2012年1月26日木曜日

ふくしま集団疎開裁判 福島地裁郡山支部決定書(抄録)






以下は、福島地方裁判所郡山支部による決定の要約版です。

決      定

主      文
本件申立てを却下する。

中立ての趣旨
1  債務者は,債権者らに対し,別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50センチメートルまたは1メートルのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点の学校施設において,債権者らに対する教育活動を実施してはならない。
2   債務者は,債権者らに対し,別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50センチメートルまたは1メートルのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点以外の学校施設において,債権者らに対する教育活動を実施しなければならない。

事案の概要
本件は,福島県郡山市に居住し,別紙学校目録記載の郡山市立の各小中学校に通う債権者らが,人格権及び安全配慮義務の履行請求権に基づき,同市内の小中学校を所管する郡山市教育委員会を設置する債務者に対し,平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴い,東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第1原発」という。)において発生した大量の放射性物質の流失を伴う原子力事故により,債権者らが通う各小中学校における放射線量の積算値が1年間の最大許容限度である1ミリシーベルトを超え,債権者らの生命・身体・健康に重大な影響を与える危険な状況になっていると主張して,このような危険地域における教育活動の差止め及び危険地域外において教育活動を実施することを求めた事案である。
3 判断理由の要約
放射線による影響を受けやすい児童生徒を集団で避難させることは,政策的見地からみれば,選択肢の一つとなり得るものである。しかし,債務者には,郡山市に居住する他の児童生徒が存在する限り,教育活動を実施する義務があり,教育活動の性質上,債権者らに対する教育活動のみを他の児童生徒に対する教育活動と区別して差し止めることは困難である。債権者らの申立ての趣旨は,事実上,債権者らが通学する小中学校の他の児童生徒に対する教育活動をも含め当該小中学校における教育活動の実施をすべて差し止めること等を求めるものと認められるから,その被保全権利の要件は厳格に解する必要がある。
しかるに,債務者による除染活動が進められていることや放射線モニタリングの結果などを考慮すると,現時点において,警戒区域でも計画的避難区域でもない郡山市に居住し債権者らと同じ小中学校に通学する他の児童生徒の意向を問うことなく,一律に当該小中学校における教育活動の実施の差止めをしなければならないほど債権者らの生命身体に対する具体的に切迫した危険性があるとは認められない。
また,債権者らに対する損害を避けるためには,債権者らが求めている差止め等が唯一の手段ではなく,区域外通学等の代替手段もある。
したがって,本件申立てについては,被保全権利が認められない。
4 当裁判所の判断
(略)
(4) ‥‥
 債権者らの本件申立ては,実質的には,自己に対する権利侵害又はそのおそれを理由に,自己とは関係のない他の多数の児童生徒に対する関係でも,その意思とは無関係に,これらの者が現に享受している債務者の教育活動の実施についても差止め等を求めるものである。そうだとすると,これを認めるための要件は厳格に解する必要があり,債権者ら各人にその生命身体に対する侵害による被害の危険が切迫しており,かつ,当該侵害により回復しがたい重大な損害の生じることが明らかな場合であって,しかも,その損害を避ける手段として,債権者ら及び債務者その他利害関係を有する者が受ける負担や不利益を比較考量した上,他に適切な代替手段がないことを要するものと解するのが相当である。‥‥
(5) 債権者らに具体的な被保全権利が認められるか否かについて検討するに,現行国内法は,ICRPの2007年勧告と同様,公衆の被ばく限度として,年間1ミリシーベルトを採用しており,債権者らも,これを前提に放射線の空中線量が年間1ミリシーベルトを確実に超えると推計されるような地域(0.2マイクロシーベルト/時)における教育活動の実施の差止め等を求めている。
(6) しかし,もともと,100ミリシーベルト未満の放射線量を受けた場合の癌などの晩発性障害の発生確率に対する影響については,実証的に確認されていない。したがって,被ばく量が100ミリシーベルト未満の被ばく領域における被ばく限度の基準は,被ばく量の低い領域でも低いなりの確率的影響が起こり得ると仮定した上で,設定されていることになる。この場合,因果関係は科学的見地からは不明ではあっても,不明であるからこそ,政策的見地から,できるだけ安全面を考慮した基準が設定されるのであり,放射線防護学においても,自然界に存在する放射線量を超えた被ばくは少ないに越したことはないとする考え方が採られるのである。ICRPの年間1ミリシーベルトの基準も,その意味では絶対的なものではない。したがって,一方では,4月19日付け文科省通知のとおり,非常事態が収束した後における暫定的な目安として,年間1~20ミリシーベルトと緩和する考え方が示されることがあるが,他方では,ICRPの年間1ミリシーベルトの基準は内部被ばくの問題を考慮しておらず,安全性の見地からは不十分であるとの批判もあり,欧州放射線リスク委員会(ECRR)の2010年勧告は,年間0.1ミリシーベルトを公衆被ばく限度の基準としていることは上記認定事実のとおりである。
(7) したがって,債権者らの主張するとおり,空間放射線量が年間1ミリシーベルトを超えると見込まれる地域についてはもちろん,それより低い地域においても,通常より高い放射線量による被ばくのおそれがある限り,放射線による影響を受けやすい児童生徒を集団で避難させることは,これらの児童生徒の安全確保のための政策上の選択肢の一つとなり得るものである。
(8) しかしながら,そのことと,債権者らが債務者に対し,本件申立てにおいて主張するような差止め等を求める一義的な法的権利があるかどうかは別の問題である。後者の問題については,上記(4)で述べた要件に沿って,被保全権利の有無を検討する必要があると解されるところ,次に述べるとおり,本件においては,要件を満たしていることについて十分な疎明があるとはいえない。
ア まず,債権者らが主張する被ばくによる生命身体に対する侵害による被害の危険性は,長期にわたる低線量の被ばくの結果,確率的に生命身体に対する侵害が発生する可能性があるというものである。確かに,その生命身体に対する侵害自体は,回復しがたい重大な損害ということができるが,その侵害による被害の危険性は,将来の被ばく量及び被ばく期問に左右される不確定な事実である。
イ そして,上記認定事実によれば,債権者らの通う小中学校近辺における放射線量は,債務者による表土除去工事等の除染活動後には,線量が低下していることが認められる。また,児童生徒は放射線量が測定された特定の地点に24時間静止しているわけではなく,地点を移動し,様々な屋内及び屋外活動を行うから,学校教育施設における被ばくの実態により近いのは,上記学校教職員が実施した簡易型積算線量計によるモニタリングの結果であると考えられるところ,このモニタリングの結果によれば,平成23年6月及び8月のいずれの計測結果においても,債権者らが通う小中学校における計測結果は,0.2マイクロシーベルト/時未満となっている。
ウ 債権者らは,債務者が実施したモニタリングは教職員が測定したものであり,児童生徒が校庭で過ごすときにも教職員は校舎内で過ごすことが実態であるから,その測定値は信用することができないと主張する。しかし,債務者は平成23年5月以降,郡山市内の小中学校における体育等屋外での活動を1時間以内,部活動を2時間以内に制限し,体育はできるだけ屋内を使用し,部活動は雨天時,強風時等には実施しない等屋外活動を制限しているから,このような制限下においては,債権者らの被ばく量が上記モニタリング結果と大幅に異なるとは考えがたい。また,テレビ番組(甲65)の測定結果は,二本松市において条件の異なる環境下で測定されたものであるから,比較する前提を欠くといわなければならない。さらに,債権者の父兄が測定した結果(甲63)は,計測地点,測定方法寺及び集計方法が異なる以上,上記教職員による測定値と値が異なるのは避けられないし,児童生徒が特定の計測地点に24時間静止しているわけではないことを考えると,上記モニタリングの結果の信頼性を左右するに足りるものではない。
エ したがって,今後,除染作業の進捗により,さらに放射線量が減少することも見込まれることや,上記のモニタリングの結果から窺われる債権者らの小中学校における実際の被ばく量の程度を考慮すると,債権者らの生命身体に対する切迫した危険性があるとまでは認められない。債権者らは,内部被ばくの危険性に関し,債権者らが放射性希ガスの吸入や放射性物質で汚染された土壌と野菜の摂取による内部被ばくの危険性にさらされていると主張し,内部被ばくによる癌や心臓病の発生等の危険性について言及する意見書(甲49,甲72,甲73,甲75,甲76,甲81,甲82等)を提出している。これらの意見が指摘する放射線の内部被ばくの危険性は決して軽視することができるものではないが,個々の債権者らについて,その具体的な内部被ばくの有無及び程度は明らかにされていない。のみならず,内部被ばくは,体内に入った放射性物質により長期問にわたって受ける被ばくであり,債権者らが求めている 測定高さが50センチメートルまたは1メートルのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が 0.2 マイクロシーベルト/時以上の地点の学校施設 」における「 債務者の債権者らに対する教育活動の実施の差止め」等と,債権者らの内部被ばくの危険性の防止又は除去との具体的な因果関係も明らかではない。したがって,これらの意見書は,直ちに債権者らの本件仮処分に係る被保全権利の存在を裏付けるに足りるものではない。債権者らは,福島原発事故発生から積算した被ばく量をも考慮すべきである旨主張するが,過去の被ばくそれ自体は,本件申立てにより防止することができる性質のものではない。そして,100ミリシーベルト未満の放射線量を受けた場合における晩発性障害の発生確率について実証的な裏付けがないことや,4月19日付け文科省通知において年間20ミリシーベルトが暫定的な目安とされていたことを踏まえると,過去の被ばく量と併せて年間1ミリシーベルトを超える被ばく量が見込まれるとしても,これにより直ちに生命身体に対する切迫した危険性が発生するとまでは認めることはできない。したがって,結局,債権者ら各人について,現時点で,警戒区域でも計画的避難区域でもない郡山市に居住し,債権者らと同じ小中学校に通学する他の児童生徒の意向を問うことなく,一律に教育活動の差止めを求めるだけの生命身体に対する具体的に切迫した危険性があることを認めるに足りる疎明はない。





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