NEW: Thierry Ribault, Japan Crushes Resistance to Restart Nuclear Power Plants http://t.co/5H2zGLARaL Cc: @yuima21c pic.twitter.com/giogMM7WcK
— Asia-Pacific Journal (@JapanFocus) 2015, 9月 28
アジア太平洋ジャーナル新着記事 via @JapanFocus
T・リボールト「抵抗を踏み潰して核発電所を再稼働した安倍政権」
核エネルギーは国の未来の「生命線」であると主張しているが、それはまるで満州が帝国の「生命線」であると主張されていたのを思わせる口ぶりである
— inoue toshio 子どもを守れ! (@yuima21c) 2015, 9月 28
[注]ツイートの「リボールト」は英語読み。本文のフラス語読み「リボー」が正しい。
日本政府が抵抗を踏み潰して核発電所を再稼働
アジア太平洋ジャーナルVol. 13,
Issue. 38, No. 1, 2015年9月21日
ティエリー・リボー Thierry Ribault
概要:本稿は、安倍政権が核発電に対する異議を踏み潰し、2011年3月11日の核反応炉3基のメルダウンのあと、54基の核反応炉がすべて停止して以来、初めて核反応炉を再稼働させた動きを検証する。筆者は、安倍政権の再稼働政策の基礎に据えられている、3・11後における化石燃料輸入による経済危機という公的な主張のまやかしを突くつもりである。エネルギー・ミックスのなかで一定割合の核エネルギーを維持することが、気候危機を防止し、または軽減するために必須であり、不可欠であるという主張も同様である。筆者は最後に、日本独自の核戦力構築を目指している可能性のある政府の方針との密接な関係を考察する。
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日本南西部の鹿児島県に立地する川内核発電所の1号機は2015年8月11日に再稼働され、九州電力はその1か月後、10月中旬に再稼働する予定の2号機に157体の核燃料棒集合体を装填した1。安倍政権はこの瞬間をエネルギー戦略のなかで決定的なものにすることをめざし、核エネルギーは国の未来の「生命線」であると主張しているが、それは1931年から1945年にかけて、満州侵略が帝国の「生命線」であると主張されていたのを思わせるような口ぶりである。元首相の小泉純一郎は、第二次世界大戦後に満州がなくても、日本はなんとか再建できたではないかといって、実用主義的な観点から、日本の今後のエネルギーに関するそのような考え方に批判を浴びせたが、なんの力にもならなかった。小泉は、ソーラー発電を推す大金持ち、ソフトバンクCEOである孫正義など、再生可能エネルギー推進派のエリート層の立役者のひとりになった。安倍政権は国家核主義に固執し、真実から最も遠く乖離(かいり)しているものこそ、最大の伝播力を誇るというルールを適用しているようである。住民と核労働者の放射能汚染に関して許容不可閾値を引き上げたのも、そのようなルールの事例だった。政府はまた、甲状腺癌の大発生という証拠を棚に上げて、福島第一核惨事に付随する健康に対する悪影響を否認している。それどころか、国連選り抜きの専門家集団に伝授され、国際的に支持された「リスク・コミュニケーション」政策をともなう決定として、避難した人びとが汚染地帯に送り返されている2。
政府そのものの内部を含め、また顕著なところでは、バイオマスと水力発電を主とする再生可能エネルギー推進に好意的な政治・産業界グループからもたらされる、当然ながらの緊張が存在した。内閣や政府内で最も熱心な核エネルギー支持者らの一部でさえ、見解を変え、再生可能エネルギーに好意的になった。それは経済的利益の継承をめぐる(暗黙の)戦争であり、その長期的な結末は見通せなかった。しかしながら、川内反応炉1号機の再稼働をもって、安倍とその取り巻きが派閥闘争に勝利したのは確かだった。彼らが本懐を遂げたのは多分に、政治の習いとして用いられてきた道具、脅迫のおかげだった。この場合、この脅迫にはいくつかの側面があった。すなわち、第一に、貿易収支の赤字、第二に、気候変動、第三に、核によらない発電のコストの暴騰と巨大な電力会社の核エネルギーによる収入の減少、最後に、原子爆弾の脅威にまつわる脅迫である。
安倍政権の発電所に関する考え方の骨子は、2013年1月31日の参議院本会議における首相答弁から抜粋した次のようなことばで十全に表明されている――「2030年代までにすべての原子力発電所の運転をやめるという、前政権が確立した政策は、しっかりした基礎を欠いておりまして、核施設を受け入れ、国と政府のエネルギー政策に協力してきた市町村、ならびに国際社会、産業界、その他の日本国民のあいだに不安と不信を招いております。したがって、われわれとしては、エネルギーと環境をめぐる前政権の戦略に対してゼロベースの見直しをおこなったうえで、責任あるエネルギー政策を確定する所存であり、それがとりもなおさず、エネルギーの安定供給とエネルギー・コストの削減をお約束することにつながるでしょう」3。
このように、「ゼロベースの見直し」から、エネルギー・コスト削減の保証、安全保障を暗示する「安定供給」、「2030年代までにすべての原子力発電所の運転をやめるという、前政権が確立した政策」が「しっかりした基礎」を欠いているので、また同時に、永遠に安全だとされていた核反応炉3基の爆発とメルトダウンという単純な理由からではなく日本国民が自信を失い、不安になっているというデマめいて巧妙な言辞まで、安倍政権の一言一句が実際の真実を逆転させたものなのである。
一方では、安倍政権の権威主義の性格に関する結論を引き出す前に、これら脅迫の諸側面のひとつひとつ、他方では、この政権と戦う個人と集団の行動の有効性を詳らかに検証してみよう。
1.貿易赤字の脅威
2013年における日本の貿易収支は30年ぶりに初めて合計115億円の赤字になった。このうち70億円は――フクシマ惨事とは無関係であり――日本の諸産業のアジア各地への移転によるものであり、40億円が核発電所によって供給されなくなった電力を生産するために余分に必要になった石油とガスのせいである。しかしながら、2015年4月から、石油輸入額が51%、石油製品が38%、液化天然ガスが12%下落して、貿易収支は再び黒字に転じた4。その後の何か月間かは若干の赤字だったが、安倍政権の(2012年以来の)円安政策が功を奏し、輸出額がかなり伸びて、黒字を回復した。2015年7月の輸出額は前年同期比で7.6%(そのうち、機械が8%、電機が10.5%、輸送設備が10.4%)伸びた一方、輸入額は3.2%(そのうち、鉱物燃料が29%)減少しており、貿易赤字額は72.2%縮小した5。
日本のGDPに占める化石燃料の割合が伸びつづけているのは、目新しいことではない。じっさい、それは1990年代から着実に伸びている(図1)。この傾向は2009年に中断したが2010年に回復に転じ、2013年になって、2008年(5.5%)に比肩する新たなピークに達したが、それでも1980年の石油ショック時のピーク(6.6%)にはまだ届かない。石油と石炭についていえば、動向が安値に反転しており、今後のことはわからないものの、経済産業省によれば、液化天然ガスの価格が2014年から2015年のあいだに半減している。2015年上半期について公開されたデータによれば、GDPに対する化石燃料輸入額の割合が(2014年の5.7%から)3.9%になっており、下落傾向が継続している。上半期の貿易収支を考えると、2015年の貿易収支の赤字幅は2014年のそれの4分の1に縮まる可能性がある。
エネルギー経済専門家、バーナード・ラポンチによる2014年の研究6の結果によれば、核エネルギーの廃絶と日本の貿易赤字の拡大の関連を言い立てる主張には根拠がないことが確認されている。ラポンチによれば、エネルギー費(化石燃料の純輸入額)が2010年と2013年のあいだにじっさいに46%増加しているとすれば、この上昇の6%分がエネルギー・システムの変更、つまり核エネルギー発電の破綻によるものである一方、40%は、化石燃料、とりわけ石油輸入価格の上昇によるものであり、その価格高騰は日本における各エネルギーの破綻とは無関係であった」(p.61)。
すると、最初の結論は次のとおり――フクシマ惨事後における核エネルギー利用の停止は、日本の貿易収支に予測された無残な影響をおよぼしておらず、声高に主張された「国富の流出」は起こらなかった。
2.気候変動の脅威
日本のGDPに比較した二酸化炭素排出量は、1970年代のフランスの1.2倍だったのに比べて、2007年から2008年にかけて、1.8ないし2倍になった(図2)。この排出量を長期的に見れば、一時的な反転があるものの、両国ともに下落してきた。日本では、1973年、1984年、1994年、1998年、2003年、2008年、2010年、2011年、2012年、フランスでは、1973年、1976年、1991年、1996年、1998年、2003年がこの反転の事例が認められた年である。日本では、2013年と2014年にCO2排出量の長期的な下落傾向が回復している。このように、二酸化炭素排出量の再増加は日本で最初の例ではなく、核エネルギーの途絶は二酸化炭素排出量の長期的な下落傾向に影響する一要素にすぎない。
その反面、短期的な例外はいくつかあるものの、日本におけるCO2排出量の絶対値は1950年代からこのかた、上昇する一方だった(図3)。2008年の「リーマン・ショック」の直後、2009年まで、さほどの下落は認められず、その年の下落にしても、2010年には通常速度の上昇を回復している。2013年と2014年の下落の前の2012年、新たなピークが形成されている。
フランスでは過去30年以上にわたり、二酸化炭素排出量の絶対値は一定値をおおむね維持しており、GDPに比べた炭素量が1974年から着実に減少している一方、平均より高いレベルは、むしろ1950年代末に達せられている。
したがって、日本とフランスのような生産のエネルギー集約度が高い国ぐににおいて、石油ショックがCO2排出量を短期的に抑えたとしても、地球温暖化の脅威にさらされた世界において、核エネルギーのベースロード電源が排出量を削減すると両国で約束されているにもかかわらず、核惨事ショック後も、絶対値でいえば、総排出量のほぼ継続的な上昇カーブは維持されたのである。
フクシマ核惨事のあと、化石燃料消費量がそうとう増大したものの、日本におけるCO2排出総量は、専門家らと熱心な核推進派が予測したほどのスピードで増加しなかった。2011年から2014年の核エネルギー電力脱落分の28%を補った省エネの導入と再生可能エネルギー利用の拡大がこの展開の背後にある主要な二つの要因である。しかるに、2010年後の石炭と石油の消費量は上昇したが、2008年危機以前のレベルに届かなかった。日本のCO2排出量は、その40%が発電に関連しているが、フクシマ核惨事前後で変わらない傾向を維持している。さらに2012年から、2002年~2008年のレベル、CO2排出量14億トンに逆戻りしている。
したがって、核惨事が日本を突発的で抑制のきかない二酸化炭素排出量の増大局面に突き落としたのではない。核惨事はむしろ、災害以前に顕著になっていた、2008年危機後の「回復」期からつづく上昇傾向の認識を補強したのである。
要するに、日本における発電総量に占める割合の2011年(12%)と2012年(1%)の下落は、それに釣り合った二酸化炭素排出量の増加につながらなかったのである(図4)。それどころか、ごく最近の2013年に0.6%、2014年に3.1%といった具合に、CO2排出量の下落が観測されている。最後に、1960年代と1970年代における日本の核エネルギー発電所の増加は、同国におけるCO2排出量の最大上昇幅のひとつ――1973年から2014年までで1.3倍だったのに対して、1965年から1976年までは2.4倍の増加――と同時進行していたのである。その他にも、とりわけ1974~1978年、1982~1984年、1990~1997年、1999~2001年、2003~2006年、2007~2008年など、総発電量に占める核電力の割合の増加と同時にCO2排出量が増加した時期がある。
したがって、二番目の結論は次のとおり――核エネルギーの開発は、ほとんど途切れることのない日本の炭素排出量増大を抑制しない。二重エネルギー依存にもとづく経済体制において、発電量に占める核エネルギーの割合とCO2排出量の双方の増加が平行して認められるようであり、予測とは反対に、相対立するものではなく、たがいに相手を示す指標になっている。
3.非核エネルギー電力の価格とコストの暴騰の脅威
2009年から2014年にかけて、日本の家庭ならびに中小企業と大企業の電気料金は、それぞれ24.4%、35,6%の上昇をした(表1)。政府はこの値上げを、2011年3月の三重災害、地震、津波、核メルトダウンにつづく第二の災害として発表した。しかしながら、ここでもまた、そのような料金値上げの責を核エネルギー発電の停止に負わせては、1990年代はじめに届いた電気料金レベルが、「記録的」と宣伝されている現時点のレベルと同じだったので、過去を忘れたことになってしまう。これはまた、電気料金の値上げと核エネルギー発電の停止を関連づける不健全な手法であり、フランスと比較して見るなら、フランスの発電量に占める核エネルギーの割合が75%ないし77%になっており、核エネルギーを優先する国でありながら、2009年から2014年まで、フランスの電気料金は、家族および中小企業向けが44.6%、大企業向けが40%、それぞれ日本のそれ以上に高くなっており、やはり電気料金が高騰するリスクを抱えている。
表1.付加価値税を含む現時点レートの€/kWhで表した電気料金の比較
(出処:経済産業省、EC統計局1、2)
家庭・中小企業
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大企業
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日本
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フランス
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日本
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フランス*
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2009年
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14.89
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12.10
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10.10
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6.50
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2014年
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18.53
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17.50
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13.70
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9.10
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2009-2014年の上昇率
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24.4%
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44.6%
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35.6%
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40.0%
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* 付加価値税を除く
日本の経済産業省が2015年4月に発表した見積もりによれば、核エネルギーの発電コストは、2011年がkwあたり8.9円であるのに対して、2030年には10.1円になる。これでは、石炭(12.2円)、ガス(13.4円)、再生可能エネルギー(ソーラー:12.7~15.5円、風力:13.9~21.9円)に比べて、核エネルギーが一番安上がりなエネルギー源ということになる7。 核エネルギーのコスト見積もりは、事故の賠償金、地方自治体交付金、核施設の安全対策経費を計算に入れている。政府の専門家たちは、フクシマ惨事以前に施行されていたものより、ずっと厳しく、ずっと信頼性のある安全基準の導入を考慮して、核事故で発生するコストを大幅に削減した。その計算によれば、当局者らはこのような手法で大事故の可能性を半分に切り詰めたのである。
さらにまた、kw時あたり核発電コストは電力会社が策定した「安全性に関する投資者陳述書」にもとづいている。しかしながら、電力会社はこれらの数値の公表からほどなくして、実際の出費が30か月前に公表した数値の2.5倍になり、少なくとも2兆4000億円に達するだろうと明かした8。
それなのに、4月に策定された2030年までの日本における発電の「エネルギー・ミックス」に謳われた――40年の稼働に達した反応炉の閉鎖や反応炉の新規建造禁止を盛りこんだ既存ルールを覆して――核エネルギーを20%ないし22%、再生可能エネルギーを22%ないし24%とする方針は、このようなコスト見積もりにもとづいているのである9。
下記に述べるように、日本政府はエネルギー問題を安全保障問題にすることによって、日本のエネルギー・ミックスにおける核エネルギーの大幅な占有率を正当化しているのだ。とりわけ、2030年度におけるエネルギー自給率の増加を現行の6%から24%に引き上げると恣意的に謳われている。エネルギー自給率は、一次エネルギー供給総量に占める再生可能エネルギーおよび核エネルギーの割合によって構造的に決まるので、24%目標の達成は、自動的に、一次エネルギー供給総量に占める核エネルギーの割合を11%に引き上げ、その残り(13%)を、それ自体が化石燃料の減少分を補うには大幅に不十分な再生可能エネルギーで賄うことを意味している。換言すれば、自給率目標は、今後数十年間にわたる日本のエネルギー・ミックスにおける核エネルギーの実質的な占有率を維持するために誂向きの保証に他ならない。安倍の再生可能エネルギー政策は、気候を救うための《クリーン》エネルギー、海外の化石燃料供給企業から日本の主権を守る《独立》エネルギーの謳い文句のもとで、この必要性の正当化を裏付けるだけのものであるように思える。
三菱総合研究所が環境省に委託されて2014年12月に実施した研究によれば、2030年時点における日本の電力生産のほぼ31%は、ソーラー、風力、地熱、水力などの再生可能エネルギーで発電できるとされており、2013年における(大型水力発電所を除いた)約2%とは様変わりである10。再生可能エネルギーの生産には意義があるにもかかわらず、環境省は再生可能エネルギーを対象に保証した固定価格買取制度の枠を大幅に縮小し、経済産業省が見積もったレベル以下に維持するのが妥当ではなかろうかと検討している。なおいえば、化石燃料を再生可能エネルギーに置き換えると、2030年までに11兆円ないし25兆円の節約になる。しかしながら、経済産業省はエネルギー計画を策定しながら、こうした数値や研究を研究に入れておらず、その知見は一顧だにされていない11。
では、三番目の結論は次のとおり――第一に、電気料金の値上げと核エネルギー発電停止は無関係である。日本政府が策定したさまざまなエネルギー源のコスト見積もりは恣意的に歪曲されており、核エネルギーの経済性に関して虚偽の事例を仕立てあげている。
4.核エネルギーによる所得の減少の脅威
経済産業省は核エネルギー発電所の再稼働に対する無条件支援に加えて、休止中の核施設を抱えた市町村に対する交付金の削減に動いている。
現行の制度では、市町村は前年度から2年間における反応炉の稼働率に応じて金額が決まる交付金を受け取ることになっている。2011年の核惨事以降、すべての反応炉が安全審査のために運転を保留しているが、2013年から自治体は稼働率を一律に81%と見なして計算された交付金を受け取ってきた。この見なし稼働率は、13か月ごとの定期点検期間を除いたフル稼働率に対応している。2016年から、参照期間が1年半に短縮される。問題の反応炉が再稼働しないかぎり、稼働率は2011年3月11日以前の率に引き下げられる。つまり、平均70%である。この調整の狙いは明らかに再稼働を促進するための圧力をかけることだが、経産省によれば、核反応炉がすでに再稼働している自治体に関連して、「公正を期するため」ということになる。
したがって、福井県の――いわゆる「原発銀座」のど真ん中――美浜市のような自治体は、税収入の40%が核エネルギーに依存しており、反応炉数基の解体にともって、交付金が半減することになっており、政治家たちは域内に立地する反応炉の再稼働を支持するように圧力をかけられている。
5.原子爆弾の(現実的な)脅威
核燃料リサイクル計画が行き詰まっており、プルトニウム保有量の蓄積が国際的な懸念を招いているという事実があるため、日本は、プルトニウム燃料在庫を反応炉で――できる限り――使う「圧力」にさらされている。米国の軍備管理・国際安全保障担当、ローズ・ゴッテンモラー国務次官は最近、日本は未完成の燃料リサイクリング計画を完成し、プルトニウムをいわゆるMOX燃料に加工して、反応炉で燃やすべきであるとして、「もしプルトニウム再処理計画が存在するなら、その背後に、非常に積極的なMOX計画が存在するはずであり、MOX燃料はじっさいに発電所で燃やさなければなりません」と報道陣に語った」12。
しかしながら、日本が保有しているプルトニウムを燃やすのに必要な18基の反応炉を再稼働できるかの可否が問題として残っており、とりわけ六ケ所村の再処理工場の始動に実際にこぎつけられかどうかが問題である。
日本の北部に位置する六ケ所村に存在する、保管、プルトニウム抽出および処理、MOX燃料生産センターの正当性を保証する願望は、目新しいものではない。アレヴァ社と合同で1993年から建造しているこの再処理連鎖工程施設は、実に運用可能になったことさえなく、その使用済み核燃料保管プールはまもなく満杯になる。現在、工場のプールに2,834トンの燃料が保管されており、これは施設の保管可能容量の90%にあたる。六ケ所村の基盤施設を使うことだけが、この200億ユーロ(2兆7000億円)を注ぎこみ、解体のさいには追加金800億ユーロ(10兆7700億円)を要する代物の維持可能性を保証することができるかもしれない唯一の措置なのだ。(もんじゅ反応炉が一連の事故に遭遇し、過去20年間に1時間の発電をしただけであり)増殖反応炉で使たり、従来型反応炉でMOX燃料として使ったりする、日本のプルトニウム需要が極端なまでに低迷している状況のなかで、このありさまなのだ。
日本は現時点で、157トンのプルトニウムを保有しており、そのうちの100トンは核発電所に置かれている。残りの57トンは再処理工場に海上輸送され、45トンが処理された(35トンがフランスと英国で保管されている)。これらのプルトニウムを使えば、5,000発の核爆弾を製造できる。六ケ所村の再処理容量からいって、年間8トンの分離プルトニウムの生産が可能であり、これは1,000発の原子爆弾を製造するのに十分な量である。
問いただす人はいないが、注目する必要があると信じるに足る質問は、こうである――日本は民間利用の限度を踏み越えて、プルトニウム再処理・製造工事の非民間利用に乗り出す意図をもっといるのだろうか?
2012年6月20日、平穏裏に成立した「原子力基本法」の修正条項は、これからの「日本の核エネルギー政策は、我が国の安全保障に資するものとする」と謳っており、この問題をあぶりだしている。もっと最近になって国会で採択された安全保障法制、つまり安全保障問題にまつわる日米同盟を強化する名目で、自衛隊の海外における紛争介入の可能性を拡大する法律が、この問題にさらなる光を投げかけている。だから、中谷元防衛大臣は最近、兵站作戦に従事するさい、日本が核兵器を運搬する「理論的可能性」にこれらの法律が道を開いたと認めたのである。しかし、大臣は、日本が実践してきた「非核原則」に照らして、国がこの種の介入にかかわることはないだろうと改めて述べた13。
筆者は2012月10月に執筆した論文に次のように記した――「この新しい状況は、限られた期間内に核兵器を製造する日本の技術的能力によって性格づけされるものではなく、日本がフクシマ核惨事を受けて、原子力規制委員会を改革する機会を捉えて、このような能力の認知および開花に適した法的な枠組みを構築している事実によって特色づけられる。次のステップとして、とりわけ中国との関連で、日本がアジアで担うのを米国が見たがっている、もっと大きな政治的役割に合致するように、憲法第9条を改訂することになりうるであろう。日本の軍事用核反応炉の開発は単なる可能性にすぎないが、やはり『核の主権』をめざしている近隣諸国に強力な論議を巻き起こし、核兵器保有量の拡大という結果になるだろう」14。
3年後のいま、もはや同じようなシナリオを再現する必要はない。日本国憲法は事実上、第9条が前提とする平和主義の姿勢に対する安倍政権の恣意的な挑戦によって改訂されたのだ。この見直しに対する注目に値する抵抗でさえも、一部の人たちが躊躇せずに「独裁」と名指す政治体制にほとんど影響を与えなかった。
6月に日本の国会における意見聴取に招かれた憲法専門家3名のひとり、早稲田大学の長谷部恭男は、安全保障法制の合憲性について、法制が「法的な安定性を揺るがす」と発言した。長谷部はまた、「安全保障法制の文言と条文は一見したところ、武力行使の条件を制限しているようであるが、常識的な観点からは理解するのが難しい途方もなく大きな距離がある」と述べた。
長谷部はまた、自由民主党の高村正彦副総裁が述べた、「憲法学者たちが憲法第9条の文言に拘泥することはない」という評言を問題にした。長谷部は、「これは、高村さんが憲法に拘泥せずに政治力を振りまわしたいということですか? これはまったく驚くことです」と問いかけた15。
もうひとりの憲法専門家、慶応大学の小林節は、「侵略軍の意図、能力、規模を総合的に考えて、武力行使の可否を判断する」と謳う安全保障法制の策定に対して、「この文言は基本的に、軍隊の運用に関して政府に白紙委任状を渡すように国民が求め、すべてを成り行き任せにしています。これは独裁の考えかたです」と述べた。
安全保障法制の策定に貢献した首相の私的懇談会のメンバーである駒沢大学の専門家、西修はこのことを無意識に確認したように思える。西は、「この法案が合憲だと判断する人たちは少数ではありません」と主張し、「憲法の議論は多数決で決めるようなものではありません」と付け加えた。
日本の国会議員たちのあるグループが最近、法案の具体的検討も与党協議もされていない時点の2014年12月に、日本の代表団と米軍の会談が米国でおこなわれ、自衛隊の河野克俊統合幕僚長が、「新安全保障法制の成立は来年夏までに終了すると考えている」と発言し、沖縄県の普天間米国海兵隊航空基地を移設する新基地の建設は「前向き」に考えられていると述べた16。
したがって、五番目の結論は、民生用核エネルギーと軍事用核エネルギーの結合が、日本人の53%が法案に反対している17なかで、それでもこれらの法律が成立した理由、また57%が川内核施設の再稼働に反対している18なかで、それでも1号機が再稼働された理由をあぶりだしているということである。
結論
したがって、安倍政権が川内核発電所の1号機を再稼働したのは、脅迫の横断幕のもとでのことだった。日本では他の国ぐにと同様に、核エネルギーが――CO2を排出せず、地球温暖化を防止する、電気料金の値上がりと発電コストの上昇を抑える、貿易収支とエネルギー自給率を改善するといったように――スイス・アーミーナイフのように万能の公共エネルギー政策であるととても熱心に売りこんでおり、政策立案者らは現実を真実に適合させることを拒み、真実を現実に合わせて故意に改変し、権威を万全に発揮するために変えるわけにはいかないと常に押し付ける。そうすることによって、彼らは万民を脅威の圧政に屈服させる。
安倍は8月、広島と長崎の原爆被爆者たちの前で、「わが国は戦争を回避するために安全保障法案を必要としております」19と発言した。これはまさしく――暴力による脅迫と同時に、虚偽的な手段によって――犠牲者の同意、国家の権威を損ないかねない、あらゆる形態の個人や集団の行為を駆逐することによって、国家による操作を確保するための追加的な手段なのである。
安部首相は8月9日の広島原爆投下70周年記念式典における挨拶で、日本領土における核兵器の生産、所有、輸入を禁止する「非核三原則」に――首相就任以来で初めて――触れなかった。
一方、市民団体の代表らや被爆者たちは「今年が戦争への分岐点にならないようにする希望」を表明し、他の人たちも「核兵器のない世界を実現する希望」に注意を集めることを忘れなかった20。
しかし、川内1号機の再稼働に反対し――2011年以来、反核派に転向し、その場に居合わせた菅直人元首相に支持された――薩摩川内市の160人のデモ参加者らのものや、各施設の門前に5台の車を並べ、一時的に閉鎖した勇敢な車両オーナーたちのものといった「希望」に筆者が上記で素描してきた政治の姿勢を変革する能力があるかどうかは疑問である。
ギュンター・アンダースはチェルノブイリ核惨事の1年後におこなわれた「緊急状態と合法的な防衛」に関するインタビューで、次のような興味深い問いを提示した――「希望の核心になにがあるのだろう? それは、ものごとがより良くなるという信念なのだろうか?」。彼の反応は当時と同じく今でも正しい――「われわれは希望を掲げてはならず、それを阻止すべきである。希望する人はみな、もうひとつの実体の改善を放棄するのである」21。
核の分野において非難するに値する行為について語るべき時が到来しており、希望を持つことは、もはやアリバイにならないだろう。原子時代では、希望は徳目ではなくなった。闘うことが目を見開いていることであるとすれば、抑圧された状況のなかで抵抗する能力を維持するものは、希望ではなく、核の暴力に対する正当な自己防衛を訓練する権利なのだ。
希望は「臆病と同義」になりがちであり、核の脅迫者たちが彼らの力を引き出すのは、この臆病なアイデンティティに関する彼らの緊密な知識からである。なぜなら、反対派が希望を大事にしている限り、彼らは驚くほどに無害なままでいるだろう。
【著者】
ティエリー・リボー(Thierry
Ribault) は、フランス国立科学研究センター(リール第1大学クレッセ研究所)の研究員。(ナディーヌ・リボーとの)共著にLes sanctuaires de l’abîme – Chronique du désastre de
Fukushima[『深淵の神社~フクシマ惨事クロニクル』]、Edited by Les Éditions de l’Encyclopédie des
nuisances, Paris, 2012
【クレジット】
Recommended citation: Thierry Ribault,
"Japan Crushes Resistance to Restart Nuclear Power Plants", The
Asia-Pacific Journal, Vol. 13, Issue 37, No. 3, September 14, 2015.
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and Policy Repercussions of Japan's Nuclear and Natural Disasters in Germany
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Exposure: From Hiroshima to Fukushima
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Abenomics Cope With Environmental Disaster?
【脚注】
2 住民の被曝限度が、非公式に、引き上げられ、2011年4月以降、1年あたり20ミリシーベルト以下の汚染地帯の公衆立入禁止が段階的に解除されており、最後に福島県楢葉町の住民7,400人が8月初めに恒久的な帰宅を「許可」された(Asahi, June 17 2015)一方で、原子力規制委員会の放射線審議会によれば、日本の核施設労働者は緊急状況における現在の放射線レベルの2倍以上の「被曝を許可」されることに公式になっている。放射線審議会は7月30日に発表された報告書で、緊急時の放射線被曝限度が現在の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げられると発表した。
リスク・コミュニケーションに関しては、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の専門家らによって《リスクに関する情報と見解の対話形式による交換》と定義されている(p.15)。より詳細に言えば――「リスク・コミュニケーションはリスク解析プロセスの鍵となる要素であり、リスク評価およびリスク管理と緊密に結びついている。積極的なリスク・コミュニケーションは、改善措置における一般人参加と相まって、どのような改善活動の成功にとっても決定的に重要である。一般人の健康不安に対処することは、重要なコミュニケーションの課題である。効果的なリスク・コミュニケーション戦略を構築するための建材ブロックは、信頼、透明性、倫理、技術的正確さ、価値、信憑性、思いやりである。さまざまな聴衆(たとえば、一般人、政策立案者、決定権者、マスメディア)に対して、さまざまなタイプのメッセージがよりよく――または、より悪く――適しているだろう。恐怖と認識には――たとえ、じっさいのリスクに対応していなくても――対処する必要がある。(ヨウ化カリウムの自己投与など)それ自体がリスクになる反応を防止すること、(健康不安のために母乳育児を忌避することなど)不必要な恐怖心を鎮めること、(社会的連帯など)健全な対処メカニズムを推進することが最大限に重要である」(Health risk assessment from the nuclear
accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunamibased
on a preliminary dose estimation, World Health
Organization 2013, p.87.)現実に即していえば、フクシマの状況におけるリスク・コミュニケーション政策は、人びとに対する核文化教育、放射能と癌に関する学校の教育ワークショップによる汚染環境馴化の推奨、汚染環境における生活管理読本の配布、汚染地域産の生鮮食品の価値を宣伝するテレビ・コマーシャルなどで構成されている。
フクシマ核惨事の健康に対する影響について、UNSCEARが派遣した専門家たちが2011年3月から、フクシマではチェルノブイリと同じように、健康に対する社会的・心理的影響が放射線による直接的な影響よりも大きいだろうと強調してきた一方で、かれらはまた、「福島第一における核事故による放射能被曝は、即時的な健康への影響をもたらさなかった」とだんげんしてきたのであり、「健康に対する今後の影響を一般人や大多数の労働者に引き起こすことはありえないであろう」と、UNSCEARの本拠地、ウィーンで2013年5月に開かれた第60回総会(60th session)で結論している。もっと最近のIAEA報告は、同じ姿勢を再確認し、「事故に由来する放射線量の報告値は概して低く、事故に由来する小児甲状腺癌の増加はありえない」…「しかしながら、事故の直後に子どもたちが受けた甲状腺等価線量に関して、不確実性が残っている」と断言した。報告によれば、このような不確実性の大きな理由は、事故勃発直後、放射性ヨウ素、その他の放射性物質が環境中に放出されときの信頼しうる個人放射線モニタリング・データの不足である。
福島県立医科大学の健康調査は、そのような科学にもとづく予言と不確実性に共鳴して、18歳以下の住民98人を甲状腺癌、18人をその疑い例と診断したものの、フクシマ事故との因果関係は考えられないと断言した(2015年8月31日付け毎日新聞)。2014年4月にはじまった最近の健康調査で、福島県の子ども1人が甲状腺癌と診断され、その他に7人が甲状腺癌の疑い例と診断されたが、最終的な診断をまだ受けていない。その子どもたちはすべて、一巡目の調査で無症状と診断されていた。検討委員会の星北斗座長は、「新しい結果が出たが」、子どもたちが放射能の影響を受けたのではないという「これまでの見解を変える必要はないとわたしは考える」と述べた(Japan Times, February 13 2015)。
3 Source:
Energy White Paper 2013, Outline June 2013, Agency for Natural Resources and
Energy.
10 環境エネルギー政策研究所(ISEP)が3・11後日本の中・長期的国内エネルギー再編を提案した戦略提案は「無計画停電から戦略的エネルギーシフトへ」と標題されていた。これは2011年3月に公開された。この戦略は、エネルギー供給を安定化し、エネルギー自給自足をめざして活動し、地球温暖化を抑制するためのエネルギー多様化政策をその内容としている。報告は、再生可能エネルギー発電で電力需要の30%を2020年に賄い、100%を2050年に賄う目標を設定している。(http://www.isep.or.jp/).
11 Mainichi, February 21, 2015.(リンク切れ)
12 Mainichi, August 10, 2015. (リンク切れ)
13 Mainichi, August 5, 2015. (リンク切れ)
15 Mainichi, June 10, 2015. (リンク切れ)
17 Mainichi, May 25, 2015. (リンク切れ)
18 Mainichi, August 10, 2015. (リンク切れ)
19 Mainichi, August 11, 2015. (リンク切れ)
20 Mainichi, August 11, 2015. (リンク切れ)
21 Günther
Anders, La violence: oui ou non. Une discussion nécessaire,
Éditions Fario, Paris, 2014, p.30.
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