
1
1
3
3
3
3
3
0.29
3
6
5
5
4
4
3
3
3
2
1
0.73
4
7
7
7
6
5
3
3
3
2
2
0.40
5
7
3
3
3
3
3
3
3
0
0
0.28
6
6
5
5
5
4
3
3
3
2
1
0.27
7
6
6
6
6
4
3
3
3
3
2
0.30
8
6
5
3
2
1
3
3
2
2
2
0.27
9
6
6
6
5
5
3
3
3
2
1
0.44
10
7
7
7
7
7
3
2
2
2
0
0.61
11
4
4
3
3
3
3
3
3
1
1
0.36
12
6
6
6
5
5
3
3
3
3
3
0.49
13
6
5
5
4
4
3
2
2
2
1
0.53
Total
75
67
64
58
51
39
36
34
24
17

繁殖成功率
4および2の左図に、4繁殖ステージの成功率を示す。4ステージの各局面とは、造巣(ステージ1)、抱卵(ステージ2)、孵化(ステージ3)、巣立(ステージ4)である。震災後各年の成功率は、震災前19年間の成功率に対応する95%信頼区画(CRI)と比較した。造巣成功率11、抱卵に対する孵化の比率もまた示されている(2eの左図、4の造巣成功率)。
44繁殖ステージごとの比率統計および震災前と震災後各年の繁殖成功率。震災後各年の成功率は、震災前19年間の成功率に対応する95%信頼区画(CRI)と比較。95 CRIに対応する震災後各年の率の位数は、百分位数の列に表示。95 CRIを外れる率を、*(星印)で示す

1992年~2010
2011
2012
2013

2.5%
平均
97.5%
百分位数
百分位数
百分位数
各繁殖ステージ









造巣(ステージ1
0.6887
0.7230
0.7556
0.4889
0.01%*
0.6250
0.01%*
0.5946
0.01%*
抱卵(ステージ2
0.8549
0.8851
0.9114
0.9091
96.02%
0.8000
0.01%*
0.8182
0.01%*
孵化(ステージ3
0.8456
0.8775
0.9065
0.9000
93.24%
0.8500
4.38%
0.6667
0.01%*
巣立(ステージ4
0.8505
0.8839
0.9138
0.8333
0.26%*
0.6471
0.01%*
0.7500
0.01%*
繁殖成功率









ステージ34
0.7375
0.7779
0.8149
0.7500
8.37%
0.5500
0.01%*
0.5000
0.01%*
2.成功率および空間線量率の影響

4繁殖ステージと繁殖成功率(左列)および各ステージに対応する空間線量率の係数(右列)を示す。震災前における事後分布を実線で表示し、震災後各年の率を、赤色の点線(2011年)緑色の点線(2012年)、青色の点線(2013年)で示す(左列)。空間線量率係数β2の事後分布を実線で示す(右列)。(a)造巣(ステージ1)、(b)抱卵(ステージ2)、(c)孵化(ステージ3)、(d)巣立(ステージ4)、(e)営巣成功。Full size image (107 KB)
2011年では、造巣(ステージ1)と巣立(ステージ4)の成功率が震災前の95 CRIを超えて低下した(2左列、4)。2012年では、造巣(ステージ1)、抱卵(ステージ2)、巣立(ステージ4)および営巣成功の率が低下した(2左列、4)。2013年では、4つのステージすべてと営巣の成功率が95 CRIを外れていた(2左列、4)。
空間線量率の影響
われわれは、繁殖成功率に対する空間線量率の作用を評価した。空間線量率の測定値は、観測データを用いた(3)。繁殖地ごとの差異を解明するのに、空間線量率を説明変数として、階層ベイズ・モデルを用いた(手法の項を参照のこと)。作用は、われわれのモデルにおける各繁殖ステージの空間線量率係数β2の事後分布として評価された。4つのステージと営巣の成功率に関して、結果は45および2に示されている。造巣(ステージ1)と抱卵(ステージ2)に関して、95 CRIは中央近くに0値がある(2aおよびb右列、Table 5)。対照的に孵化(ステージ3)の場合、95 CRI0値が含まれているものの、0値がその上限に来ており、事後分布の96%以上は負の値になっている(2c右列、5)。さらに、巣立(ステージ4)の場合、95 CRI0値が含まれておらず、事後分布の98%以上は負の値になっている(2d右列、5)。繁殖成功率もまた、事後分布の99%以上が負の値になっている(2e右列、5)。これらの結果は、巣の下の空間線量率が造巣(ステージ1)と抱卵(ステージ2)に関わっていないものの、孵化(ステージ3)と巣立(ステージ4)が空間線量率と負の関連があることを示している。全体的に見て、繁殖成功率は空間線量率と負の強い関連がある。
5.空間線量率係数の統計値。4つの繁殖ステージと繁殖成功率における空間線量率係数β295 CRIsを示す。事後分布における負の値を持つβ2の比率もまた、β2  0の列に示し、97.5%を超える場合、*星印を付す
 2.5
平均値
97.5 
β2  0
各繁殖ステージ




造巣(ステージ1
−6.604
−1.268
3.550
0.7127
抱卵(ステージ2
−49.913
−5.080
28.973
0.6934
孵化(ステージ3
−7.417
−3.181
0.321
0.9623
巣立(ステージ4
−8.921
−4.114
−0.393
0.9840*
繁殖成功率




ステージ34
−6.888
−3.909
−1.283
0.9991*
われわれは、各ステージの比率(2左列)を空間線量率の作用(2右列)と比べることによって、その特性を表した。造巣(ステージ1)の場合、空間線量率はオオタカの繁殖行動に初期段階と関連していなかったものの(2a右列)、成功率は顕著に低下していた(2a左列)。余震など、他の環境要因の存在が、成功率低下を説明する一方法になりうるかもしれない。
抱卵(ステージ2)の場合、巣の下の空間線量率は抱卵成功率と有意に関連していなかったものの(2b右列)、2012年と2013年に成功率が低下していた(2b左列)。この結果は、非繁殖季における鳥の生活史に原因があったのかもしれない。われわれの研究対象地域では、オオタカは繁殖季より非繁殖季の方が広い範囲で獲物を狩っている12。成鳥の状態(とりわけ産卵率)が最も緊密に関連しているのは、広い周回地域の放射能汚染(すなわち、平均化された放射能レベル)であり、狭い繁殖地域の空間線量率ではないと考えられる。公的な政府報告13によれば、地域は放射性セシウムを主とする放射性核種で汚染されていた。本研究における抱卵率の低下は、福島第一原子力発電所の事故に関連しているのかもしれない。2011年に成功率が低下しなかったのは、核事故が勃発したのが3月、オオタカの繁殖季がはじまる頃だからだったと考えることもできる。20113月のオオタカ成鳥は震災前の各年と同じほど健康だったはずである。
孵化(ステージ3)の場合、巣の下の空間線量率が孵化成功率と負の関連があり(2c右列)、これは2013年に低下した(2c左列)。さらに、巣立(ステージ4)の場合、巣の下の空間線量率が巣立成功率と負の強い関連があり(2d右列)、これは震災後の全期を通じて低下した(2d左列)。われわれはしたがって、孵化成功率と巣立成功率が巣の下の空間線量率と強く関連していると提言する。興味深いことに、これらのステージにおける成功率は年ごとにますます低下する傾向にある。これは内部被曝で説明できると想定される(考察の項を参照のこと)。
繁殖(孵化/巣立)成功率もまた空間線量率と明白な負の関連があり(2e右列)、これは2012年と2913年に低下している(2e左列)。2011年における福島第一原子力発電所の事故の前には、オオタカの繁殖成功率は、2013年の50%もの低さと同じほど低下したことがなかった。震災前の最低値は、1992年の68%だった(1)。発達中の胚または幼い個体は放射能汚染の影響を強く受け14、繁殖中のオオタカも例外ではない。
「空間線量率効果」対「営巣地効果」
繁殖成功率の低下に寄与した主要因を明白に示すために、繁殖成功率の詳細な結果を3補足表S1に示す。4つの繁殖ステージの詳細な結果もまた補足表S1S4に示されている。
3.繁殖成功率のベイズ分析結果

繁殖成功率の階層ベイズ・モデル媒介変数の事後分布。(a)空間線量率係数β2。これは、表示範囲が違うだけで、2e右列と同じ図。(b)繁殖地別の繁殖成功率。(c)繁殖地別の繁殖地効果。白丸は震災前の繁殖成功率、黒丸は震災後の繁殖成功率を示す。横棒は95 CRIを示す。Full size image (78 KB)
繁殖地のすべてにおいて、震災後の繁殖成功率の事後平均値が震災前のそれより低かった。これは繁殖地No. 10でとりわけ明らかであり、95% CRIが震災前のそれに重ならなかった(3b補足表S1)。繁殖地効果、すなわち空間線量率r以外のさまざまな要因が複合した効果に小さな変動があったが、特定の方向に変化する傾向はなかった。
空間線量率は繁殖成功率と負の関連があり、その一方、一部の繁殖地(No. 5691011)において、繁殖地効果が繁殖成功率を低下させ、負の関連があった。空間線量率の効果と比較して、繁殖地効果の影響はどれほど大きいのだろうか? 空間線量率効果と繁殖地効果の比率を、6に示す。5か所の繁殖地で、空間線量率効果が繁殖地効果のおおむね1.18.1倍だった。その他の場所それぞれにおける繁殖地効果は繁殖成功率を増大させ、正の関連があった。要するに、繁殖地のすべてにおいて、空間線量率の効果が繁殖成功率の低下に関連する主要因だった。
6.「空間線量率効果」対「営巣地効果」。繁殖成功率に対する空間線量率の効果と繁殖地の効果を比較。震災前と震災後の空間線量率の違いによる効果(空間線量率効果)繁殖地の違いによる効果を繁殖地別に示す。空間線量率効果を[震災後空間線量率 震災後空間線量率]の数式で計算し、[−3.909]は空間線量率係数β2の事後平均値である。繁殖地効果は[震災後繁殖地効果 震災前繁殖地効果]の数式で計算した。繁殖地効果に対する空間線量率効果の比率を、線量効果/繁殖地効果の列に示す。繁殖地効果が正の値である場合、われわれは繁殖成功率に対する負の影響に注目しているので、[-]ダッシュで示す。1.0より高い比率が、空間線量率効果の重要性が大きいことを示している
繁殖地No.
線量効果
繁殖地効果
線量効果/繁殖地効果
1
−3.127
0.061
-
2
−0.938
0.284
-
3
−2.658
0.085
-
4
−1.368
0.308
-
5
−0.899
−0.818
1.099
6
−0.860
−0.268
3.212
7
−0.977
0.267
-
8
−0.860
0.745
-
9
−1.525
−0.189
8.087
10
−2.189
−0.662
3.305
11
−1.212
−0.444
2.731
12
−1.720
0.496
-
13
−1.876
0.069
-
次の問題は、空間線量率が繁殖成功率に影響をおよぼす程度だった。β2の事後平均値[−3.909](5)、それに繁殖地のうち、震災前期間における繁殖成功率が最高だった繁殖地No. 10の繁殖成功率・事後分布(3b補足表S1)を用いて、繁殖成功率低下の最大幅を、空間線量率の増加幅0.1 μSv/hあたり0.100と計算した(補足図S5)。
考察
われわれの研究結果は、福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質がオオタカの繁殖成功率に負の影響をもたらしたことを示唆している。繁殖成功率は、巣の下で測定された空間線量率と負の関連があった。そのメカニズムはガンマ放射線による外部被曝であると予測されていたが、状況は明らかにそれほど単純ではない。放射性物質の降下が継続しないなら、空間線量(ガンマ放射線の強度)が時間の経過とともに低下し、繁殖ステージと全繁殖期間の繁殖成功率はしだいに震災前の水準に復帰する。ところが、繁殖ステージと全繁殖期間の繁殖成功率はこのような経過をたどらなかった。
オオタカは頂天捕食者であり、その被食生物は生態系ニッチの上位を占めている1516。これら森林生態系のなかで、放射性物質の生物濃縮が起こるか否か、定かではないが、少なくとも食物連鎖上部への放射性物質の移動は起こっているようである17。チェルノブイリの場合、セシウム137とストロンチウム90の蓄積が認められ14、ツバメ(Hirundo rustica)の巣の数の減少も報告された5。さらに、食物連鎖の上位にある動物の放射性核種の蓄積度が一般的に下位の動物のそれより高いことも報告されている181920。われわれはそれ故、オオタカの繁殖成功率低下に潜むメカニズムは、空間線量率による外部被曝と同様に、福島の核事故によって放出された放射性物質の摂取による内部被曝であったのではないかと疑っている。高レベルの空間線量率は大量の放射性物質の存在を反映しているはずである。オオタカが内部被曝をこうむったと想定すれば、われわれの研究結果を次のように解釈できる――放射性物質が拡散したり、ことによると頂点捕食者に蓄積したりするまでに時間がかかるはずなので、2011年時点で、成鳥と雛鳥が食べた餌の汚染度は低かった。時間の経過とともに、頂点捕食者、オオタカに汚染が届き、次いでその繁殖成功率が低下した。
一部の放射性核種、とりわけストロンチウム90は容易に排出されない21。したがって、想定可能である継続的な内部被曝がもたらす負の影響は、深刻に懸念すべき問題になるだろう。内部被曝の影響をさらに深く確認するために、放射性物質の量およびオオタカとその被食者のあいだの放射性物質の移動を研究すれば、オオタカの繁殖成功率低下の原因を解明できるであろう。したがって、将来の研究では、オオタカおよびその被食者における放射性物質の蓄積測定値が決定されることになる。
原子力発電所の事故は鳥類種の繁殖に2類型の悪影響、直接的および間接的影響をおよぼす。直接的影響とは、前述した卵や雛鳥の外部被曝や内部被曝などである。他方の被曝による間接的影響とは、被食動物種の減少、生存率低下にともなう平均寿命の短縮および/または老化の促進などである23。オオタカに関して、福島周辺の被食動物種の減少を報告した研究がいくつかあり2425、一部のオオタカは自分で選んだ繁殖地を忠実に守り、死ぬまで居着く26ので、平均寿命の短縮は数量化できると考えられている。これらの間接的影響をさらに深く調査するために、さらなる野外研究とDNA分析が必要とされている。オオタカ成鳥の繁殖成功率低下のため、オオタカ幼鳥が減少すると考えられ、それ故、オオタカ保護の必要性がおおきくなる。オオタカ保護を定める既存の法律は、検査のために他の研究所にオオタカ1羽を移送するときにさえ、事前の許可取得を求めており、これでは、さらなる研究のために大量の試料を収集するのに妨げになる。この状況に速やかに対処しなければならない。オオタカの繁殖期に対して放射線の悪影響が存在するのであれば、生存している鳥類や他の野生種から得られるはずの量的または質的データ(たとえば、繁殖成功率や羽毛の形態)が、放射線に対して感受性が比較的低い個体をまさしく反映するかもしれない。つまり、そのような研究が放射線による悪影響を過小評価してしまうかもしれないのである。オオタカ以外の野生生物だけでなく、人間に対する悪影響も懸念されるので、広範囲の地域を長期にわたって監視することが可能になる研究プランもまた求められている。
手法
倫理声明
本研究は、環境省発行ガイドライン『猛禽類保護の進め方』(改訂版)と京都大学野生動物研究センター発行のガイドラインに従って実施した。実験手順はすべて環境省の承認を受けている。
野外研究
われわれは野外研究を22年間にわたり実施した。調査期間は1992年~2013年だった。全期間を通して、同一の手法が用いられた。われわれはオオタカの巣を見つけるために、研究対象地域を徹底的に探査した。研究対象地域は農地のなかに点在する森を含んでいたので、われわれは踏破調査法27を採用した。われわれは、森林地ごとの古い巣から半径400メートル圏内に別の巣を求めて、森林地域をすべて踏査した。見つけた巣のすべてについて、2030倍望遠鏡と8倍双眼鏡(東京、ニコン製)を使って、少なくとも週に1回の頻度で定期観測を実施した。年間の調査期間は、おおむね3月初頭の繁殖期の直前から、すべての雛鳥の巣立が確認されたあと、6月中旬までだった。オオタカに対する野外調査の専門家の一人か二人が捜索と観察を実施した。
繁殖サイクルは4つのステージに分けられた。その4つのステージとは、造巣(ステージ1)、抱卵(ステージ2)、孵化(ステージ3)、巣立(ステージ4)である。われわれは巣ごとに、4つのステージそれぞれの成功または失敗を記録した。造巣(ステージ1)の場合、オオタカ成鳥が巣作りしたり、葉が茂った小枝で確認できる巣の手直しをしたりしていれば、「成功」の観測が記録され、なにもなければ、「失敗」の観測が記録された。抱卵(ステージ2)の場合、われわれが巣のなかに成鳥がうずくまっているのを(抱卵姿勢)観察すれば、「成功」と記録され、そうでなければ、「失敗」である。孵化(ステージ3)の場合、少なくとも1羽の雛鳥の孵化を観察すれば、「成功」と記録され、1羽の孵化も観察されなければ、「失敗」である。巣立(ステージ4)の場合、少なくとも1羽の巣立ちした幼鳥を巣のある木とは別の木で観察されれば、「成功」と記録され、巣立が観察されなければ、「失敗」である。
われわれは2013628日、13か所の巣の下で核汚染による空間線量率を測定した。その13か所は、2012年に調査した40か所の繁殖地から無作為に選ばれた。測定は日中、雲で覆われ、風が非常に穏やかななかで実施された。われわれは線量計(ウクライナ国イヴィウ、スパーリングヴィスト・センター社製 TERRA-P)を用いて、3回測定し、その平均表示値を記録した。
巣の下で測定した空間線量率は、巣の周辺に沈着した放射性物質の量と密接な関連があると考えられ、繁殖地の核汚染度を表すのに適している。他にもそれに変わる放射線量、つまり雛鳥の体内線量、羽毛中の線量、あるいは土壌中の環境放射線量なども測定すれば、重要な指標になる。しかし、雛鳥や羽毛の放射線レベルは、生物濃縮を考慮すれば、空間線量率とは別の汚染経路を示すと考えられる。われわれは、繁殖地の核汚染レベルとオオタカの繁殖成功率の関連を確認することを目指した。それ故、われわれは雛鳥や羽毛の放射線レベルの測定は不適切であると考えた。さらに、土壌中の背景放射線量について、測定値が比較的広い地域の汚染レベルを反映すると考えられ、適切であるとはみなされなかった。われわれの研究対象地域のオオタカは、人間の居住地域が近いこともあって、斑点状に入り組んだ広範な変化に富む環境に生息している。おまけに、巣の下の環境は必ずしも森林土壌ではなかった。卵や雛鳥の直接被爆とオオタカの繁殖成功率の関連を評価するために、小さな特定地域の測定値が必要だった。したがって、われわれは巣の下の空間線量率を用いた。
震災前・後の繁殖成功率の比較
われわれはオオタカ繁殖サイクルの4つのステージについて、巨大震災前の造巣、抱卵、孵化、巣立の率の、ベイズ法にもとづく事後分布を推計した。われわれは、1に示す19年間(1992年~2010年)分の合計値を用いた。観察合計数に対する造巣数、造巣数に対する抱卵数、抱卵数に対する孵化数、孵化数に対する巣立数の比率値を観測データとして用いた。
われわれは、造巣、抱卵、孵化、巣立の計数が二項分布すると考えた。0からの1までの範囲の一様分布をベイズ分析の事前分布として用いた。われわれはMCMC〔マルコフ連鎖モンテカルロ法〕サンプリングのためにR 3.0.2MCMCpack 1.3–3〔ともに統計ソフト名〕を使用した。われわれは10,000サンプルを得て、4つの比率事後分布を構成した。
われわれは2に示す計数を用いて、震災後(2011年~2013年)各年の造巣、抱卵、孵化、巣立の比率を計算した。われわれはこれらのデータを対応する事後分布に位置づけた。
繁殖成功率はスクワイアーズとケネディによる定義にもとづき11、抱卵した巣に対する巣立った巣の比率と定義された。したがって、本研究では、繁殖成功率は12に示す計数を用いて、巣立数÷抱卵数で計算される。われわれはまた、震災前の繁殖成功率の事後分布を構成し、その上に震災後各年の繁殖成功率を位置づけた。
空間線量率効果と繁殖地効果のベイズ推計
われわれは4つの繁殖ステージと繁殖成功率のそれぞれについて、空間線量率が測定された13か所を用いて、階層ベイズ分析を実施した。われわれのモデルは繁殖地の違いを説明する。われわれの研究対象地域の巣をすべて2004年までに見つけたわけではなく、また核事故を除き、期間内に環境変化がほとんど認められなかったようなので、われわれは最近10年間分のデータを用いた。空間線量率は説明変数として採用された。繁殖地ごとの繁殖ステージ成功率や繁殖成功率が異なった影響を受けたと考えられたからである。われわれが震災前に巣の下の空間線量率を測定していたわけではなく、また震災後に測定した巣の近くで震災前期間の数値、0.05 μSV/h201041日~2011314日期間の平均空間線量率)28が得られたので、すべての繁殖地における震災前の空間線量率として、0.05 μSv/hを用いた。反応変数として、各繁殖地のそれぞれのステージについて、観察合計に対する造巣数、造巣数に対する抱卵数、抱卵数に対する孵化数、孵化数に対する巣立数の比率を用いた。抱卵数に対する巣立数もまた、繁殖成功率の分析のために用いた。われわれは、すべての変数が二項分布になると考え、ロジットをリンク関数に指定した。したがって、われわれのモデルは次のように表される――

上記のiは繁殖地No.I =1、2…13)であり、j は期間(j = 1:震災前、 j = 2:震災後)を表し、qij  j期間の繁殖地 i における繁殖ステージ成功率または繁殖成功率、β1 は切片〔数学:xy 平面において、直線がx軸(y軸)と交わる点のx座標(y座標)〕、 β2は繁殖ステージ成功率または繁殖成功率に対する空間線量率の係数、 Xij は巣の下の空間線量率の測定値、rij は繁殖ステージ成功率または繁殖成功率に対する繁殖地効果、dnorm(μτ)は平均 μ と精度 τをともなった正規分布、τ は分散の逆数、つまりτ = 1/σ2であり、dunif(ab)aから bの範囲の一様分布である。切片 β1と空間線量率係数 β2は、無情報事前分布、つまり平均ゼロと精度10-4をともなった正規分布になる。繁殖地効果 rij もまた、無情報事前分布、つまり平均ゼロと精度10-4をともなった正規分布になると考えられた。τ は、値がτ = 1/s2となるハイパーパラメータ〔超パラメータ。事前確率を決めたり、確率モデル全体に影響を与えたりする媒介変数〕 τ は、10−8 ≤ τ < ∞の間隔で一様に分布していた29
われわれは、R 3.0.2上でJAGS 3.3.0rjags 3–12を用いてMCMCサンプリングを実施した。サンプリング過程で、最初の10,000回試行はしくじりとして破棄され、MCMC連鎖ごとに100回試行をサンプリングとして、200,000回試行を実施した。5連鎖に対して、同じ手順が適用され、10,000件のサンプルが生成された。われわれは、収束兆候を求め、また値が1.0に非常に近接することを確かめるために潜在スケール減少係数R30の多変数版を計算した 30
われわれは得られた10,000件のサンプルを用いて、空間線量率係数β2、繁殖ステージ成功率または繁殖成功率qij、繁殖地効果rij事後分布を構成した。われわれはさらに、空間線量率の差β2(Xi2Xi1)による効果、繁殖地効果の差ri2ri1による効果を計算し、繁殖成功率の変化に対して、より大きな影響をどちらがまたらしているのかを比較した。β2、±ri1ri2は事後平均値だった。
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謝辞
われわれは、Jun Nonaka, Hiroki Funatsumaru, Hiromi Kawada and Daisuke Nagano諸氏に野外調査の支援をいただき、感謝を申しあげる。われわれは、研究対象地域の住民にみなさまにも感謝を申しあげる。本研究は、会員の献金で支えられている日本のNPO法人、オオタカ保護基金から資金を提供されている。
著者情報
所属
  1. 名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科・生物多様性研究センター
    467-8501 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字山の畑 1
    • Kaori Murase
  2. オオタカ保護財団
    320-0027 栃木県宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル2F
    • Joe Murase, Reiko Horie & Koichi Endo
役割
K.E.は、研究を発案・設計し、プロジェクトを運営。K.ER.HK.M.は、野外研究を実施。R.H.は、データを管理。K.MJ.M.は、データを分析し、数値を算出。K.M.は、草案初稿を執筆。共著者の全員が草稿を論評し、実質的に編集に加わる。
利益背反
著者らは利益背反の不存在を宣言する。
連絡先著者
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補足情報
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【連絡先著者プロフィール】


村瀬香准教授
専門分野:生態学、進化集団遺伝学、生態情報測定
研究キーワード:野外調査、実験計画学、プログラミング、統計学、生物測定学、生物情報学、熱帯生態学、社会性昆虫学

【関連サイト】
プレスリリース「原発事故がオオタカの繁殖に与えた影響
名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科・生物多様性研究センター 准教授・村瀬香

NPO法人 オオタカ保護基金

Nature論文】


【メディア報道】

47 News 2015/04/22

「原発事故でオオタカ繁殖低下」 高線量影響か

11年の東電福島第1原発事故以降、栃木県など北関東で国内希少野生動植物種オオタカの繁殖成功率が低下していることが、名古屋市立大とNPO法人「オオタカ保護基金」(宇都宮市)の研究で判明。要因を統計解析し、空間線量の高まりが大きく影響したと推計している。餌の変化など他の要因の影響は小さかった。

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