2014年11月19日水曜日

サラ・ザン【エッセイ】猫は放射性廃棄物の山を越えていった~ユッカ・マウンテン:神話的な時間と世俗的な時間が衝突する

Method: SCIENCE IN THE MAKING


猫は放射性廃棄物の山を越えていった
ユッカ・マウンテンの内部で――記念碑的なものと世俗的なものが番あって――想像を絶する長期的時間スケールと人間の時間スケールが衝突している。
Inside Yucca Mountain, incomprehensibly long time scales clash with human ones—pairing the monumental and the mundane.

サラ・ザン Sarah Zhang
キティ、色を変えてはいけない    Don’t change color, kitty.
キティ、君の色を大事にするのだ   Keep your color, kitty.
真夜中の漆黒のままでいるのだ   Stay that midnight black.
色変わりが匂わす放射能は      The radiation that the change implies
間違いなく殺す              can kill, and that’s a fact.
「核廃棄物埋蔵所の近隣住民を気落ちさせる10,000年の耳虫」歌詞より
-Lyrics from “10,000-Year Earworm to Discourage Settlement Near Nuclear Waste Repositories



ユッカ・マウンテンの神話を語るには、手始めに料金のことから語ってもよいだろう。1983年のこと、キロワットあたり1セントの10分の1という、ごく少額の料金がアメリカの電気料金請求書に記載されはじめた。このお金は、原子力時代の巨大な墓に転換中だったネヴァダ核実験場の外れにある大地の小皺(こじわ)、ユッカ・マウンテンにご用立てするものだった。この場所に、放射能が安全なレベルに減衰するまでの少なくとも10,000年間、原子力発電所と核兵器の廃棄物が保管されることになっていた。政府は破綻するかもしれず、文明は崩壊するかもしれなかったが、ユッカ・マウンテンは残ると想定されていた。
2014年、エネルギー省が核廃棄物処分基金に300億ドル積んだあと、音なしの構えで料金徴収を停止した。ユッカ・マウンテン核廃棄物処分場が存在しなかったので、裁判所が料金徴収をしてはならないと宣告したので、取りやめたのである。岩のなかに――意図された40マイルのうち――5マイルのトンネルが掘り進められていたが、そこに放射性廃棄物は貯蔵されていなかった。1998131日に計画されていた開所日をバツの悪い余裕でやり過ごしたあと、2010年にオバマ政権は長引いていたユッカ・マウンテン建造計画を放棄した。3年半後、裁判所は連邦政府が建造する意志のない施設の料金を徴収し続けることができないと命じた。
ユッカ・マウンテン核廃棄物集積所は存在しないままであると見るのが一法だが、それでも別な政治的失策、神話の山を築くために徴収された納税者のお金である300億ドルは残る。
だが、ユッカ・マウンテンはそれ以上のものだ。その背後にある野望は、政治家の任期である2年、4年、あるいは6年すらもはるかに凌駕する。われわれは、エジプトの大ピラミッドより永く、いかなる人工構築物より永く、いかなる言語よりも永く永続する構造物を建造しようとしたのである。わたしたちが人類存在の長い見通しを適用するように強いられたとき――10,000年の未来から現時点を振り返るとき――ユッカ・マウンテンを神話に近い用語で眺めないのはむつかしい。わたしたちが今日、パルセノンやストーンヘンジ――異質な精神性が吹きこまれた巨大構築物――について思いを巡らすようにして、未来の地球人がそれについて思いを巡らすのを想像することができる。
1万年は伝説の時間スケールであるかもしれないが、核廃棄物貯蔵は人類の非常に現実的で具体的な問題である。それは不可解にも永続的な時間スケールが人間の時間スケールに激突し、壮大なヴィジョンがまるっきり平凡で狭量な勢力に衝突する問題である。


ユッカ・マウンテンの内部Image: U.S. Department of Energy.

放射能は、目に見えず、音も聞こえず、匂いもしない危険であり、まるでお化けの脅えるような存在だ。汚染された施設で、全身スーツで身を包んだ男たちがガイガー・カウンタで放射能を探っているのを見かける。その目的を知らない人が見れば、原子力聖職者の一団が祭服をまとって、なにか目に見えない力に訴えかけているのと似ているかもしれない。
線量レベルが高い場合、放射線は体を貫き、即座にそれと分かる形で生体組織を損傷する。低いけれど、やはり危険なレベルでは、放射線が体を貫通しても、感知できず、音も聞こえず、見ることもできないが、DNAストランド(らせん構造)の結合を損なうかもしれず、そのために突然変異が生じ、それが細胞分裂のたびごとにコピーを繰り返し、やがてある日、そうした細胞のひとつが癌になる。呪いが何年もかけて、あるいは何十年もかけて具現するように、それは時機到来を待っている。


エネルギー省は1981年、未来と交信する方法を探るための特別委員会を招集した。
助言を求められた専門家の委員会には、技術者はもちろん、考古学者、言語学者、非言語交信の専門家各1名が呼ばれていた。人間口介入作業部会と俗称された委員会は、未来の人間を地層深く埋めこまれた――ユッカ・マウンテンのような――核廃棄物埋蔵所から遠ざけておく方法を考案する課題を諮問されていた。
埋蔵所はなんらかの物的な標識を備えねばならないだろうし、まず一番に、それが10,000年間は持ちこたえなければならないので、特別委員会の報告は、金属、コンクリート、プラスチックなど、さまざまな材料の優劣を考察している。さらに、この標識は人間を惹きつけるのではなく、追い払うものでなければならず、これがこの標識を、ストーンヘンジや大ピラミッド、その他、何千年もの歳月に耐えてきた、いかなる遺跡とも別種のものにする特質だった。追い払うため、標識には警告が必要だった。しかし、分化と言語が未知の形で発展するはずの未来の人間に、どのように警告するのだろう?
特別委員会は物的な標識に加えて、未来の世代に宛てた警告を保存するための「口頭伝言」を推奨している。言語そのものが変異するにしても、われわれが伝える物語は世の移り変わりに耐えるだろう。ホメロスの叙事詩やベオウルフ英雄譚を思えばいいというわけだが、この場合、時間スケールはもっと長い。未来のユッカ・マウンテン周辺住民は、「『特別な』場所に関する知識の不朽性を含む」物語を伝えるだろうと、格別に乾いた文体で想像してみせる。
人間介入作業部会から相談を受けた言語学者、トーマス・シービオク氏は、別立ての報告でさらに詳細な検討に踏みこんだ。彼は、ユッカ・マウンテン周辺に民間伝承の種を撒き、育てあげ、さらには毎年恒例の儀式さえも創設し、物語を伝承することを提案した。これらの民話は放射線科学を解説する必要がなく、単純に重大な危険をほのめかす必要があった。
「現実的な『真実』は、独占的に――劇的な強調を狙って命名するなら――『原子力司祭団』に信託される」と、シービオク氏は書く。この団体には「博識の物理学者、放射線疾患の専門家、人類学者、言語学者、心理学者、記号学者、その他、いかなる追加的な分野であっても、現在および未来に招いたほうがよい専門職で構成される委員会」を含む必要があると氏はいう。


ユッカ・マウンテンがまだ開発中だった数十年の歳月のあいだ、埋蔵所に寄せられる最も熱烈な秋波の幾分かは、西海岸沿いの北方800マイルに位置するワシント州ハンフォードから送られていた。ハンフォード核保全区は、冷戦期における米軍の核兵器に用いられるプルトニウムの全量近くを生産していた。その後、施設は閉鎖された。いま、その地は、全米最大の環境浄化プロジェクトの現場になっている。
5600万ガロン(約21万立方メートル)の放射性廃液が177基の地下埋設鋼鉄タンクに貯蔵されている。廃液の様態は、スープ状からスラッジ状までさまざまであり、老朽化したタンクから地下水に漏れるという残念な癖がある。
もちろん、そのような計画ではなかった。理念としては、現場に溶融固化施設を建造し、放射性廃液を溶融ガラスと混合して、鋼鉄製の円柱に注入する――すなわち、不浸透性の核の棺桶を製造し、ユッカ・マウンテンに埋葬することになっていた。だが、ハンフォードの浄化作業は、恐ろしく不手際つづきだった。2011年に操業開始の予定だった溶融固化施設はまだ半分完成しただけである。もちろん、わが国がハンフォードの放射性廃液を安全に固化し、封じ込めたとしても、置き場所がどこにもない。
そうこうするうち、放射性廃液は漏れつづけている。


ハンフォードから西海岸沿いに戻って、内陸に200マイル行けば、南西部の砂漠にじっさいに建造された核廃棄物埋蔵所、廃棄物隔離実証施設(WIPP)の本拠地、ニューメキシコ州カールズバッドに着く。
けれども、WIPPはユッカ・マウンテンと違って、低レベル廃棄物を扱うように設計されているだけだ。放射性物質と接触した物品を保管することはできるが、原子炉そのもの副産物を安全に貯蔵することはできない。手袋、工具、その他、プルトニウムやウラニウムを扱うのに使った装備をドラム缶に詰め、自然塩鉱床を掘り進んだ部屋にそれを貯蔵するのである。時間がたつにつれ、塩がドラム缶の周りに浸出し、廃棄物を鉱物の墓に封じこめるのだ。


WIPPにおける廃棄物の長期貯蔵にまつわる問題はリアルだが、まだ理論にとどまっている。未来の人間に警告を送る計画が実行に移されるのは、WIPPが閉鎖され、封印されてからだけのことである。いまのところ、暫定的な計画としては、高さ25フィート(約7.6メートル)の花崗岩製記念碑をシリーズであちこちに建立し、7か国語で警告文を刻印するというのがある。
だが、WIPPはユッカ・マウンテンと同じく、もっと幻想的で、霊的な沢山の提案の対象になってきた。1991年のこと、WIPPもまた、未来との交信の問題を研究するための学際的な委員会を招集した。結論報告は、建築士による「トゲトゲ景観」から警告文まで、さまざまな提案を並べあげていたが、後者の文は次のように始まる――
この場所はメッセージ…メッセージ・システムの一部です…どうか、ご注目を!
わたしたちにとって、メッセージを送ることは重大事でした。わたしたちはみずからを強力な文化だと考えていました。
この場所は名誉の地ではありません…この地に高く評価される行いは記念されておりません…すべて無価値なのです。
ここにあるものは危険物であり、わたしたちに嫌悪感を催させるものです。このメッセージは、危険を警告しております。


今年2月、WIPPの地下で放射性廃棄物のドラム缶が破裂し、放射性物質が換気シャフトを通って上昇し、ドラム缶の上方2,000フィート(約600メートル)の地表にいた作業員21名を被曝させた。それ以降、WIPPは閉鎖され、何年間も再開されないかもしれない。
ユッカ・マウンテンがダメになって、エネルギー省はハンフォードのガラス固化されるべき高レベル放射性廃液をはるばるWIPPに送りこむことを実際に考慮していた。この計画もまた、実現しそうになかった。
ドラム缶が、どうすれば簡単に破裂するのだろう? 公式調査は、ドラム缶内部の硝酸と微量金属類の化学反応を指摘している。だが、この反応は高温条件下で起こるだけであり、このことから、ドラム缶内のもうひとつ別の成分――なんと、猫用トイレの砂――に嫌疑が投げかけられる。
猫用トイレの砂は放射性廃棄物を安定させるのに役立つので、日常的に使われるが、請負業者は最近、それをプラスチック主成分のものからコムギ主成分のものに換えていた。腐ったコムギが熱を持ち、ドラム缶を破裂させた化学反応を作動させるのに十分熱くなったのかもしれない。


ドイツの学会誌Zeitschrift für Semiotik『記号学ジャーナル』は1984年、10,000年の時を隔てて交信する方法を考察した学界人の回答を12本掲載した。提案は世俗的なものから奇怪で幻想的なもの、さまざまだった。ある回答者は、多大な技術的能力がなければ開けられない貯蔵容器の製造を提案している。別のひとりは、言語の変遷に伴って拡散していく同心円に警告文を記しておくのはどうだという。トーマス・シービオク氏も投稿者のひとりであり、原子力聖職団とその儀式の周りに構築する儀礼システムについて詳しく述べている。だが記号学者の二人組、フランソワーズ·バスティードとパオロ·ファブリ両氏は、シービオク氏の核民間伝承案の核心をとって、際立って奇妙な結論に仕立てあげた。
両氏の解決法は、「光線ネコ」――歩き、喉を鳴らし、糸玉を追いかけるガイガー・カウンタのような――生き物を育て、放射能の存在によって体色を変えるようにすることだった。だが、これは提案の第一段階にすぎない。ネコと併せて、ネコが体色を変えれば、逃げるほうがよいと説明する格言や神話として伝播する民間伝承の総体を開発することを、バスティード、ファブリ両氏は提案する。
さらにまたワンダフルで予想外なことに、バスティード、ファブリ両氏の提案を自分のことばに翻案し、じっさいに光線ネコの歌を書いた人がいた。ポッドキャスト『不可視の99%』が、ベルリン在住のアーティスト、チャド・マテニ―氏、別名「エックス皇帝」に核廃棄物のエピソード(episode on nuclear waste)として、「核廃棄物埋蔵所の近隣住民を気落ちさせる10,000年の耳虫」"10,000-Year Earworm to Discourage Settlement Near Nuclear Waste Repositories"の作曲を依頼したのである。この歌は「とても受けそうであり、鬱陶(うっとう)しいので、世代から世代へと10,000年の時にわたって伝承されていくかもしれない」と、マテニ―氏は書いている。
光線ネコは存在しないかもしれない。ユッカ・マウンテンの1万年間核廃棄物埋蔵所は存在しないかもしれない。だが、両者についての歌は存在する。


ハンフォードに空想的な生き物はいないが、ウサギとハトとツバメはいるし、回転草は転がっている。操業中のハンフォード核保全区を取り巻いていた保安緩衝地帯は、その後、農業や開発の手がつかない天然記念物に衣替えされた。それはハイキングするのにすばらしい場所である。
だが、ハンフォードの野生生物制御プログラムにとって、野生生物は潜在的に「生物学的放射能移動媒体」であり、したがって、大きな迷惑になる。ウサギ、アナグマ、ジリスがどうにかして、漏れた放射性物質を摂取すれば、放射性の糞を何千エーカーにもわたって拡散しかねない。放射性生物は狩り獲らなければならないし、その糞は防護服を着た人間が安全に浄化しなければならない。ちっぽけなシロアリやアリでさえ、放射性物質を地表に運びあげかねない。
そして、さらに回転草があって、その主根は地下20フィート(約6メートル)にも達して、埋もれた放射性物質を吸い上げる。冬になれば、主根は枯れ果て、回転草を行くに任せるようになり、それは風に乗って、何マイルも転がっていく。ハンフォードは2010年、30個の放射性回転草の塊を追跡しなければならなかった。
いつの日か、わが国の放射性廃棄物は実際に山のなかに封印され、10,000年先までの未来人に警告する巨大な記念碑で覆われるかもしれない。だが、目下のところ、回転草――あのテディウム(冗長な時間)のカジュアルなシンボル――がわが国の御しがたい放射性廃棄物とともに遠く転がるばかりである。


【姉妹記事】
1990年のこと、連邦政府は地質学者、言語学者、天体物理学者、建築士、アーティスト、作家を集めて、ニューメキシコ州の砂漠に招き、核廃棄物隔離試験施設を訪問してもらった。彼らには仕事が待っているはずだった。


2014521
では、このWIPPと呼ばれる廃棄物隔離試験プロジェクトとは、なんでしょう? 原子力と核兵器の両方とも、有毒な残り物、つまり毒性のゴミを残すわけですが、この廃棄物は高度に有毒な放射性の残骸であり、これが移動して、わたしたちの呼吸…

米国ニューメキシコ州、謎の放射能漏れ現場に拡散する安全欠陥
2014426
放射能漏れは想定されるはずがない」(WIPP leaks 'should never occur')とされていた連邦政府所有のニューメキシコ核廃棄物処分場における放射能の空中漏出の原因は、木曜日(424日)に公表された米政府自体による調査報告によれ ば…


【関連書籍】
アトミック・ハーベストプルトニウム汚染の脅威を追及する』
マイケル・ダントーニオ(著)亀井よし子(訳)小学館

ワシントン州ハンフォード核製造工場。この西側最大のプルトニウム製造工場を、40年の歳月をかけ、地元農民らの協力を得て、製造中止・工場閉鎖に追い込んだ人々の軌跡を活写したノンフィクション。
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【付録】


キティ、色を変えてはいけない    Don’t change color, kitty.
キティ、君の色を大事にするのだ   Keep your color, kitty.
真夜中の漆黒のままでいるのだ   Stay that midnight black.
色変わりが匂わす放射能は      The radiation that the change implies
間違いなく殺す              can kill, and that’s a fact.

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