2015年10月1日木曜日

英紙ガーディアン「大量の放射性廃棄物を抱えた太平洋のドーム」

大量の放射性廃棄物を抱えた太平洋のドーム:
しかも、漏れている
マーシャル諸島のルニット・ドームは、米国による核実験の歳月の巨大な遺産である。地元住民らと科学者たちはいま、気候変動による海水面上昇のため、85,000立方メートルの放射性廃棄物が海洋に漏出する恐れがあると警告している。


エニウエトク環礁の放射性廃棄物ドーム

ルニット島にて、コリーン・ホセ、キム・ウォール、ジャン・ヘンドリック・ヒンゼル
Coleen Jose, Kim Wall and Jan Hendrik Hinzel on Runit Island
201573日 更新:713

太平洋の波が打ち寄せる浜から、ほんの数歩離れて生い茂る緑の蔓草のなかに隆起した巨大なコンクリート製ドームの上空を、黒い海鳥たちが輪を描いている。馬鹿でかい建造物は、半ば砂に埋れ、まるで着地したUFOのよう

天辺の風化したコンクリートに刻まれた数字が、建造された年「1979」をつげているだけである。この巨大な建造物は、公式には「ルニット・ドーム」の名で知られている。地元の人たちは、これを「墓」と呼ぶ。

この太平洋の遥か彼方の片隅で、厚さ45センチのコンクリート蓋の下に、冷戦時代の米国の遺物、12年間の核実験が残した85,000立方メートルの放射性廃棄物が収められている。

ドームの周縁のあちこちに汽水性の水たまりができ、その部位のコンクリートが割れはじめている。地下では、すでに放射性廃棄物がクレーターから漏れはじめている。2013年の米国エネルギー省報告によれば、ドームの周りの土砂は内容物よりも汚染されているという。

いま、地元民たち、科学者たち、環境活動家たちは、高潮、台風、その他、気候変動がもたらす異変がコンクリートの覆いを大きく砕き、内容物が太平洋に流出することを恐れている。

2010年にドームを訪れた、コロンビア大学法学院、セービン気候変動法規センターのマイクル・ジェラード所長は、「ルニット・ドームは、核実験と気候変動が合体した悲劇的な事態を呈示しています」と語った。

「これは米国の核実験の産物であり、大量のプルトニウムが残されました。それがいま、米国を筆頭とする産業諸国が排出した温室効果ガスによって、海水面が上昇した結果、しだいに冠水するようになりました」と、ジェラードはいう。

エニウェトク環礁、そしてそれよりもっと知名度の高いビキニ環礁は、冷戦初期に数十回の核爆発実験が実施された、米国太平洋核実験場の主要実験現場である。

絶海の島々――オーストラリアとハワイのほぼ中間――は、主要な人口集積地と海上交通路から遠く離れているとみなされ、1948年に地元のミクロネシア人漁師たちと自給自足農民は、200キロ離れた別の環礁に移された。

エニウエトクとビキニで1946年から1958年にかけて、計67回の大気内核爆発実験が実施され――その爆発力の総計は、12年の期間中の連日、広島型爆弾を1.6発ずつ爆発させた分の総量に相当する。

爆発によって、核弾頭に使われた核分裂性の同位体、半減期が24,000年のプルトニウム239を含む、放射能に汚染されたがれき類が島々を覆った。

1951年、マーシャル諸島におけるアイヴィ作戦の核爆発。Photograph: Bettmann/Corbis

実験が終結したとき、米国の国防総省核兵器局(DNA)は8年間の浄化事業を実施したが、連邦議会は、環礁全体を人間の居住に適した環境に戻すための包括的除染計画に必要な資金手当を拒否した。

DNAが好んだ選択肢――深海投棄――は国際協定と有害廃棄物規制によって禁じられ、放射性廃棄物を米国に持ち帰る案も魅力がなかった。

結局、米軍は単純に島々の汚染表土を剥ぎ取り、それを放射性廃棄物と混ぜあわせた。その産物である放射性スラリー(どろどろの混合物)は、ルニット島の北端にできた、漏水防止処理も施されていない、100メートル径のクレーターに投棄され、358枚のコンクリート板の下に封印された。

だが、ドームは長く保つはずがなかった。世界保健機関によれば、21800万ドルの計画が策定され、これが恒久的な除染計画が改訂されるまでの一時的措置とされた。

一方、環礁に40ある島のうち、3島だけが除染され、旧来から人口の半分が居住していたエンジェビ島は除染されなかった。そして、経費が山積すると、環礁北部の再定住事業は無期限に停滞してしまった。

それなのに、アメリカ人たちが退去準備をしていたころの1980年、ドリ・エニウエタク(「エニウエタク人」)は33年ぶりに環礁への帰還を許された。

その3年後、マーシャル諸島が米国と自由連合協定を締結し、住民は一定の権利を認められたが、完全な市民権は与えられなかった。

協定はまた、米国の核実験計画に関連する「過去、現在および将来のすべての請求権」を解消したものとみなしており――ルニット・ドームに関する責任は、マーシャル諸島共和国政府が負うことになった。

米国政府は今日、米国がすべての義務を果たしており、ドームとその有毒内容物の管轄権はマーシャル諸島側にあると主張している。

一方のマーシャル人たちは、人口が53,000人、GDPが――大半を米国の援助計画による――1900億ドルの国には、アメリカ人が残した放射能の破局的事態の可能性に対処する能力がないという。

ナム島を破壊した1954年の水素爆弾爆発の現地、ビキニ環礁のブラヴォー・クレーター。Photograph: Alamy

マーシャル大統領府の気候顧問、リヤード・ムカダムは、「一定の措置が必要な場合、地元政府に問題を解決する専門知識や資金がないのは、火を見るより明らかです」という。

今日のルニット――JD・バラードの短編『終着の浜辺』の舞台――は、まだ無人島のままだが、魚影の濃い釣り場や金属スクラップの引き揚げを目当てに、近隣の島々から来訪する人びとの流れが止まらない。

ボートで――世界二番目に――広大な浅いラグーン(礁湖)をわたって、島に近づくと、鬱蒼とした木々の合間にコンクリート構造物がかろうじて見える。

アメリカ人が退去してから3年たって、見捨てられた遮蔽壕が海岸線に点在し、黒いゴムで被覆されたケーブルが砂浜を這っている。

浜辺のどこにも、あるいはドームそのものにも、接近禁止の警報標識は――あるいは放射能標識すら――見当たらない。

600マイルかなたのマジュロに住むエニウエタク上院議員、ジャック・アディングは、彼の故郷の環礁が安全だとは信じていない。ロンゲラップ環礁、それにやはり実験の影響を受けたビキニ環礁の再定住事業は、米国が安全を保証するものの、汚染が長引くために、1970年代に中断されてしまった。

アディングは、現場の武装警備隊駐屯――あるいは最低限でもフェンスの設置――を要求しており、「閉鎖すればいい」という。

「彼ら(米国政府)がイラクのような戦争で何十億ドルも使えるのであれば、フェンスに10,000ドル使えるはずです。小さな島なのです。ルニット・ドームとその周辺を恒久的な立入禁止にしなければなりません」

地元の人たちは――マーシャル語に「汚染」を表す用語がなく――「毒」が島にあることを知っているというが、貧困化した環礁にあって、ルニットは数少ない収入源のひとつになるともいう。

核実験による健康被害にかかわる賠償請求を審査するために1988年、核損害賠償請求裁判所が設置され、これまでに総額で約24400万ドルの賠償請求が認定されたが、米国は、ドリ・エニウエタクの故郷の取り返しのつかない損害に対する完全な倍賞を済ましていない。

昔ながらの暮らしは実験で破壊されている。米国エネルギー省は、長引く汚染を根拠に、魚類とコプラ――食油になるココナツの乾燥果肉――の輸出を禁止している。

今日、人口が増えている環礁の人びとは、米国との自由連合協定による信託基金の乏しい資金を頼りに暮らしているが、支給金は一人あたり100ドルにしかならないと地元の人たちはいう。

住民の多くは借金にあえぎ、米国農務省の資金による補足食料計画に頼っており、スパム印豚肉缶、小麦粉、缶詰食品などの加工食品の支給を受けている。何世紀も受け継がれてきた生活様式が破壊されたため、島に糖尿病が蔓延し、飢餓が繰り返されている。

首都からエニウエトクに補足食料を運搬する船舶であり、いま環礁を転出入する人たちが乗船しているレイディE号。Photograph: Coleen Jose/Coleen Jose

余裕のある人たちは、協定が定めるビザなし渡航の特権を使って、ハワイに移住した。

環礁で最大の島に夫のヘミーと暮らしているローズマリー・アミトクは、「エニウエタクにお金がありません。なにをすれば、お金が稼げるのでしょう?」と問いかけた。

夫妻は、ルニット、その他の環礁の島で銅スクラップをあさって、その日暮らしを支えている。彼らは一時に数週間、島で間に合わせのテントで野営し、ヘミーが電線や金属片を掘り出している。

夫妻は掘り出したものを1ポンドあたり1ドルか2ドルで中国人の商人に売り渡しており、その中国人はエニウエトク唯一の店を構え、貝殻とナマコと一緒に金属類を中国の福建省に輸出している。

他の――そして、もっと気がかりな――エニウエトクの歴史の痕跡が、中国に届いている。『環境科学・工学』誌に掲載された2014年の研究によれば、核実験に由来するプルトニウム同位体が、遥か離れた広東省の珠江デルタで見つかっている。

エニウエトク住民の多くが、いつの日か、ドームが割れて開き、高度に放射性の廃棄物が拡散することを恐れている。

破局的な気候事象が頻発するようになり、最近の研究――エネルギー省が実施したルニット・ドームの構造的健全性に関する2013年の研究など――が、台風がセメント板を破壊または損傷し、あるいは島を水没させる可能性を警告している。

米国エネルギー省がローレンス・リヴァモア国立研究所に委託した2013年の研究は、すでに放射性物質がドームから浸出していることを認めたが、深刻な環境被害や健康リスクの可能性を過小評価している。

エネルギー省に委託されたローレンス・リヴァモア国立研究所・マーシャル諸島計画の科学監督、テリー・ハミルトンは、「ドームの内部の廃棄物は、少なくとも格納されております。ルニット・ドームが地元の人たちの脅威になる懸念は、それほどありません」と述べた。

ハミルトンは、コンクリートの亀裂は長期にわたる乾燥と収縮の結果にすぎないが、エネルギー省は住民の信頼を回復するために外観修復実施を計画しているといった。

エネルギー省は、エニウエトクは人間が居住しても安全であると主張し、地元住民、地下水、農産物、海洋生物の放射能をモニターしているという。金属スクラップの掘り出しを疑われた人たちに対する個別検査が実施された。

エニウエトク住民はコプラと魚類の販売を許されていないが、物産品は国際市場の安全基準に合格するだろうとハミルトンは主張する。

だが、地元住民らは、基本的情報が――彼ら自身のプルトニウム被曝の検査結果を含めて――納得できるものではないと訴えている。

独立系の科学者たちは、ルニットのスクラップを回収する地元住民が、標準より遥かに高レベルのリスクに晒されている可能性があるという。

今年はじめにルニットを訪れ、礁湖のなかの堆積物試料を収集したウッズホール海洋研究所の上席研究員で海洋化学者、ケン・ビューセラーは、「そういう人たちは、ホット・スポットのガラクタのなかで息を吸いながら、泥土を掘っているのです。これでは、水泳に比べて、健康に影響をおよぼす可能性のある線量が何百倍も何千倍も高くなるはずです」と語った。

 
19467月のビキニ環礁核実験のあと、放射能レベルを下げるために、プリンツ・オイゲンの甲板を磨く海軍の浄化班員たち。Photograph: AP

バラク・オバマは2012年、エネルギー省に対して、ドーム下の地下水をモニターし、外部の視認調査を実施して、ドーム内の汚染がドリ・エニウエタクの健康にリスクをおよぼしているか否かを判断する報告を提出するように指示する法律に署名した。

在マーシャル諸島米国大使、トーマス・アームブラスターは質問に対するEメール返信で、米国政府、エネルギー省、マーシャル諸島政府の最近の会談が「これまでになく最高のものでした」と回答した。

大臣自身は、その出会いを違ったふうに憶えていた。

トニー・デ・ブルムが、195431日にビキニ環礁で試験された米国核実験史上で最大威力の水素爆弾、キャッスル・ブラヴォの眼もくらむ閃光、雷鳴のような轟音、血のように赤い空を体験したとき、彼は9歳で、リキエップ環礁に住んでいた。

いまはマーシャル諸島政府の外務大臣である彼は、その後、国際気候問題交渉における小島嶼諸国の代弁者として、核兵器拡散防止の先導的な推進者として名を上げた。デ・ブルムは、米国を含む、世界の核保有諸国を相手取った、国際司法裁判所における野心的な訴訟の陣頭指揮を執っている。

「わたしはアメリカ人たちに、『あなたがたは【被曝の恐れがあるにつき、立入禁止】と書かれた標識をドームに設置しますか?』と質問しました」と、彼はいった。

「わが国の大統領は、『鳥たちや海亀にもわかるように、標識を高く掲げていただけますか?』と質問しました」

米国が、核実験場の押し付けに関して、マーシャル諸島に公的に謝罪したことは一度もない。人権および有毒廃棄物に関する国連特別報告者、カリン・ジョルジェスクが2012年にマーシャル諸島を訪問したとき、彼は、島民たちが自国内で「流浪の民」のように感じていると評して、米国を批判した。核実験が「マーシャル人たちの心と精神に不信の遺産を植えつけた」と彼はいった。

エニウエトクの被追放民代表の上院議員、アディングは国の首都でインタビューしたさい、「なぜ、エニウエトクなのだ?」と問いかけた。「毎日、わたしはこの同じ質問をしています。なぜ、世界の他の環礁でなかったのか? あるいは、なぜ、彼らの裏庭、ネヴァダで実験しなかったのだ? わたしには、理由がわかっています。彼らは、自国の裏庭に核廃棄物を置いておく重荷を負いたくなかったのです。彼らは核廃棄物を何万マイルの彼方に置きたかったのです。それが、マーシャル諸島を食い物にした理由です」。

「彼らにできる最低限のことは、過ちを正すことです」

本稿は、The GroundTruth Projectが制作したマルチメディア・プロジェクトの一環である。




Topics

【クレジット】

The Guardian, “This dome in the Pacific houses tons of radioactive waste – and it's leaking”
本稿は、公益・教育目的の日本語訳。

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20141227


米国が1946年から1958年のあいだに67回の核兵器実験を実施したマーシャル諸島エニウエトク環礁に飛ぶ定期便はない。わたしが、海水面上昇がマーシャル諸島におよぼす危険を調査するため、2010年に初めて首都のマジュロを訪問したさい、学校を贈呈するためにエニウエトクに飛ぶ高官たちの特別便になんとか搭乗した。そこから小さなボートに乗り、世界がすっかり忘れてしまった核廃棄物処分場を訪問した。

20141226日金曜日

20129月、有害物質および廃棄物の環境的に健全な廃棄処分と人権の関連に関する国連特別報告者、カリン・ジョージェシュク博士は、マーシャル諸島における米国の核兵器実験プログラムの遺産に関する報告を国連人権委員会に提出した1。この遅れに遅れた報告は、太平洋におけるアメリカの核実験の歴史、その後のマーシャル諸島民の健康と福利の両面にわたる過小評価、1946年から1958年にかけて実施された67回の(大気中および海中)核兵器実験がもたらした放射能汚染に関して、手厳しい評価を下している。

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エニウェトク環礁ルニット島

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