アジア太平洋と世界を形成する諸力の分析
2016年9月15日
Volume 14 | Issue 18 | Number 1
3.11核惨事と日本の核発電の将来を見直す
――菅直人元首相インタビュー
取材:ヴィンセンゾ・カポディチ
序論:ショーン・バーニー
翻訳:リチャード・ミネア
菅直人
民主党政権下の2010年6月から2011年8月にかけて、日本の首相。東京工業大学を卒業。2015年以降の国際開発に関する高級レベル国連パネルの評議員を務める。
Shaun Burnie
ショーン・バーニーは、グリーンピース・ドイツの核スペシャリスト。1991年からグリーンピースの核問題啓発運動員および世話人として活動し、日本で――1999年から2001年にかけて、東京電力のフクシマ反応炉MOX燃料装填計画の阻止をめざす市民運動を支援するなど――25年間あまり活動している。
Richard H. Minear
リチャード・H・ミネアは、マサチューセッツ大学アムハースト校で日本史を担当する名誉教授、アジア太平洋ジャーナルの寄稿者にして編集員。“Hiroshima: Three Witnesses”(Princeton, 1994)[ヒロシマ~3人の目撃証言者]の編者・訳者であり、著書に“Japan’s Past Japan’s Future: One Historian’s
Odyssey”(Rowman & Littlefield, 2011)[日本の過去と日本の将来~ある歴史家のオデッセイ]、“The Day the Sun Rose in the West: Bikini, the Lucky Dragon, and I”(Hawaii, 2011)[太陽が西に昇った日~ビキニ、福竜丸とわたし]など。
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序論
世界の核産業は20年以上にわたって、核発電に関する論争を気候変動の語り口の枠内に押し込めようと企んできた。核発電は他のいかなる選択肢よりも優れているというわけである。そのように議論は進行した。既存の二大市場、米国と日本における野心的な核発電拡大計画、そして中国における核発電の成長は、このテクノロジーには未来があると――少なくとも皮相的には――示しているように思えた。少なくとも政治のレトリックやメディアの受け売りの観点では、この主張が論争に勝っているように見受けられた。そして、2011年3月11日が到来した。核エネルギー推進派の最右翼は、核エネルギー拡大の理由として、福島第一核発電所事故を挙げることさえした。影響は少なく、だれも死んでいないし、放射線レベルにリスクはないというわけである。国際的な(とりわけ英語圏の)メディアにも、このように主張したコメンテーターが少数ながらいた。
しかし、2011年3月11日、福島第一核発電所で事故が勃発した当初から、核エネルギーの厳しい現実が、世界全域、数十億の人びとの目に暴露され、とりわけ、核災害によって避難を余儀なくされた160,000人を超える人びと、また最悪シナリオが現実になっていた場合、危険にさらされていたはずの、さらに数百万の人びとを含め、日本国民にはなおさらのことだった。核産業とその支持者らによる神話でっちあげの暴露を主眼としてきた有無を言わせぬ際立った声が、2011年当時の総理大臣だった菅直人氏の見解表明である。推進論者から手厳しい批判論者への彼の転向は容易に理解できるかもしれないが、それをもって、その賞賛すべき勇気の値打ちが下がるわけではない。本質的に高上りの湯沸かし方法である技術によって、首相が奉仕し、守ってもらえるように選出してくれた主権者の半分の生存が脅かされるとすれば、どこか明らかに間違っている。主に損壊した核発電所の労働者たちの献身的な働きのおかげであったが、それと同時に菅氏と彼の配下たちによる介入のおかげ、また運のおかげで、日本は社会の崩壊を免れた。4号炉の冷却プールの水位を維持した漏れのあるパイプがなかったとすれば、直前に圧力容器炉心部から取り出されたばかりの炉心全体を含め、プール内の高度に照射された使用済み燃料が露出し、他の反応炉3基から放出された分より遥かに大量の放射能が放出されていただろう。その後、次々と連鎖的につづく事象のために、他の反応炉でも、その使用済み燃料プールを含め、全体的な制御不能に陥り、菅元首相が恐れたように、東京首都圏全域まで拡大した大量避難を余儀なくされただろう。日本の元首相のうちの3名が核発電にただ反対しているだけでなく、積極的に反対運動を展開しているのは、世界の政界で前例のないことであり、フクシマが数千万人の日本国民に投げかけた脅威の規模を証ししている。
核エネルギーは、発電量に占める占有率の点で、また再生可能エネルギーとの関連で、これまで20年にわたり世界的に衰退しつつあり、これが現実である。福島第一核発電所の事故以来、この衰退傾向は激化する一方になっている。核産業は、[放射能の]世界排出量に深刻な影響をおよぼすレベルまで核エネルギーの規模を拡大できないことを十分に承知していた。だが、それが眼目ではなかった。業界は生き残り戦略として、気候変動論争に跳びついた。既存の老朽化した反応炉の延命を確かなものにし、これから数十年間に新規核発電容量を――少なくとも中核的な核産業基盤が今世紀半ばまで生き残ることが可能になる程度まで――積み増しすることができるようにするためである。夢は今世紀半ばまで生き残ることであり、その時になれば、商業用プルトニウム高速増殖炉、その他の第4世代設計型炉によって、無制限エネルギーが実現するだろう。これはいつでも神話だったが、電力会社、核関連供給業者、業界とつるんだ政界にとって、商業的・戦力的な根拠があった。
福島第一核発電所事故の根本原因が生じたのは、2011年3月11日よりずっと前、他にほとんど類がなく大規模な地震活動に襲われやすい国で、反応炉を建造し、運転すると決定した時に遡る。5年あまりたった今も、事故はこれから数十年先まで累がおよぶレガシー[遺産]を伴いながら継続している。日本における次なる破局的な事故を防ぐことが、いまや元総理大臣の情熱になっていて、その彼は、再生可能エネルギーを基盤にする社会へと移行することに意を決した日本国民の多数派に加わっている。日本の核エネルギーに引導を渡すのは可能であるという点で、彼は確かに正しい。電力業界は、稼働している反応炉が3基だけに限られ、国内各地の裁判所で法的に異議を申し立てられ、危機のさなかにある。政府がどのような政策を選ぼうとも、六ケ所村でのプルトニウムの分離ともんじゅ増殖炉やその幻想的な後継炉でそれを使用することにもとづく、日本の核燃料サイクル政策全体の根拠は、これまでになく劣悪な状態に陥っている。だが、菅直人氏がたいがいの人よりよくご存知のように、これは体制の内部に組み込まれた産業であり、いまだに絶大な影響力を振るっている。これを打倒するためには、断固たる意思と捨て身の努力が必要とされるだろう。幸いなことに、日本の人びとはこの資質にたっぷり恵まれている。SB[署名]
インタビュー
Q:あなたのメッセージの核心は、どのようなものでしょうか?
菅氏:わたしもまた、フクシマ反応炉の事故が起こるまで、日本の技術は優れているので、チェルノブイリのようなことにはならないと自信をもっていました。
だが、現実にフクシマに直面して、わたしは完全に間違っていたと思い知らされました。なによりもまず、惨事の瀬戸際に立っていると悟りました。これはほんの序の口に過ぎず、国土の半分、東京首都圏の半分が放射能に汚染され、50,000,000人の国民が避難しなければならないところでした。
福島第一核発電所の爆発を捉えた衛星写真
国土の半分が放射能で覆われ、人口の半分近くが逃げなければならない。考えられる限り、比べられるものは大戦争の敗北だけです。
リスクがそれほど途轍もなく大きかったこと、このことこそが、みなさん全員、日本国民のすべて、世界人類全員、イの一番に知ってほしいことです。
Q:あなたご自身が自然科学者でいらっしゃるが、それなのに人間は核の力を扱えるという分析を端から信じておられないのですか? 技術が進歩し、最終的に核発電を使っても安全になるとは信じられませんか?
菅氏:一般論として、あらゆるテクノロジーにリスクはつきものです。たとえば、自動車は事故を起こしますし、飛行機も墜落します。だが、事故が起こるとすると、リスクの規模がその技術を使用するか否かといった問題に影響します。技術を使用する場合のプラス面と使用しない場合のマイナス面を比較するのです。核反応炉の場合、フクシマの事例では、そのリスクは、すんでのところで50,000,000人が避難しなければならないほどだったとわたしたちは思い知りました。さらにまた、たとえ核反応炉を使わなかったとしても――じっさい、事故のあと、核発電を使わなかった時期がほぼ2年間あったのですが、国民の福利に大きな影響はありませんでしたし、経済的影響もありませんでした。ですから、これら要因全体を考慮すれば、広い意味で核発電を使うメリットはありません。これがわたしの判断です。
もうひとつ言わせてください。核発電と他のテクノロジーの違いについていえば、要するに放射能の管理が極めて困難だということです。
たとえば、プルトニウムは長期にわたって放射線を出します。半減期が24,000年であり、核廃棄物はプルトニウムを含んでいますので――たとえ放置して使わずに廃棄処分するにしても――その半減期は24,000年、実質的に永久です。だから、これは使うにしても――付け加えておきたい点ですが――非常に厄介なテクノロジーです。
Q:少し前、プラッサー教授の講演で、第三世代反応炉なら、リスクを避けることができるとされていました。どのようにお考えですか?
菅氏:それはフボストーフ教授がおっしゃったことと同じ類いのことですね。核反応炉がたくさんあったとしても、フクシマ核事故やチェルノブイリ規模の事象は100万年に一回しか起こらないと言ってきました。だが、現実として過去30年間に、スリーマイル・アイランド、チェルノブイリ、フクシマと立て続けに事故は起こりました。プラッサー教授は段階的に安全になっているとおっしゃいますが、事実として、事故は予測を超えて頻繁・大規模に発生しています。プラッサー教授がおっしゃるとおり、部分的な改良は可能ですが、だからといって、事故が起こらないわけではありません。装置が事故原因になりますが、人間も事故原因になります。
Q:今日はフクシマ事故から5年目です。目下、日本の状況はどうなっていますか? 2018年に避難民を自宅に帰還させはじめる計画があると聞いています。どの程度、汚染除去が完了しているのですか?
菅氏:フクシマの現場の状態を見てみましょう。1、2、3号炉がメルトダウンを起こし、溶け落ちた核燃料がいまだに格納容器に沈着しています。毎日、それを冷却するために注水しています。2号炉の容器内の放射線量は、70シーベルト――マイクロシーベルトでも、ミリシーベルトでもなく――70シーベルトです。70シーベルトの放射線が照射されている区域に人間が近づくと、5分以内に死にます。この状況がずっと続いているのです。それが現在の状況です。
さらに言えば、注入される水は格納容器から出て、再循環されるといいますが、じっさいには地下水と混じりあい、一部は海に流出します。安倍首相は「アンダー・コントロール」ということばを口にしましたが、わたしも含めて、日本の有識者らは、一部が海に流出しているなら、アンダー・コントロールであるとは考えません。専門家のみなさん揃って、こういう見方をしています。
現場の外側の地域についていえば、100,000人を超える人びとがフクシマ地域から逃げました。
そこで政府はいま、住宅の除染を推し進めていますし、それだけではなく農地の除染を進めています。
土壌を除染しても、放射能は一時的か部分的にしか減りません。たいがい、セシウムは山から降りてきて、元の木阿弥です。
福島県と政府は、除染が完了した一定地域は居住が可能になったと言っていますので、住民は2018年までに帰還しなければなりません。おまけに、その期限がすぎると、県と政府は逃げた人たちに支援を提供しないつもりです。だが、まだ危険であり、みずからの判断で――わたしたちが言っているように――まだ危険だと考える人たちにも同じレベルの支援の提供を県と政府はつづけるべきです。
現場の状態と逃げた人たちの状態を考えると、除染は完了したと単純にいえません。
Q:フクシマ事故以来、あなたは核反応炉廃絶の有力な提唱者になられました。でも、結局、安倍氏の政治体制が政権の座につき、逆の方向に進んでいます。いま3基の反応炉が稼働しています。現状を見ていて、怒りを覚えておられますか?
菅氏:安倍首相がやろうとしていること――彼の核反応炉政策やエネルギー政策――は明らかに間違っています。わたしは現在の政策に強く反対しています。
だけど、逆戻りの動きは着実に進行しているでしょうか? 3基の反応炉がじっさいに稼働しています。しかし、言い換えれば、3基しか稼働していないことになります。なぜ3基だけなのでしょう? たいていの人――国民の半分以上――がいまだに強固に抵抗しています。今後、たとえば、新規核発電所の建設、あるいは既存核発電所の運転認可期間延長ということになれば、反対世論は極めて強硬になり、たやすく実現するどころの話でなくなります。その意味で、日本における今日の状況は、核発電回帰に熱中している安倍政権と核発電撤廃をめざしている国民の激烈な対立――綱引き――状態なのです。
安倍首相の最も近い助言役の二人が彼の核エネルギー政策に反対しています。一人は彼の妻です。もう一人は、安倍氏を引き立てた小泉元首相です。
Q:最後の質問です。10年以内に日本が核エネルギーを廃止する可能性があるか否か、お話しください。
菅氏:長期的には、核エネルギーは段階的に廃止されるでしょう。でも、今後10年で廃止されるのかとお尋ねなら、わたしには言えません。たとえば、わたし自身の党の内部でも意見が分かれています。一部の向きは2030年代には廃止したいと考えています。ですから、今後10年で完全に廃止できると言えませんが、長期的には、たとえば2050年か2070年には完全になくなっているでしょう。一番重要な理由は、経済です。他のエネルギー形態と比較すれば、核エネルギーのコストが高上りであることが明らかになっています。
Q:ありがとうございました。
【クレジット】
The Asia-Pacific Journal, Volume 14, Issue 18, Number 1, “Reassessing
the 3.11 Disaster and the Future of Nuclear Power in Japan: An Interview with
Former Prime Minister Kan Naoto,” posted on September 15, 2016 at;
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【付録】